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科学研究に一層力を入れる中国

中国は研究用サルを豊富に持ち、それが中国の神経科学研究を支えている。 Credit: YAN-HONG NIE

中国の全国人民代表大会で2016年3月16日、2020年までの第13次5カ年計画が採択された。同計画は、5つの発展理念の1番目に「創新」(イノベーション)を掲げ、科学技術による革新が国の発展の原動力であるという方針を打ち出している。中国は、経済の減速、南シナ海での地政学的緊張など難しい時期にあるが、科学技術研究開発と環境汚染対策にはこれまで以上に力を入れる姿勢を鮮明にした。

米国の研究開発専門誌によると、中国の国内総研究開発費は、伸び率こそかなり鈍化したものの、年率6~8%ほどで増加し続けていて、2020年代後半にも米国を抜いて世界一になるとみられる。2015年までの第12次5カ年計画では、国内総研究開発費をGDPの2.2%にすることが中国政府の目標であり、2014年の実績は約1.9%だった。中国政府は2020年までにこれをさらにGDPの2.5%に増やすという目標を掲げている(2014年の実績は、米国が約2.8%、日本は約3.4%)。今後5年間の中国の科学研究を方向付けそうな研究分野について、中国の科学者たちにその動向を取材した。

深海探査

2012年、研究用潜水艇「蛟龍」号が2人の乗員を乗せて水深7000mを超える深さに達し、中国は、超深海帯に到達できる先進国の仲間入りを果たした。超深海帯とは海洋の最深部で、水深6000m以上を指す。中国科学技術部が2016年2月に発表した計画によると、中国は今後5年間で有人潜水艇1隻と無人潜水艇1隻を建造する。いずれもマリアナ海溝の最深部である水深1万1000mに到達できるという。上海海洋大学深淵科学技術研究センターの崔維成(Cui Weicheng)は「中国の深海技術にとって、これからの5年間は黄金時代になるでしょう」と話す。

無人潜水艇は、米国の先進的な無人潜水艇「ネレウス」に似たものになるだろうという。ネレウスは、2014年に潜航中に水圧で破壊され、後継の潜水艇が建造される予定はない。一方の有人潜水艇は、少なくとも2人の乗員が乗ることができる。2012年に映画監督のジェームズ・キャメロンが搭乗し、マリアナ海溝の最深部に達した有人深海探査艇「ディープシーチャレンジャー」は1人乗りだった。超深海帯は、謎の多い棲管虫やナマコやクラゲが生息していて、生物の生息地として地球上で最も研究が進んでいない場所の1つだ。超深海帯の微生物は驚くべき量の有機物を消化するため、研究者たちは、炭素循環における超深海帯の役割にも興味を持っている。中国の科学者たちは、これら2つの潜水艇を使って、これまでよりも詳細に超深海帯を調べたいと考えている。

崔は、第13次5カ年計画とは別に、着底機3機、ロボット潜水艇、有人潜水艇からなる「移動実験室」も開発した(W. Cui et al. Meth. Oceanogr. 10, 178-193; 2014)。ロボット潜水艇と最初の着底機は、2015年10月の試験で4000mの深さまで潜水した。ロボット潜水艇と着底機を制御する母船は2016年3月24日に進水し、同年8月に最初の科学的調査をパプアニューギニア沖のニューブリテン海溝で行う計画だ。「こうした計画は、海洋科学技術先進国と中国との隔たりを縮めるのに役立つはずです」と崔は話す。

脳科学

米国、欧州、日本は、脳の地図を作製する大規模研究プロジェクトを発表している。中国の研究者によると、中国でも数年前から脳地図作製計画が進められているという。「第13次5カ年計画は、脳科学を優先的研究分野としています。中国の研究資金や人材の大半は、この脳地図計画に集中されることになるでしょう。この計画はまもなく公式に公表されることになっています」と中国の研究者は話す。

この脳研究計画は、脳疾患研究、特に動物モデルを使った研究に重点を置く予定で、また、人工知能にも重点を置く。中国の科学者たちは、脳科学の最高水準の人材の点では、世界から大きく遅れていることを認めるが、中国の脳科学が世界に追いつくことを可能にしそうな要素もある。中国の神経科学研究者は増加しており、10年前には1500人だった中国神経科学会の会員数は、現在、6000人にのぼる。また、中国では数十万匹の研究用サルが飼育されている。さらに、中国には精神疾患や神経変性疾患を持つ患者が数千万人おり、これも臨床研究を後押しするだろう。

中国の研究者たちは、自閉症スペクトラム障害などのモデル動物を遺伝子操作によって作り出し、世界をリードした。その背景にも、研究用サルを入手しやすいことがある。実験動物の調達が容易な中国は、欧米からの関心も集め始めており、深圳市ではマサチューセッツ工科大学(MIT、米国ケンブリッジ)と共同で霊長類研究センターが設立され、2015年5月に業務を開始した。

動物保護

俳優のジャッキー・チェンとバスケットボールのスター選手、姚明(Yao Ming)が、クマやゾウなどの保護動物の取引を非難するキャンペーンに加わったことで、動物保護は中国で関心の高い問題になった。クマは胆汁を取るため、ゾウは象牙を取るために狙われる。

北京師範大学の保全生物学者である張立(Zhang Li)は「第13次5カ年計画により、野生のジャイアントパンダ、トラ、アジアゾウを保護する取り組みがスタートします。これらの種の生息地を回復するために大きな予算が組まれることになるでしょう」と話す。計画では、保護地域をつなぐ「緑の回廊」を設け、動物たちが1つの保護区から別の保護区に移動できるようにして生息地を大きく広げる。

デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の生物多様性専門家Stuart Pimmは「ラオス、ミャンマー、中国南西部の雲南省は、特に保護が必要な地域です。この地域の森の多くがゴム農園に変えられてしまった上、この地域では、私がこれまでに調査に訪れた場所の中で最も盛んに狩猟が行われています」と話す。しかし、彼は2015年11月に発表した論文で「パンダ、ゾウ、トラの保護にばかり集中すると、他の動物を危険にさらす可能性がある」とも指 摘している(B. V. Li and S. L. Pimm Conserv. Biol. 30, 329–339; 2016)。

幹細胞研究

同済大学(上海市)の学長である幹細胞研究者の裴鋼(Pei Gang)と、中国科学院広州生物医学健康研究所の所長である裴端卿(Pei Duanqing)によると、中国は今回の5カ年計画に基づき、「幹細胞とトランスレーショナルリサーチ」と呼ばれる研究資金構想を始める。中国では、研究補助金が、科学的意義よりも科学者同士の人脈や政治的人脈によって決定されている、という批判がある。幹細胞の新しい研究資金構想は、旧来のやり方を廃し、新たな競争的な評価プロセスで研究補助金を与える最初の研究計画の1つになる。中国は、2015年までの第12次5カ年計画の5年間で幹細胞研究に約30億元(約500億円)を投資している。

裴鋼と裴端卿は、これからの5年間では幹細胞研究費が大きく増えるだろうと話すが、具体的な数字は示さなかった。「中国は人口が多く、さまざまな医療ニーズが十分に満たされていません。中国政府はこの現状を踏まえ、幹細胞研究と再生医療の将来性が中国の医療サービスシステムを現代化する重要な推進力の1つになると考えているのです」と裴鋼は話す。

環境汚染対策

社会の調和に大きな価値を置く国でありながら、大気汚染や水質汚染に対する不満は、政府に対する人々の抗議の引き金になっている。

PM2.5は、空気中を漂って呼吸器系に深く入り込む、直径2.5µm以下の微粒子状物質だ。中国政府は、大気中のPM2.5の濃度を減らす計画を2012年から始めていて、2017年までに北京市地域で25%、長江デルタ(上海市などを含む地域)では20%、珠江デルタ(香港などを含む地域)では15%の削減を達成したいと考えている。同済大学の汚染制御・資源化研究国家重点実験室の室長である張偉賢(Zhang Wei-xian)は「第13次5カ年計画に盛り込まれた、全国的で大規模な環境保護構想は、具体的には輸送問題、クリーンエネルギー、環境保護に取り組むものです」と話す。

中国政府は、北京市のスモッグや上海市近くの太湖の水質汚染など、汚染が特にひどい場所の対策も進める方針だ。張偉賢によると、大気汚染抑制のための予算だけでも少なくとも4倍に増加する見込みだという。また、クリーンエネルギーと環境問題を専門とする新たな国立研究所が複数新設されることになり、そのための今後5年間の予算が措置されたという。「中国は現在、大気、土壌、水質汚染抑制技術の世界最大の市場であり、今後もそうあり続けるでしょう。中国全体が、スモッグ緩和などの環境研究のための巨大な実験室になるとも言えます」と張は話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160618

原文

What China’s latest five-year plan means for science
  • Nature (2016-03-24) | DOI: 10.1038/nature.2016.19590
  • David Cyranoski