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HDLコレステロールは本当に善玉か

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160504

原文:Nature (2016-03-10) | doi: 10.1038/nature.2016.19543 | ‘Good’ cholesterol mutation linked to heart disease

Heidi Ledford

「HDLコレステロール値を上昇させれば心疾患のリスクを低減できる」という考えに反する遺伝学的研究結果が報告された。

多くの心疾患治療薬は、「悪玉」のLDLコレステロール値を低下させることを目的としている。 | 拡大する

GIPhotoStock/Cultura/Getty

コレステロールは数十年にわたって、明確に2つに分けられてきた。心臓に対して悪い作用をもたらす「悪玉」の低密度リポタンパク質(LDL)コレステロールと、良い作用をもたらす「善玉」の高密度リポタンパク質(HDL)コレステロールだ。しかし今回、真実はそんなに単純なものではないとする証拠が新たに1つ付け加えられた。HDLコレステロール値が高くても心疾患のリスクが低減するわけでないことが、ペンシルベニア大学ペレルマン医学系大学院(米国フィラデルフィア)のDaniel Raderを中心とする研究コンソーシアムによって2016年3月10日にScienceに報告されたのだ1

この遺伝学的研究では、血中のHDLコレステロール値が高い852人とHDLコレステロール値が低い1156人(対照群)のゲノムが比較された。その結果、スカベンジャー受容体BI(SR-BI;scavenger receptor class B type I)と呼ばれるタンパク質にこれまで知られていなかった機能喪失変異が見つかった。SR-BIは、HDLの受容体として機能して、HDLコレステロールに結合し、コレステロールが肝細胞に取り込まれるのを促す(この取り込みが動脈硬化を防御していると考えられている)。この変異型SR-BIを持つ人たちは、コレステロールを肝臓にうまく取り込めないため血中HDLコレステロール値は高い。にもかかわらず、通説に反して冠状動脈性心疾患のリスクが上昇していた。

今回の論文の共著者であるマサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の予防心臓専門医Sekar Kathiresanは「1992年に医学部に入学した時、HDLコレステロール値を上昇させるものは全て、健康に良いに違いないと教えられました。しかし今では、この考えをはっきりと否定しなければなりません」と話す。

原因と効果

LDLコレステロールは、血管壁に蓄積し、最終的には血流を妨げ、心臓発作や脳卒中を引き起こすと考えられている。この考えは、多くの遺伝学的研究や分子的研究、さらにはLDLコレステロールを低下させる複数の薬剤が大きな成功を収めていることでも裏付けられている。

これに対して、HDLの役割はそれほどはっきりとしていない。HDLコレステロール値の高さは、心疾患のリスクと負に相関していることは分かっているが、HDLコレステロールに心疾患を防ぐ効果があることを示す結果はヒトでは得られていない。

HDLコレステロール値を上昇させる可能性を持つ薬剤の探索には、さまざまな製薬会社が数百万ドルもの開発費を注ぎ込んでいるが、心臓を保護する効果を持つ薬剤は今のところ見つかっていない。メルク社(米国ニュージャージー州ケニルワース)が開発し、現在後期臨床試験中のアナセトラピブは有望な化合物の1つだが、HDLコレステロール値の上昇だけでなくLDLコレステロール値の低下も引き起こす。そのため、「アナセトラピブが心疾患のリスクを低下させる効果が、HDLコレステロールと本当に関係しているかどうかを推論するのは困難です」と、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の分子細胞生物学者Monty Kriegerは注意を促す。

Kriegerたちは以前、SR-BIを欠損するマウスでは血中HDLコレステロール値が高いことを示している2。しかし、HDLコレステロールは「善玉」とされるにもかかわらず、SR-BI欠損マウスには、動脈に高率でプラークを発生させるアテローム性動脈硬化が見られた。

「これと同じ状態がヒトでも起こり得るかどうかを明らかにすることは重要でした」と、Kriegerは言う。マウスとヒトの生理には重要な違いがあるからだ。例えば、マウスではヒトよりもLDLが少ない傾向がある。

Raderらは今回、SR-BIの機能喪失変異を少なくとも1コピー持つ19人を見つけ出した。また、その変異を2コピー持つ女性も初めて1人見つかった。19人のうちの16人では、HDLコレステロール値も高かった。

より明確な研究

「今回の研究は突破口になります」と、ワシントン大学(米国シアトル)の内分泌学者Jay Heineckeは言う。ヒトの遺伝学的解析ではこれまで、トリアシルグリセロール(中性脂肪の1つでトリグリセリドとも呼ばれる)の濃度を変化させる遺伝子などを対象としてきた。こうした脂質分子は、動脈硬化に直接的に関与することに加え、HDLコレステロールの量に間接的な影響を及ぼしているため、HDLコレステロールへの影響は間接的であり、明確な結論が得られなかった。「今回の研究成果は、より直接的なものです。HDLコレステロールについて一から考え直すべきでしょう」と、Heineckeは言う。

Kriegerも、この研究成果は重要だと認めている。だが、SR-BIが未解明の機能を有する可能性や、HDLコレステロールが心疾患に対して防御作用を有することを示唆する研究結果が動物を用いた多くの研究で得られていることに留意すべきだと指摘する。

また、Raderらの研究成果からは、血中HDLコレステロール値が高いと、なぜ心疾患のリスクが低下するのか、という重要な疑問も浮かび上がる。動脈硬化に対する防御に重要なのはHDLコレステロールの他の機能であり、血中HDLコレステロール値ではこれが十分に反映されていないという人もいる。Kathiresanは、HDLコレステロール値が高い人は、血中からのトリグリセリドの除去が良好なのかもしれないと考えている。

今Kathiresanは、医師が患者へのHDLコレステロールについての説明の仕方を変えるべき証拠ができたと考えている。「善玉コレステロールという言葉の使用はやめるべきでしょう」とKathiresan。

また彼は、相関関係と因果関係は混同されやすいと付け加える。「私は比喩を使って説明しています。白髪がある人の方が心疾患のリスクが高いとします。しかし、白髪のせいで心疾患になるのではありません」。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Zanoni, P. et al. Science 351, 1166–1171 (2016).
  2. Trigatti, B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 96, 9322–9327 (1999).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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