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米国立がん研究所がモデル細胞株を刷新

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160509

原文:Nature (2016-02-25) | doi: 10.1038/nature.2016.19364 | US cancer institute overhauls cell lines

Heidi Ledford

抗がん剤スクリーニングに長年広く用いられてきたモデルを、マウス体内で増殖させたヒト腫瘍細胞(PDX)に切り替える方針だ。

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Dlumen/ iStock / Getty Images Plus/Getty

米国立がん研究所(NCI;メリーランド州ベセスダ)は、大半の薬剤スクリーニングにおいてヒトがん細胞株パネル「NCI-60」の使用をやめることを決定した。NCI-60は、NCIが開発した培養ヒトがん細胞株60種からなる抗がん剤スクリーニング用パネルで、1990年以降の製薬業界および研究界は、NCI-60を使って10万種類以上の化合物をスクリーニングしてきた。NCIは、世界中の研究者に大いに利用されてきたこのパネルに変わる新生リポジトリを2016年夏前には開設するという。新しいがんモデルは、採取して間もない患者検体に由来し、詳細な臨床履歴の標識が付けられる。

NCIのこうした動きは、治療対象とする患者群との関連性がより高いがんモデルが広く求められていることに対応したものだ。2月11日には、米国がん研究会議(American Association for Cancer Research; AACR)の主催する会合がニューオーリンズ(米国ルイジアナ州)で開かれ、臨床検体からの新しいがんモデル作製について意見交換が行われた。

NCI-60が樹立された当時、がんに対する研究者の考え方は今と大きく異なっていたと、NCIがん治療・診断部門(メリーランド州ベセスダ)の責任者であるJames Doroshowは話す。「30年前には、6つの乳がん細胞株に効き目のある薬剤が見つかれば、それを乳がんの治療に使えるだろうと考えられていました。でも実際には、そううまくいきません」と彼は言う。

NCIは、今後もNCI-60細胞株を研究者に提供し続ける予定だが、何千世代と時間を経るうちに遺伝的構成や挙動が変化してきているため、薬剤スクリーニングは最終的に新しいがんモデルの方で行うことになるだろう。NCIが現在作ろうとしているのは、数百種類に及ぶ「患者由来異種移植片(patient-derived xenograft;PDX)」モデルである。これは、ヒト腫瘍の小塊を、培養よりも人体により近い環境であるマウス体内に移植したものだ。このマウス体内の腫瘍は、取り出して他のマウスに再移植することができるため、任意の腫瘍を複数の個体で調べることも可能だ。NCIは、PDXに由来する細胞にそれぞれの腫瘍のゲノム塩基配列や遺伝子発現パターン、およびドナーの治療履歴に関するデータを合わせた上で、配布することにしている。

NCIはまた、より詳細な生化学研究や薬剤スクリーニングに使うために、PDX由来の細胞株を樹立する予定だ。また、生検が困難な腫瘍のモデル樹立に向け、血中循環腫瘍細胞(CTC)に由来する培養細胞や異種移植片も作り出そうとしている。Doroshowの見積もりでは、NCIのリポジトリ開設時までに彼のチームが公的配布に備えて用意できるのは75種類のモデルだという。チームの第一段階の目標は、1000種類のモデルを作製することだ。

PDXの利用は世界的な流れだ。欧州の16の研究機関が立ち上げたコンソーシアム「EurOPDX」は、1500種類ものPDXを保有している。非営利企業のジャクソン研究所(米国メイン州バーハーバー)には450種類あり、さらに100種類を開発中である。製薬業界はその先を行っており、ノバルティス社(スイス・バーゼル)は2015年に1000種類のPDXを使った薬剤スクリーニングについて報告した(H. Gao et al. Nature Med. 21, 1318–1325; 2015)。

PDXは、個々の患者の治療方針を決めるためのモデルとしても注目されている。つまり、PDXを持つマウスを、医師が最も有効な治療計画を探し出すための「アバター」として使おうというのだ。ただし、PDX作製には時間がかかるため、ドナーに利益を還元するところまでいかない場合が多いのだと、ジャクソン研究所の所長Edison Liuは話す。むしろノバルティス社のように、将来の患者を助けるためにPDXの大規模コレクションを研究する方が成果が期待できるとLiuは考えている。

PDXのようなモデルは、旧来の培養細胞や遺伝子操作したマウスよりも、ヒトのがんの遺伝学的複雑さを詳しく捉えることができる。しかし欠点もある。例えばPDXのほとんどは、正常な免疫応答が起こらないマウスで作製されている。ヒト免疫系のさまざまな面を備えたマウスを遺伝子操作で作り出す取り組みも進行中だが、ヒト免疫系の複雑さを完全に再現したマウスは今のところ存在しない。

このように限界はあるものの、中にはPDXの結果を臨床での成功に結び付けた研究者もいる。トリノ大学(イタリア)のがん研究者Livio Trusolinoのチームは、600種類の大腸がんPDXからなる自前のコレクションを詳しく調べた。すると、一部の薬剤耐性腫瘍に由来するPDXが、乳がんに通常使われる治療薬の組み合わせに対してよく反応することが分かった。その後、この結果が小規模な臨床試験で確認されたことから、Trusolinoはニューオーリンズで開かれた2月11日のAACR会合で発表した。「これまでの研究人生の中で初めて、結果が患者の利益に結び付きました。とてもやりがいがあります」とTrusolinoは話す。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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