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自己免疫疾患のための免疫療法

自己免疫疾患は、免疫系が自己の組織を攻撃する疾患だ。患者の免疫細胞は、「自己」の何らかのタンパク質に対する寛容が不十分であるために、そのような自己タンパク質を外来タンパク質同様に攻撃する。自己免疫疾患に対する治療は現在、免疫系全体を抑制するか、T細胞の移動や機能を抑制するかであるが、このような手法は必然的に感染やがんのリスクを高めることになる。自己免疫疾患において中心的な役割を担っているのはヘルパーT(TH)細胞だ。この細胞は、免疫系のB細胞、細胞傷害性T細胞、マクロファージなどの他の細胞の機能を調節する司令塔であり、TH細胞の機能を「疾患の誘導」から「疾患の制御」へと方向転換できれば、その他の免疫系には影響を及ぼさない理想的な自己免疫疾患の治療となり得る。カルガリー大学(カナダ・アルバータ州)のXavier Clemente-Casaresらは、自己抗原–MHC(主要組織適合遺伝子複合体)の複合体で覆ったナノ粒子を使って、自己反応性の可能性があるTH細胞の機能を「制御」の方向に変えられることを示し、Nature 2016年2月25日号434ページに報告した。

Clemente-Casaresらの手法は、ある種の抗原特異的免疫療法であると考えることができる。 抗原は、T細胞あるいはB細胞の活性化を引き起こす分子構造をしており、一般的にT細胞の場合はタンパク質の小さな断片(ペプチド)である。各T細胞は異なる抗原に対する表面受容体を発現できるので、免疫系はほぼ無限の抗原に応答でき、その中には自己抗原も含まれる。抗原特異的免疫療法は、特定の1抗原あるいは密接に関連する一連の抗原に対する免疫応答を低減する目的で設計される。この考えは、1世紀以上もの間、アレルギーの治療に用いられてきた2。一方、自己免疫疾患に対する抗原特異的免疫療法は、MHCクラスIIタンパク質に結合したペプチドによってTH細胞が活性化されるという発見がなされるまで後れを取っていた。この発見により、自己反応性の細胞傷害性T細胞あるいはB細胞を活性化する危険を伴わずに、TH細胞を選択的に標的とするペプチドの設計が可能になった3

自己反応性TH細胞を刺激することが知られているペプチドに曝露すると、どうして疾患が解消されるのだろうか? これは、T細胞活性化の「2シグナル」ルールによってうまく説明できる4,5。全ての抗原は、抗原提示細胞(APC)に取り込まれた後、自己・非自己(外来)に関係なく切断されてペプチドになる。そのペプチドが、APC上のMHCクラスIIタンパク質に結合した状態でTH細胞に提示されると、TH細胞が活性化される。これがシグナル1である。さらにAPCは、同時にCD80やCD86などの副刺激分子の発現を上昇させて、TH細胞の生存と増殖に必要なシグナル2も提供する。

TH細胞がシグナル1を受け取る際にシグナル2を受け取らなかったら、何が起こるのだろうか? このときにはアネルギーとして知られる不応答状態が誘導されると歴史的に考えられていた6。今回、Clemente-Casaresらは、MHCクラスIIタンパク質に結合したペプチドで覆ったナノ粒子でTH細胞を処理すると(pMHC-NP処理)、シグナル1のみが誘導されることを示した。しかも、この処理により、単にアネルギーを誘導するというよりもむしろ、TH細胞を制御性T細胞のように免疫応答を減弱させる働きを持つ細胞へと分化させることが分かった。

pMHC-NP処理により生じた制御性細胞は、抗炎症タンパク質のIL-10やTGF-βを分泌して、機能を発揮する。その上、この細胞の分化過程では転写因子T-betが発現し、シグナル伝達分子IFN-γが産生される。これらの特性から、この制御性細胞はTH細胞のTH1サブセットに由来すると考えられるため、Clemente-Casaresらはこれを「TR1様細胞」とした(図1)。TH1細胞からIL-10を分泌するT細胞の分化が誘導されるのは免疫調節機構の一環であり、この機構がさまざまな感染に対する過剰な免疫応答を防いでいることが知られている7-9。また、このような制御性細胞は負のフィードバック機構を仲介しており、APC上の副刺激分子の抑制およびAPCによって分泌される炎症タンパク質の減少に関わっている10

図1:被覆ナノ粒子は制御性T細胞の分化を誘導する
Clemente-Casaresらは、体の自己免疫疾患に関連する自己タンパク質由来のペプチド断片をMHCクラスIIタンパク質に結合させ、それで覆ったナノ粒子を作製した1。このようなナノ粒子を投与されたマウスでは、この特定のペプチドに対して特異的な受容体を持つTH1細胞の機能が変化することが分かった。つまり、この自己タンパク質に対する免疫応答を誘導するのではなく、このTH1細胞を、抗炎症タンパク質IL-10を分泌する制御性T細胞1型に似たT(TR1様)細胞へと分化させる。IL-10は、B細胞に対しIL-10を分泌する制御性B細胞への分化を促し、また、免疫細胞に特異的ペプチドを提示する抗原提示細胞(APC)の能力も変化させる。その上、TR1様細胞は、同一のAPCによって提示される他のペプチドに特異的なヘルパー(CD4+)T細胞および細胞傷害性(CD8+)T細胞の活性化を抑制できるので、バイスタンダー抑制を仲介できる。このように、TR1様細胞は、自己免疫応答の影響を受ける組織のAPCを標的にでき、その結果、自己免疫疾患に関連する炎症を抑制できる。

では、pMHC-NP処理で誘導されるTR1様細胞の下流で起こる効果はどのようなものだろうか? Clemente-Casaresらは、TR1様細胞が、APCのT細胞活性化機能を抑制し、B細胞によるIL-10産生を促進することで免疫調節を増強していることを示した(図1)。彼らは自己免疫疾患の異なる実験モデルを用いることで、この手法の特異性について検証した。関節由来の抗原であるコラーゲンから生じたペプチドを結合させたpMHC-NPは、関節リウマチのマウスモデルで発症を抑制したが、多発性硬化症のモデルでは実験的自己免疫性脳炎(EAE)を抑制しなかった。逆に、中枢神経系由来の抗原から生じたペプチドを結合させたpMHC-NPは、EAEを制御できたが、コラーゲン誘発性関節炎を制御できなかった。このことから、pMHC-NP投与によって引き起こされる免疫調節は、抗原や組織に特異的であり、従って、疾患特異的でもあることが確認された。

その上、患部器官の全てのペプチドそれぞれに特異的なT細胞を標的としたpMHC-NPを作製する必要がないことも分かった。優位ではない抗原(疾患の引き金となったものとは別の、弱い抗原)から生じたペプチドでさえ、TR1様細胞を誘導でき、患部器官の他の抗原に対する活性を持つヘルパーT細胞や細胞傷害性T細胞を抑制できたからだ(図1)。従って、投与したpMHC-NPは、導入期には高度に抗原特異的であっても、制御性B細胞活性の誘導や、異なる抗原に特異的なヘルパーT細胞や細胞傷害性T細胞の抑制を介して、他の免疫応答にも局所的に影響を与えることができるのである。しかしこの作用を引き起こすには、誘導抗原から生じたペプチド断片と他の抗原が、同一のAPCによって提示される必要がある。

このような非特異的な(バイスタンダー)抑制は、自己免疫応答に関与しない細胞も抑制して全身的な免疫抑制を引き起こし、感染やがんのリスクを高める恐れがあるのだろうか? 答えはNOである。バイスタンダー抑制は、患部器官に関連するリンパ節に制限されており、関連自己抗原を提示するAPCのみに影響を及ぼすと考えられる。Clemente-Casaresらは、pMHC-NPを投与されたマウスが、関連する自己免疫疾患からは防御されるが感染や外来抗原に対する応答は消失していないことを示し、このような特異性を証明している。

Clemente-Casaresらの研究では、特徴が明確に知られている自己免疫疾患モデルを用いて実験的治療が行われている。しかしこれは、マウスでは機能するが、ヒトでは機能しない、よくある治療手法ではないだろうか? 答えはNOであると思う。Clemente-Casaresらは、ヒトのT細胞やB細胞を移植した免疫不全マウスにおいて、pMHC-NP投与によりヒトTR1様細胞の増殖と分化が引き起こされることを示し、pMHC-NP投与がヒト細胞で機能することを実証している。また、pMHC-NP投与は、MHCタンパク質–ペプチドのモノマーを同等の投与量で投与した場合より有効であると考えられることも分かった。その上、pMHC-NP投与はペプチドのみの投与より抑制効果が高いと見られる。しかし、これらの試験での投与量や投与ルートは比較できない。

ペプチド抗原がTR1様細胞を誘導でき11、マウスとヒトの両方で自己免疫疾患を抑制する9という確かな証拠がある。pMHC-NP投与により、ペプチドのみの投与後に見られるのと同様のTR1様細胞が誘導されるという事実は、in vivoで治療用ペプチドが結合するAPCをpMHC-NPが模倣していることを示している。このような手法それぞれでの取り組みから、ヒトの治療に最適な投与量や投与ルートが見つかるだろう。さまざまな選択肢が臨床試験に向けて前進すれば、それらの作用機構を詳細に調査することが重要になってくる。そうすれば、患者が自己免疫疾患の抗原特異的免疫療法から利益を的確に受ける取ることができるようになるだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160529

原文

Antigen-specific immunotherapy
  • Nature (2016-02-25) | DOI: 10.1038/nature17300
  • David Warith
  • David Warithはブリストル大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Clemente-Casares, X. et al. Nature 530, 434–440 (2016).
  2. Noon, L. Lancet i, 1572–1573 (1911).
  3. Larché, M. & Wraith, D. C. Nature Med. 11, S69–S76 (2005).
  4. Lafferty, K. J. & Cunningham, A. J. Aust. J. Exp. Biol. Med. Sci. 53, 27–42 (1975).
  5. Baxter, A. G. & Hodgkin, P. D. Nature Rev. Immunol. 2, 439–446 (2002).
  6. Schwartz, R. H. Annu. Rev. Immunol. 21, 305–334 (2003).
  7. O’Garra, A., Vieira, P. L., Vieira, P. & Goldfeld, A. E. J. Clin. Invest. 114, 1372–1378 (2004).
  8. Trinchieri, G. J. Exp. Med. 204, 239–243 (2007).
  9. Sabatos-Peyton, C. A., Verhagen, J. & Wraith, D. C. Curr. Opin. Immunol. 22, 609–615 (2010).
  10. Gabryšová, L. et al. J. Exp. Med. 206, 1755–1767 (2009).
  11. Burton, B. R. et al. Nature Commun. 5, 4741 (2014).