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生物学研究者よ、プレプリントの投稿を

Credit: exdez/DigitalVision Vectors/Getty

生物医学分野の研究論文原稿(プレプリント)を、査読(ピアレビュー)付きの論文誌に掲載される前に研究者自身がオンラインサーバーに投稿して公表する動きが少しずつ広がっている。この「プレプリント投稿」について考える会議の初回が、2016年2月16、17日にハワード・ヒューズ医学研究所(米国メリーランド州チェビーチェース)で開かれた。会議には、生物学研究者や出版関係者ら約70人が参加し、その是非や普及に何が必要かを話し合った。プレプリントの投稿は、物理学者、コンピューター科学者、数学者、経済学者らにとっては当たり前のものになっている。会議を組織した研究者らは、「プレプリント投稿は研究を加速します。懸念の多くは杞憂にすぎません」と話している。

この会議は「ASAPbio」(Accelerating Science and Publication in Biology)と呼ばれ、プレプリント投稿を推進する活動を行っている生物学研究者らが企画した。背景には、論文誌に論文が掲載されるまで、査読などで時間がかかり過ぎ、生物学研究者の不満が高まっていることがある(Nature 530, 148–151; 2016参照)。会議の組織委員会の一員である、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の細胞生物学者Ron Valeは、「掲載までに数年かかることもあります」と指摘する。論文誌に掲載されるまで研究成果が広く知られることのない現状では、研究者のキャリアに深刻な影響が出かねない。

「この問題を解決するには、生物学者たちも論文誌掲載前の論文原稿をプレプリントとしてオンラインサーバーに投稿することです」とValeは主張する。「そうすれば、研究結果を素早く広めることができます。学生やポスドクが自身の業績を引用する具体的な手段が生まれ、研究者間の議論と新たなアイデア創出を刺激します。生命科学研究はより効率的になり、加速するはずです」と彼は話す。

Credit: SOURCE: JOHN INGLIS/BIORXIV

物理科学分野では、1991年にarXivプレプリントサーバーが設立され、論文誌掲載前のプレプリント投稿は当然のことになっている。生物学でも、物理科学分野に倣おうという動きが始まっている。2013年11月に、bioRxivと呼ばれる生命科学に限ったプレプリントサーバーが設立され、急速に人気を集めている(「bioRxivの投稿数」参照)。特に、計算生物学やゲノミクスなどの大量のデータを扱う分野での普及が進んでいる。

bioRxivの共同設立者で、コールド・スプリング・ハーバー研究所出版局(米国ニューヨーク州ロングアイランド)の局長であるJohn Inglisは、「bioRxivに投稿されたプレプリントはすでに3100本を超えています」と話す。また、査読を経ていない生命科学論文を掲載するサイトは他にも複数誕生していて、例えばF1000Researchは、投稿された論文をまずオンラインで掲載し、その後に査読を行っている。

しかし、Valeは「プレプリントの投稿は、生物学者にはまだ馴染みの薄いものです」と話す。ロックフェラー大学(米国ニューヨーク)の神経生物学者Leslie Vosshallは「プレプリント投稿が生命科学でも当たり前になるためには、研究者の多くが抱いている懸念を解決しなければならないでしょう。例えば、プレプリントを投稿することで競争相手にアイデアを盗まれ、アイデアの発案者として認められなくなることはないのか、という懸念です」と話す。

ValeもVosshallも「そうした心配は誤解に基づくものです」と言う。Valeは「ほとんどの生物学者はプレプリントについて知らないか、知ってはいても極めて表面的な理解にとどまっています」と指摘する。コーネル大学ウェイル医学校(米国ニューヨーク)のがん生物学者で、会議の組織委員会の一員であるHarold Varmusは「プレプリント投稿の効果や影響についてあらゆる面から話し合う機会はこれまでなかったと思います」と話す。

プレプリント投稿が広く受け入れられるためには、「いかなる発見についてもプレプリント投稿でその先取権を確立できる」という合意が生命科学者たちの間にできあがる必要があると、ValeもVosshallも考えている。この点が会議の議題の1番目に挙げられた。また、行政機関が誰に研究資金を出すか、研究機関の委員会が誰を雇用するかを決める際に、プレプリントをどう扱うべきかという問題がある。Valeはこの問題も考えるよう、会議の出席者に求めた。

生命科学者たちのもう1つの懸念は、査読なしの研究成果がプレプリントサーバーに投稿されるようになったら、論文や研究の質が下がってしまうのではないか、ということだ。しかし、プレプリント投稿は、得られたばかりの研究成果をあらゆる人の目に触れる場に公表して批判にさらし、研究者自身の評価を左右する。研究者はこれまで以上に注意深くなるはずだ、とプレプリント支持者たちは考えている。

「プレプリント投稿した研究成果は査読付き論文誌に掲載されない恐れがある、という問題も解決されつつあります」とInglisは話す。bioRxivの発足以来、いくつかの論文誌は方針を変え、プレプリントサーバーに投稿済み論文の掲載も問題ないと表明した。Natureもプレプリント投稿論文の掲載を認めている。今回の会議では、生命科学におけるプレプリントの役割は今後大きくなっていくだろう、という点で意見が一致した。会議に先立って行われたアンケートでは、研究者の多くが「障害が取り除かれれば、プレプリント投稿を行いたい」と答えたことが報告された。ASAPbioは次に、研究資金提供機関や既存のプレプリントサーバーの代表らを対象にした会議を開く方針だ。

もっと急進的な変化を望む研究者たちもいる。多くの研究者が、GitHub、figshare、Zenodoなどのオンラインサービス(リポジトリ)を使って、新しいデータや仮説を即座にアップロードし、誰でもアクセスできるようにしている。また、彼らの研究のピアレビューはクラウドソーシング、つまり、オンライン投稿した論文などを不特定多数の研究者が見て自由にコメントを寄せる形で行われることを望んでいる。研究者の1人は「それが私の夢見る理想の世界です」と話す。

ただし、将来、研究結果の公表を全面的にプレプリントなどに頼るためには、研究成果が有名論文誌に掲載されたかによって研究者を評価している現状も変わる必要がある。Vosshallは、「耐えられないほど長い査読の後、私のプレプリントの全てが論文誌にも掲載されましたが、プレプリントと論文誌掲載論文のほとんどに大きな違いはありませんでした。この事実は、論文誌はもう不要なのではないか、という疑問を投げかけています」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160516

原文

Biologists urged to hug a preprint
  • Nature (2016-02-18) | DOI: 10.1038/530265a
  • Ewen Callaway and Kendall Powell