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逆張りの心不全治療法

時にはリズムが狂うのも良い。心臓の収縮のタイミングをわざと乱すと、十分な血液が送り出されて心不全を事実上治療できることが、最近の研究で分かった。

米国の心不全患者500万人のうち約1/4は、心室の収縮がきちんと同期していない。そうした患者にペースメーカーを埋め込んで適切なタイミングを整える心臓再同期療法を施すと、収縮の同期に乱れのない心不全患者よりも心機能が強まる場合が多い。つまり不完全な同期をそろえると有益なようだ。この観察から、ジョンズ・ホプキンス分子心臓生物学センター(米国)所長のDavid Kassは、ちょっとおもしろい疑問を抱いた。心収縮が規則的な心不全患者の場合、タイミングを少し乱したら益になりはしないだろうか?

この疑問に答えを出すため、Kassらは23匹のイヌにペースメーカーを埋め込み、うち17匹に心不全を起こさせた。そしてそのうち8匹については、ペースメーカーによって1日6時間、右心室を左心室よりも早いタイミングで収縮させ、それ以外の時間は左右で同期させた。

4週間後、収縮のタイミングをずらす時期を設けたペースメーカーを付けていたイヌは、心臓の状態を示す主な指標が明らかに良好だった。血液を送り出す力が強く、心収縮と筋肉構造に関わるタンパク質の量が多かった。2015年12月にScience Translational Medicineに掲載されたこの結果は、「心臓再同期療法に関する従来の考え方に反しています」とニューヨーク・プレスビテリアン病院とコーネル大学医学部(共に米国)に所属する心臓専門医George Thomasは言う。

この治療法はワクチン接種後に体が示す反応になぞらえることができる。弱毒化ウイルスやウイルスの一部分を注射すると体を守る免疫反応が生じるように、心臓を少量の同期不全に“さらす”と心機能が強化されるという構図だ。Kassは1年以内に人間でこの方法を調べる計画だが、他の心臓専門医も今回の予備的な結果にすでに注目している。ペンシルベニア大学(米国)で心不全を治療しているDavid Frankelは「非常に示唆に富む独創的な説です。定説と同期していないこの方法から恩恵を得られる患者は大勢いるでしょう」と言う。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160409a