Editorial

自分に自信が持てない研究者へ

Credit: Frank and Helena/Cultura/Getty

あぁ、どうして「詐欺師症候群」について書くなんて言ってしまったのだろうか。そもそも私がこのテーマをどれほど理解しているというのだ。私は心理カウンセラーでも研究者でも正統な専門家でもない。単なるジャーナリストだ。最初はこれが何なのか理解していると思っていた。精神疾患ではないから詐欺師症候群と呼ばない人がいるということも。私自身にも、詐欺師症候群の特徴である「自分の能力に自信が持てない」ところや「自分の能力不足を意識する」ところがあると思っていたが、本当にそうだろうか。私よりも重症の詐欺師症候群にかかっている人がいるはずだ、と思えるのだ。

Nature 2016年1月28日号555~557ページでは、詐欺師症候群が科学関係者にどのような影響を及ぼすかを論じていて、克服のヒントが書かれているし、これに陥っている人が案外多いことも分かる、と言ってしまえば済むことかもしれない。でも、そうすれば、私がそれ以上のことを書けないジャーナリストだとバレてしまわないだろうか。

才能にあふれた有名人が「自分は詐欺師ではないかと思うことがある」と認めた話をすれば、私の無能ぶりをうやむやにできるかもしれない。アカデミー賞を何度も受賞しているメリル・ストリープは、「私は演技ができないのに、私の映画を見たい人がいることが理解できない」と話したと、確かにどこかで読んだのだが自信がない。数々の賞を受賞した作家マヤ・アンジェロウは、11冊の本を執筆しているのに、本を完成させるたびに「自分の無能さが今度こそバレてしまうと思った」と話している。

このように、私は下調べをしており、理解した上で書いているつもりだ。それでも、「周囲にいる誰もが私よりもよく理解している気がする」のはなぜなのだ。編集者だってそう思っているに違いない。ここでアインシュタインの発言を引用しよう。彼のような科学者ですら「私のライフワークに対して過剰な敬意が払われており非常に落ち着かない。自分はペテン師だと思わざるを得ない気持ちになる」と語っている。

いっそのこと詐欺師症候群とほぼ正反対の「ダニング・クルーガー効果」に陥りたいくらいだ。そうすれば人生がずっと楽になるか、少なくともそう見えるようになるだろう。ダニング・クルーガー効果は、現実には能力も知識も乏しい者が、自分自身の能力や判断に極めて大きな(見当外れの)自信を持つという認知バイアスの一種だ。

詐欺師症候群が問題なのは、1980年代後半に明らかになり、論考も次々と発表されているのに、これに陥った若手科学者(や教師、看護師、ジェット機のパイロットなど)が疎外感を抱いたり、不安を感じたりする状況が今も変わっていないことだ。自分の能力が信じられずガタガタになり、自分だけがそうなっていると感じるのである。例えば、もうすぐ誰かに肩を叩かれて、「君が今いる状況は全て周囲の人が作り上げた精巧なウソなのだから、さっさと仕事を辞めて『自分には貢献できるものがある』なんて思いあがりを捨てるべきだ」と言われると感じているのだ。

しかし、そうした考えや発想は誰もが持っており、真に優れた業績を挙げている者に頻繁に見られることを知る必要がある。科学の世界では、論文、研究助成金申請や発想が拒絶されるのは日常茶飯事で、落胆する必要はないと若い研究者に伝えるべきだ。科学はしょせん人間活動の一端であり、専門家が物事をどれだけ知らないかを自慢し、誤差を堂々と発表する世界なのだ。悩んでいるときは、自分の気持ちを友人や指導教官に話せば、「私も同じだ」という答えがほぼ間違いなく得られ、気分が明るくなることを知る必要がある。

私もそれを伝えるべき立場にある。ただ、適切な言葉が思いつかないのだ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160437

原文

Found out
  • Nature (2016-01-28) | DOI: 10.1038/529438a