News

メジナ虫症の根絶を阻むのはイヌ?

チャドのメジナ虫症患者の大半はシャリ川流域の漁業集落で発生している。 Credit: PHILIPPE DESMAZES/AFP/GETTY

メジナ虫症はギニア虫症とも呼ばれ、線虫の一種であるメジナ糸状虫(Dracunculus medinensis)の感染で起こる寄生虫症である。その根絶に向けた活動は数十年にわたって続いているが、近年ようやく、この闘いでの勝利が見えてきたため、メジナ虫症は根絶される寄生虫症の第一号になると期待された。ところが不思議なことに、イヌにこの糸状虫の感染が広がっており、根絶に向けたこれまでの努力が水泡に帰す恐れも出ている。

「メジナ虫症を積極的に根絶しようとするなら、イヌのメジナ虫症を根絶しなければなりません」と、リバプール大学熱帯医学校(英国)の寄生虫学者David Molyneuxは話す。

こうした世界的なメジナ虫症根絶活動の先頭に立っているのが、カーター・センター(米国ジョージア州アトランタ)だ。同センターは2016年1月上旬に、堪え難い痛みを伴うこの感染症の患者数が過去最少になったことを発表した。2015年に報告されたメジナ虫症の患者数は全世界で計22人で、患者はチャド、エチオピア、マリ、南スーダンのわずか4カ国で見つかっただけだった。ところがチャドではイヌへの感染が急増しているため、同国の当局関係者らは1月末に集まってイヌのメジナ虫症流行への対策を練る予定だ。アフリカ中央部にあるチャドでは、2015年にイヌのメジナ虫症が450例を超え、過去最多の発生数となった(「イヌがもたらすメジナ虫症の再流行」を参照)。

研究者や当局関係者らは、イヌがヒトにメジナ虫症を広めているのではないかと強く疑っている。そのため、イヌからヒトへの感染がどのように起こる可能性があるのか、そもそもイヌはどうやってメジナ虫症にかかるのか解明することが、現在急務となっている。イヌでのメジナ虫症流行が止まらない限り、世界保健機関(WHO)がメジナ虫症根絶を宣言することはないだろうと、メジナ虫症根絶の判断を下すWHO 委員会のメンバーであるMolyneuxは話す。

カーター・センターがメジナ虫症根絶活動に参入した1986年には、年間で推定350万人の感染者がおり、その大半は下水設備が粗末なことや、きれいな水が利用できないことが原因だった。

濾過されていない水を飲むと、カイアシ類のケンミジンコという淡水生の微小な甲殻類も飲み込んでしまう場合がある。メジナ糸状虫の幼虫は、このカイアシ類に感染するのである。飲み込まれたケンミジンコが死ぬと、その体内からメジナ糸状虫の幼虫が放出され、ヒトの腸内で成熟して交配する。交配後に雄の糸状虫は死ぬが、雌の成虫(長さ約80cm)はそのまま生き続け、腸壁を貫いて外へとゆっくり移動していく。感染から1年ほど経つと、糸状虫は宿主の皮下(通常は下肢の皮下)を移動して体外に出るが、ときには数週間も皮下を移動することがある。多くの感染者は、糸状虫が引き起こす焼け付くような痛みを和らげようと川や湖に体を浸し、その際に次世代の幼虫が放出されて水が汚染される。メジナ虫症は死に至ることはまれだが、感染者を数カ月にわたって衰弱させ、子どもの場合は学校に通えなくなる。

Credit: SOURCE: CARTER CENTER/CDC

現在のところメジナ虫症のワクチンはなく、有効な治療法もない。そのため、根絶の努力は清浄な水の提供と人々の行動改善に注がれてきたのだと、カーター・センターの顧問で同センターのメジナ虫症根絶活動を指揮するDonald Hopkinsは話す。かつてメジナ虫症が蔓延していた地域では、布を使って水を濾過したり、再汚染した水を避けたりする指導が行われた。現在では、非常に辺鄙な村であっても、患者発生を素早く把握して保健当局に報告するようになっている。

チャドは2000年代後期に、メジナ虫症の発生がゼロになったと宣言する一歩手前までいった。それまでの10年間、症例が報告されなかったのだ。しかし、2010年4月に始まった詳しい調査で感染者が数人見つかり、それ以降、約60例が報告されている。

それらの患者は極めて散発的で、互いに孤立して発生していると、カーター・センターの特別顧問でメジナ虫症根絶に取り組んでいる寄生虫学者Mark Eberhardは話す。さらに典型的なのは、患者は数人ずつまとまって発生し、同じ村で毎年繰り返されることだ。「予想されたような患者数の増加や発生域拡大は見られませんでした」と彼は言う。

こうした調査結果が得られて間もなく、メジナ虫症に感染したイヌがチャドにいるという噂が関係当局に届き始めた。イヌやヒョウ、その他の哺乳類がメジナ虫症に感染する場合があることは数十年前から研究者の間で知られていたが、そうした哺乳類の感染例は、メジナ糸状虫と同じDracunculus属の別の種によるものか、あるいはヒトでの流行から何らかの経緯で派生した希少な感染例だと思われていた。

しかし研究者らは現在、チャドでは、ヒトがイヌにメジナ糸状虫を広めているのではなく、イヌがヒトに広めているのだと考えている。2015年1月〜10月の期間に、チャドの150の村でイヌのメジナ糸状虫感染が459例報告された。この感染数はかつてないほどの多さである。また、ゲノム塩基配列の解析から、チャドでイヌに感染している糸状虫は、ヒトにメジナ虫症を引き起こすメジナ糸状虫と同じ種であることが明らかになっている(M. L. Eberhard et al. Am. J. Trop. Med. Hyg. 90, 61–70; 2014)。

状況をさらに把握するため、ウェルカムトラスト・サンガー研究所(英国ヒンクストン)のゲノム科学者James CottonとCaroline Durrantが率いるチームは現在、チャドのイヌとヒトからメジナ糸状虫をさらに採集してゲノム塩基配列を解析している。イヌが実際にメジナ虫症をヒトに広めていることを確認するためだ。またEberhardは、イヌからヒトへの糸状虫伝播が実際に起こっていると確信した上で、イヌがまずどうやって感染するのか突き止めようとしている。彼によれば、イヌが飲み水から糸状虫を取り込む可能性は低いという。イヌは舌で水をなめるときにケンミジンコを遠ざける傾向があるからだ。チャドのメジナ虫症患者の大半はシャリ川流域の漁業集落で発生している。そのためEberhardは、ケンミジンコを食べた魚をヒトが捕獲し、さばいて取り出した内臓をイヌが食べているのだろうと推測している。こうして感染したイヌが、糸状虫の幼虫を再び川に持ち込み、ヒトに伝播するわけである。

Eberhardをはじめとする研究者らは、このイヌからヒトへの感染経路仮説について、疾患研究で一般的な動物モデルであるフェレットで検証しようとしている。しかし、チャドの根絶活動の関係当局は、そうした検証の結果を待たずに動き出している。チャドでは2015年2月以降、メジナ虫症のイヌを見つけて通報したり、汚染された水源に近付かないようイヌをつないでおいた人に20ドル(約2400円)相当の報奨金を出している。また、魚の内臓を埋めることを村人たちに推奨している。イヌが食べないようにするためだ。さらには、イヌ糸状虫(イヌにフィラリア症を引き起こす)の駆除薬がメジナ糸状虫にも作用するかどうかを調べる試験も進行中である。ヒトに感染したメジナ糸状虫は、成虫になるまでに約1年かかるので、これらの介入法が有効かどうか明らかになるのは2016年の末までかかるだろう。

Hopkinsによれば、シャリ川流域の村の年配者たちの話だと、村の漁法は昔から変わっておらず、また、過去にメジナ糸状虫に感染したイヌの例は記憶にないという。一方でMolyneuxは、メジナ糸状虫を伝播するヒトの数が大きく減ったために、糸状虫が寄生先をイヌに乗り換えたという説明ができるのではないかと話す。「もし、あなたがメジナ糸状虫で、世界中に仲間が100匹しか残っていないとしたら、どうしますか」とMolyneuxは問いかけ、こう結んだ。「それまで宿主にしていた動物からさっさと逃げ出して、何か他の動物に乗り移ればいいのです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160416

原文

Dogs thwart end to Guinea worm
  • Nature (2016-01-07) | DOI: 10.1038/529010a
  • Ewen Callaway