胎児組織研究に関する真実
研究で使用するために中絶された胎児の組織を集めていることがきっかけとなって、米国の医療サービス提供機関PPFAに対する賛成と反対のデモが起こった。 Credit: ANDY KATZ/DEMOTIX/CORBIS; WIN MCNAMEE/GETTY
ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)の研究者Lishan Suは、カリフォルニアのある会社から氷漬けにされた小さな試験管を毎月受け取る。その中には、妊娠14~19週で中絶されたヒト胎児の肝臓の一部が入っている。Suの研究チームは、その肝臓を慎重にすりつぶして遠心分離機にかけ、肝臓と血液を形成する幹細胞を抽出・精製する。次に、生まれたばかりのマウスの肝臓にその細胞を注入し、マウスを成熟させる。その結果、機能するヒトの肝臓と免疫細胞を持つ「ヒト化」マウスが誕生する。その他の部分は普通のマウスだが、SuのB型およびC型肝炎の研究にとっては非常に貴重だ。このマウスを使うことで、ウイルスがどのようにヒトの免疫系を逃れて、慢性の肝臓病を引き起こすかを詳しく調べることができる。
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「胎児組織を使うことは容易な選択ではありませんが、これまでのところそれよりも良い選択肢がないのです」とSuは語る。彼は、別の技術でヒト化マウスの作製を試みてきたが、いまだ成功に至っていない。「本当に人の命を救うために、非常にたくさんの生物医学研究者が胎児組織を使った研究に頼っています。そして彼らの多くが私と同じように感じていると思います」。
2015年7月以降、米国では、胎児組織を使った研究は一触即発のムードに包まれてきた。カリフォルニア州アーバインのセンター・フォー・メディカル・プログレス(Center for Medical Progress)と呼ばれる中絶に反対する活動家グループが、隠し撮りしたある動画を公表したためだ。動画では、女性のための非営利医療サービス機関「全米家族計画連盟」(Planned Parenthood Federation of America;PPFA)の上席内科医たちが、中絶された胎児の臓器を研究のために採取することについて何の感情も交えず単刀直入に話している。PPFAは、2014年には政府から5億2800万ドル(約630億円)の助成金を受けた。償還された金額の多くは、避妊からがんのスクリーニングまで幅広いサービスに充てられ、主として貧しい女性たちのために使われている。PPFA所属の700のクリニックのうち約半数では妊娠中絶手術を行っており、サービスの3%を占める。また2つの州では、いくつかクリニックが研究用に胎児組織を提供している。
この動画によって起こった騒動は、ここ数週間でさらに過熱してきた。12月3日、共和党が主導権を握る上院は、PPFAから政府助成金を剥奪する決定を下した。胎児組織を使った研究は合法であり、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)が数十年にわたり資金援助をしてきたという事実があるにもかかわらずだ。もしこの法案がオバマ大統領のデスクに届けば、拒否権が行使されることは確実である。その数日前の11月27日、銃を持った男がコロラド州コロラドスプリングスにあるPPFAのクリニックで3人を射殺するという事件を起こした。逮捕後のインタビューで、容疑者は「赤ん坊の臓器はもう使わせない」と語ったと伝えられている。
この事件を機に、これまでほとんど議論されてこなかった生物医学研究分野にスポットライトが当たった。胎児組織はなぜ、どのようにして、そしてどれほど広く使われているのか。この疑問の答えを得るために、Natureは2014年に交付された助成金に関するNIHデータベースを調べた。データベースで新鮮なヒト胎児の組織を使って実験を行っている研究者を探し出し、2015年10月にヒトの胎児組織で研究を行っている18人の研究者と連絡を取った。Suは進んでインタビューに答えてくれたわずか2人のうちの1人だった。ほとんどの研究者がインタビューを拒否するか、申し込みに対する返事をくれなかった。テキサスのある有名大学の広報担当者は、ある研究者がNatureのインタビューに答えることを、その人の「安全」を確保するためという理由で拒否した。
数字によると2014年には、NIHは総額で7600万ドル(約91億円)を、胎児組織を使う164のプロジェクトに投じている。これはNIHがヒト胚性幹細胞(ES細胞)を使った研究に交付した助成金の半分をやや下回る金額だ。ES細胞の研究も大きな議論の的となっており、NIHが全ての研究に対して交付した総額279億ドル(約3兆3000億円)の0.27%にあたる(比較のために述べるが、英国の医学研究会議(MRC)は、2015年3月31日までの12カ月間に、助成金総額の0.16%にあたる124万ポンド(約2億1000万円)を胎児組織が関係する5つのプロジェクトに使った)。NIHプロジェクトを分析したところ、胎児組織は、HIV/エイズをはじめとする感染症研究、網膜の機能と疾患の研究、そして胎児の正常発生・異常発生の研究に最も多く使われていることが分かる(「胎児組織研究が行われている分野」参照)。
反対者は、他のモデル系や技術でも研究は可能であり、胎児組織を使う研究は不要だと主張する。シャーロット・ロージア研究所(ワシントンD.C.を拠点とする中絶反対組織スーザン・B・アンソニー・リストの研究部門)の副所長で研究部長のDavid Prenticeはこう述べる。「胎児組織を使った科学は時代遅れです。もっと優れた、そして、端的に言えば、もっと好結果が出せる選択肢があるのです」。
しかし胎児組織研究の支持者たちは、胎児組織を採取することは法にかなった行為であり、利用されなければ組織は破棄されるだけであること、そしてこのような研究によって大きな医学的進歩が導かれてきた実績があることを挙げ、もっと良い選択肢があるなら自分たちもそちらを選ぶだろうと反論する。「胎児組織は柔軟で、分化があまり進んでいない組織です。容易に増殖して、新しい環境に順応するので、基礎生物学研究に役立ち、また成人の組織では再現できないツールとして使うことができるのです」とNIH科学政策部門の副部長Carrie Wolinetzは述べる。
「誤った情報を与えられた人々が、こういった研究は全てコンピュータモデルや培養細胞、幹細胞や動物で行うことができるとまくしたてるのを聞くと、私は心の底から落胆します」とアバディーン大学医学科学研究所(英国)の再生生物学者Paul Fowlerは言う。彼は、母親の喫煙が胎児の肝臓発生に与える影響を調べるために中絶胎児から採取した肝臓を使い、その結果を2015年1月に発表した1。「いくつかの部位では、ヒトの組織はげっ歯類のものと非常に大きく異なっているのです」。
そもそもこの件全体が、PPFAから支援と資金供給を剥奪することによって、妊娠中絶を攻撃し、女性たちが中絶できないよう制限をかけようとする、いかにも見え透いた企みの手口として使われているのだと論ずる人々もいる。「胎児組織のことを語っているように見えても、実際には議論の的になっているのは妊娠中絶なのです」とコーネル大学ウェイル医学校(米国ニューヨーク)の母体-胎児医療の専門家で、この研究の価値を認めているShari Gelberは語る。
実験用細胞株
中絶された胎児の組織に由来する細胞株は、1960年代にウィスター研究所(米国ペンシルベニア州フィラデルフィア)がWI-38細胞株を、そしてMRC研究所(英国ロンドン)がMRC-5株を作出して以来、研究と医学の分野では広く使われてきた。ウイルスはこれらの細胞内で容易に増殖する。また、麻疹、風疹、狂犬病、水痘、帯状ヘルペス、A型肝炎などの世界的に重要なワクチンの多くが、これらの細胞株を使って生産されている(Nature ダイジェスト 2013年9月号「正常ヒト細胞株WI-38の光と影」参照)。
製薬会社は、この2つの細胞株で作られたワクチンをこれまで少なくとも58億人分出荷しており、これらの細胞株は他の細胞株とともに、老化や薬物毒性の研究で実験手段となってきた(このような細胞株を使った研究は、新鮮な胎児の細胞や組織の使用を管理している米国の法律の範疇にはなく、NIHデータベースにも含まれていない)。過去25年間で、胎児細胞株はさまざまな医療の進歩を支えてきた。例えば、大ヒットとなった関節炎治療薬や、嚢胞性線維症や血友病の治療用タンパク質の生産などに使われている。
しかし、既成の細胞株は、天然の組織を忠実に模倣することはできず、少数の細胞タイプを代表するだけであるため、科学者にとってその用途は限られたものになる。例えば、WI-38とMRC-5は胎児の肺から得られたものだが、長い間in vitroで複製されてきたために変異が蓄積している可能性もある。そして、Suの研究のようにヒト化されたマウスを作出する場合には、十分な数の幹細胞を供給するために胎児の臓器のあらゆる断片が必要になる。こうした理由全てにより、研究者たちは新鮮な胎児組織に頼らざるを得ないのである。
Credit: SOURCE: NIH
米国ではこのような組織は、同意と組織収集および輸送を取り締まるさまざまな法律や規制の下で、中絶手術を行う医療センターやクリニックで集められる(「胎児組織と法律」を参照)。連邦法では、クリニックは組織を供給するコストを埋め合わせるために「妥当な報酬」を受け取ってもよいが、これを行うことで利益を得ることは重罪とされている。PPFA当局者は、PPFA所属のクリニックは、研究のために胎児の組織を提供することを選んだ女性たちから完全なインフォームドコンセントを得ていると述べている。そしてPPFAは10月に、所属のクリニックは今後、組織を集めるための1検体につき45~60ドル(約5400~7200円)のコストを回収しないつもりだと発表した。
クリニックで集められた胎児組織は、その後、生物学研究関連製品を扱う会社に渡ることが多く、そうした会社は仲介役として、研究者に販売する前に組織を処理する。Suの研究室は、最も広く使われている会社の1つであるアドバンスト・バイオサイエンス・リソーシズ(Advanced Bioscience Resources;米国カリフォルニア州アラメダ)から組織を購入しており、胎児の肝組織1検体につき830ドル(約10万円)を支払っている。
HIVとエイズ
最も多くのNIH資金が流れている胎児組織研究のカテゴリーは、HIVとエイズの研究で、NIHが認可した164の交付金のうち64がそれに充てられている。この分野の研究者たちは長い間、ヒトに特有のこの病気の有効なモデルが不足していることで苦い思いをしてきた。標準的なモデルであるマカク属のサルは、繁殖に費用がかかる上、HIVではなくSIV(Simian Immunodeficiency Virus;サル免疫不全ウイルス)に感染し、ヒトとは異なる免疫反応を示す。一方、胎児組織は柔軟性と順応性に富み、幹細胞を豊富に供給できることから、ヒト化した免疫系を持つマウスが多数作出されてきた。
中でも目立つのは、2006年に作出されたBLT(bone marrow-liver-thymus)マウスである2。BLTマウスは、マウスの免疫系を破壊してから、ヒト胎児から得た肝臓と胸腺の組織片を外科的にマウスに移植することによって作出される。さらに、同じ胎児の肝臓から血液を形成する幹細胞を抽出し、それをマウスの骨髄に移植することで免疫系がヒト化される。このモデルを用いれば、例えば、効果的なHIVワクチンを開発するカギとなる免疫反応の研究が可能になる。NIHから研究助成金を受けてこのマウスを使っている数名の科学者による総説には、BLTマウスは「HIVの病因の研究、および、抗ウイルス免疫を利用してHIVを抑えるという斬新な手法の開発を促進する」と書かれている3。
このマウスはまた、膣でのHIV感染を予防薬で防ぐ方法が有効かどうかを明らかにする研究にも使われた。この方法は現在、臨床試験の後期段階にある。最近では、単純ヘルペスウイルスの生殖器への感染モデルとしてもこのマウスが利用されており、単純ヘルペスウイルスが膣粘膜の免疫系を変化させてHIV感染を助長する仕組みが調べられている。同様にSuも現在、彼自身が作製したヒト化マウスを使って、C型肝炎ウイルスとHIVウイルスへの同時感染により肝臓疾患が促進されるメカニズムを調べている。
しかし、欠点もある。BLTマウスは胸腺のがんを発生しやすいため、平均寿命がわずか8.5カ月程度と短い。さらにヒト化した免疫系は次世代に受け継がれないため、モデルを繰り返し作製しなくてはならず、継続的に胎児組織が必要となり、妊娠中絶反対論者を刺激することになる。
ヒトの発生
いくつかの研究分野では、胎児組織が他の材料や方法に置き換わる日が来るだろう。代わりとなる柔軟性の高い細胞として、ヒトES細胞、人工多能性幹(iPS)細胞、オルガノイド(人工的に作られた細胞組織で、正常な器官に由来する組織に似ている)などがある(Nature 523, 520-522;2015)。しかし、胎児組織がどうしても必要な分野が1つあると科学者たちは言う。ヒトの発生早期に関する研究だ。それに、発生がうまくいかないときに何が起きているかを調べるのにも必要だ。
「いくつかの研究分野では、ヒトの胎児組織が別のものに取って代わられることはまずないでしょう。特に胎児発生に関連する研究では」とWolinetzは言う。そしてこのような研究の応用は、先天性心疾患に代表される奇形などの発育障害を理解することだけにとどまらず、それをはるかに超えた範囲をカバーすると、マンチェスター大学(英国)の内分泌学者Neil Hanleyは述べる。「今では、成人に見られる幅広い疾患と障害について、その起源が発生の非常に早期にあることが分かっています。正常を理解できなければ、異常も理解できないのです」と彼は言う。2型糖尿病と統合失調症はその代表例である。
2014年に、胎児組織が関係する発生生物学研究にNIHが与えた交付金は30件だった。その中には胎児の筋細胞前駆体である筋芽細胞の分化の研究が1件、尿生殖器管の発生に関する研究が数件含まれていた。後者の研究は、尿道下裂(尿道の閉鎖不全および陰茎の下面の形成不全が見られる一般的な異常)などに関連する。あるプロジェクトでは、陰茎の前駆体である性器結節での遺伝子発現の3次元アトラスを作っている。別のプロジェクトでは未熟児に過度の腸炎症が見られる理由を説明するために、胎児の腸の内側を覆っている細胞での遺伝子活性を調べている。Hanleyはこのような研究は重要であると指摘する。特に、遺伝子調節(遺伝子がいつ、どこで活性化するかを細かく調整し、協調的状態を保つ)は、動物種によって非常に異なることがあり、他の動物での知見がヒトには適用できないことがしばしばあるからだと言う。
30件の交付金の半分以上が脳の発生の研究に使われており、これらのプロジェクトの多くが自閉症、統合失調症、アルツハイマー病などの疾患の治療での進歩を目指している。カリフォルニア大学サンディエゴ校医学系大学院(米国ラホヤ)の神経生物学者Larry Goldsteinは、iPS細胞から作製したアルツハイマー病関連変異を持つニューロンを培養するために、中絶胎児の脳から得たアストロサイトと呼ばれる細胞を使う。アストロサイトはいくつかの因子を分泌して培養液中のニューロンを健康な状態に保つと考えられていて、彼はこの系を用いてアルツハイマー病の原因を調べ、治療薬の候補を試験している。
Goldsteinは、最終的にはアストロサイトもiPS細胞から作製したいと考えている。しかし「中絶胎児のアストロサイトは現在、人為的に分化させて作出するアストロサイトを評価するための基準として使われています。そして将来も、基準として使われるでしょう」と彼は言う。彼は、iPS細胞から作出されたニューロンの評価にも、中絶胎児の脳から得たニューロンを使ってきた4。「胎児組織が利用できるのであれば、基準としてこの上なく最適なのです」。
胎児組織を使った研究に対するNIH交付金の中の23件は、眼の発生と疾患に関係したものだ。網膜色素上皮(RPE;眼球の後方に位置する一層の細胞群)の損傷は、先進国の成人の失明の原因として最も一般的である加齢性黄斑変性症など、多くの眼疾患に重要な関与をしている。2000年代には、胎児の眼から採取されたRPEの培養細胞が作られるという進歩があり、これらの細胞の機能を科学者たちはシャーレの中で研究することができるようになった。一部の科学者は方向転換してRPEの作製に幹細胞を使うようになったが、Goldsteinらは引き続き胎児組織を正常な発生と機能のベンチマークとして使用している。
GoldsteinはNatureのインタビューに答えることに同意したが、それは「誰かが責任を持って声高に話さなければならないからだ」と言う。彼と彼の研究チームは、自分たちの研究の倫理について真摯に考えていると強調した。「我々は実験材料の入手方法に満足しているわけではありません。しかし、それが利用されることなくただ廃棄されるのは見るに忍びないのです」。
時折、胎児組織が臨床研究で使われることがある。2014年、ニューラルステム社(Neuralstem;米国メリーランド州ジャーマンタウン)がカリフォルニア大学サンディエゴ校の科学者たちと共同で、脊髄損傷を治療するために胎児の脊髄から得た幹細胞を移植する臨床試験を開始した。同年5月には、英国とスウェーデンの研究者が中絶胎児由来のドーパミン作動性ニューロンをパーキンソン病の患者の脳に移植するという研究を開始した(Nature 510,195-196;2014を参照)。胎児組織を使った研究は、妊娠中絶がより広く受け入れられている国々ではそれほど大きな議論を巻き起こしていない。
不快感が拭えない動画
だが、胎児組織研究の支持者の中にも、PPFAの動画に関しては不快感を覚える人々がいた。1本の動画には、PPFA医療活動部門のシニア・ディレクターで医師のDeborah Nucatolaが、目的とする重要臓器の上下にある組織をどのようにつぶしたらよいかを説明している。臓器を保護して研究に支障が出ないようにするためだ。さらにNucatolaは、子宮頸がより拡大しているときに胎児を回転させて殿位にし、頭部が最後に出てくるようにすれば、脳を保護できると説明していた。
この動画から、医師たちが研究者からの要望に応えるために妊娠中絶テクニックを変更している様子がうかがえた。そして、広く遵守されている研究倫理の指針に違反しているのではないかという疑問が提起された。ニューヨーク大学医学系大学院(米国)の生命倫理学者Arthur Caplanは、この動画を「単に政治的な道具だ」と片付けてはいるものの、映像の中には「実際、眉をひそめざるを得なかった部分もある」と言う。「何かを保護するために、妊娠中絶のやり方を変えるなど、とんでもない。絶対にしてはならないことです」。
PPFA報道官のAmanda Harringtonは、臓器を保護するために妊娠中絶の方法が変更されているといった例は1つも認識していないと言う。Harringtonは、女性たちの健康と安全が「常に最優先されるべきこと」と話すが、「中絶手術を受ける女性が組織提供の希望を表明している場合に、その女性の健康と安全に関連のない微細な調整がなされるとしたら、それは全くもって適切であり、倫理的かつ合法的なことです」と付け加える。
多くの科学者にとっての疑問は、この論争がどんな影響を及ぼすか、ということだ。コロラド州での銃撃事件の後、共和党議員の何人かはPPFAへの資金援助を打ち切るという以前の試みから手を引いた。そしてオバマ大統領はそれを実行に移すどんな法案も拒否するだろう。つまり、これらの動画で永続的な損害を被るのは、PPFAではなく科学界であるかもしれないということだ。7月以降、研究を違法とするか、さもなければ研究を制限するという内容の4つの法案が米国議会で提案され、10以上の州の州議会議員たちが同様の動きを見せ始めている(ミズーリ、アリゾナ、ノースダコタ州では、すでに研究が禁止されている)。
10月1日にはノースカロライナ州で、胎児組織を州内で販売することはその量にかかわらず重罪だとする新しい法律が成立したため、Suは自分の研究を取り巻く状況がさらに冷えこむのを感じた。彼は使用する組織を州外から受け取っているが、新しい法律の背後にあるメッセージには不安を感じる。「この現在の論争、あるいはこれから起こり得る議会の介入が、生物医学研究の足を引っ張ることがないよう祈ります。確かに問題がないわけではありませんが、それによる恩恵はもっと大きいのです」。
今回の論争は「胎児組織研究を大きな危険にさらす」とCaplanは言う。「若い科学者たちは論争でもみくちゃにされた分野に足を踏み入れようとは思わないでしょう。研究資金が得られるかどうかも不確実な上、身に危険が迫る可能性も大いにあるのですから」。
Caplanは、2000年代初期と似た状況が起こるかもしれないと言う。当時、ヒトES細胞を米国で研究に使うことに関して政治的に緊迫した状態となった。この研究へのNIH交付金を厳しく取り締まる連邦条例が採択されたが、カリフォルニア州やマサチューセッツ州などいくつかの州が、それでもこの科学研究に資金を投入するという反応を示したのである。
「前に進むためには、胎児組織研究への資金投入や研究があらゆる場所で認められる必要はない、と考えるのが現実的でしょう。どこかで研究が許可されればいいのです」とCaplanは言う。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160317
原文
The truth about fetal tissue research- Nature (2015-12-10) | DOI: 10.1038/528178a
- Meredith Wadman
- Meredith Wadmanはバージニアを拠点とするフリーライターで、ワシントンD.C.のシンクタンクNew Americaの編集人
参考文献
- Drake, A. J. et al. BMC Med. 13, 18 (2015).
- Melkus, M. W. et al. Nature Med. 12, 1316–1322 (2006).
- Karpel, M. E., Boutwell, C. L. & Allen, T. M. Curr. Opin. Virol. 13, 75–80 (2015).
- Israel, M. A. et al. Nature 482, 216–220 (2012).
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