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炎症は老化マウスの健康維持に役立つ

体内の脂肪は、血管の発達による変化、結合組織の変化、脂肪細胞の数や大きさの変化などによる大きなリモデリングが頻繁に起こっても耐えることが可能な組織である。また必要性に応じてエネルギーを蓄積したり、放出したりできるという特徴を持つ。しかし、このような適応過程はストレスが大きい状態では有害になり得る。肥満の齧歯類やヒトに見られる「適応不全に陥った脂肪リモデリング」は、脂肪細胞の大型化や脂肪組織の慢性炎症に関係しており、インスリン抵抗性や2型糖尿病、心血管合併症につながる1。このような代謝調節異常を引き起こす構成要素を解き明かす研究から、複数種の細胞間の相互作用が関与する協調的な炎症回路の1つが明らかになっている1。このほどソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)のSagar P. Bapatらは、老化関連型の代謝変化は肥満関連型の代謝変化とは異なる機構で調節されていること示唆する証拠を見いだし、Nature 2015年12月3日号137ページに報告した2。この成果は予想に反するもので、代謝調節に新しい展開をもたらしたといえる。

図1:制御性T細胞は老化マウスの脂肪での代謝調節を障害する
a 老化に伴い、脂肪常在性制御性T(fTreg)細胞と呼ばれる免疫細胞が体脂肪に蓄積し、局所の炎症(赤色)が低下する。この老化関連型のfTreg細胞の蓄積は、代謝調節異常や脂肪細胞の大型化の増強、脂肪リモデリング(脂肪が栄養素要求の変化に応じて形態変化する過程)の低下と相関する。
b Bapatらは、老化マウスにおいてfTreg細胞集団を除去することで、炎症の増加、脂肪細胞の縮小、脂肪リモデリングの回復が引き起こされ、代謝調節が改善することを報告した2

制御性T細胞(Treg細胞)と呼ばれる特殊な免疫細胞は、白血球によって引き起こされる炎症性免疫応答を抑制する。免疫系が機能するのにTreg細胞が重要であることは、FOXP3(Treg細胞の発生、維持、機能を制御する転写因子)を欠損する哺乳類が、多臓器性自己免疫疾患を発症するという事実によって裏付けられている。脂肪には多くの種類の免疫細胞が存在しており、特に脂肪常在性Treg細胞(fTreg細胞)は、局所の炎症の調節因子候補として注目を集めている3,4

fTreg細胞は、出生直後に脂肪組織に入ったTreg細胞で、そこでいくつかの因子の発現などの分子的な特徴を獲得し、加齢に伴って蓄積していく5-8。これは例えば、分化を制御する転写因子PPARγや、fTreg細胞の発生に関与するタンパク質サブユニットST2(タンパク質IL-33の受容体)の発現などである。その上、他のTreg細胞よりもfTreg細胞選択的に発現するT細胞受容体タンパク質(TCR;免疫応答の際に抗原と呼ばれる構造を認識する)がいくつかあることから、fTreg細胞集団の一部は抗原に応答して増殖すると考えられている3-5。また、肥満の動物モデルのデータから、fTreg細胞は炎症や代謝調節異常を防御することが示唆されている3,5-8が、この細胞には不明な点が多い。

Bapatらは、肥満モデルではなく、老化マウスにおいてfTreg細胞を解析し、これらの細胞に関するこれまでの仮説を覆した。老化はインスリン抵抗性や糖尿病の重要なリスク因子であることから、老化関連型の代謝調節異常の解明は非常に重要である。Bapatらは、fTreg細胞が老化に伴い非常に多く蓄積することを観察した。しかし、fTreg細胞のPPARγを欠失させることによりfTreg細胞集団を除去すると、この変異を持つ老化マウスは野生型の同腹仔マウスよりも体重増加が少なく、同月齢の対照マウスよりも体脂肪の蓄積も体重も少なく、たくさん食べて、カロリーをたくさん消費するという予想外の結果となった。

この変異を持つ老化マウスでは解析された全ての代謝パラメーターがより良好な結果を示した。空腹時の血糖値やインスリンレベルは低下しており、同様にインスリン抵抗性も減弱していた。対照的に、fTreg細胞集団を薬理学的に拡大させると、インスリン抵抗性のレベルや他の代謝調節異常に関するパラメーターが増悪した。

fTreg細胞の除去は、炎症性シグナル伝達分子TNFαの局所レベルの増加に関連しており、これは脂肪での炎症の増強と一致することが分かった。また、fTreg細胞の除去は、脂肪細胞の縮小やコラーゲン遺伝子の発現低下とも相関した。これらは、代謝活性の改善や有益な脂肪リモデリングの証拠である。老化マウスのfTreg細胞は、その分子的な特徴も、免疫応答を抑制する能力も維持していることから、機能は障害されていない。以上のことから、これらのデータは、fTreg細胞の蓄積は老化関連型の代謝調節異常の一部を担っていること、またfTreg細胞によって抑制される炎症応答の少なくともいくつかの面が、老化においては有益であることを実証している(図1)。

これらの結果はこれまでの観察結果とは異なり、予想外のものである。これまでの研究結果からは、fTreg細胞の数は肥満マウスでは減少しており、fTreg細胞の増殖により体重には影響を与えずに代謝を改善できることが示されていた3,5-8。一方、Bapatらは老化に注目し、その結果の一部はこれまでのデータとは大きく異なっている。例えば、Bapatらの研究では、fTreg細胞を除去した老化マウスに高脂肪食を与える肥満モデルで、fTreg細胞の役割を検討したが、fTreg細胞が肥満関連型の代謝を調節する証拠は見つからなかった(肥満の場合、脂肪にはfTreg細胞が少ないが、Bapatらは今回の研究ではfTreg細胞集団を増殖させて肥満関連型の代謝に与える影響を評価する実験を行っていない)。これまでのデータ7と直接矛盾するのは、肥満マウスにおいて、fTreg細胞でPPARγが欠失している場合でさえ、抗糖尿病薬ロシグリタゾンでPPARγ活性を刺激すると、有益な代謝効果が発揮されることが分かったことである。このことから、この薬剤の重要な標的は他の細胞種であると考えられる。

これら矛盾が生じる理由は調査中である。おそらく原因は、実験計画の違いや、マウスの飼育環境ごとに共生細菌集団が違うことによると考えられる。また、マウスに観察されたfTreg細胞の効果がヒトに適用できるかどうかを評価することも不可欠だろう。ヒトには老化関連型と肥満関連型の代謝調節異常が共存するので複雑であると考えられる。

以上の課題はあるものの、fTreg細胞と炎症についての知見は集まりつつある。他の研究室から、老化に伴って脂肪にTreg細胞が蓄積することが報告されていたが6,9、今回初めて、老化におけるfTreg細胞の代謝効果が報告された。また最近では、fTreg細胞の遺伝子発現プロファイルについても、詳細な解析が行われ、分子調節を理解する手掛かりや、その数や機能を操作するのに使用できるツールが報告された3,6-8。さらに、fTreg細胞集団の拡大を引き起こす抗原が脂肪に存在することを裏付ける説得力のある証拠も報告されている3,5。おそらく、このような抗原は、抗原提示タンパク質複合体の主要組織適合遺伝子複合体クラスIIとともにfTreg細胞上に提示される。よって、老化に伴うfTreg細胞蓄積に寄与するこれらの抗原や他の因子を突き止めることが重要だと考えられる。

fTreg細胞と自然リンパ球(ILC)などの細胞間でシグナル伝達を介するなどの相互作用はあるのだろうか? 最近の報告では、ILCが脂肪に浸潤することや、IL-33で活性化されたILC2は白色脂肪(エネルギーを貯蔵する)を褐色脂肪(熱産生を行う)へと変換することが示されている10,11。IL-33には2つの相反する役割があるので、この可能性はあるだろう。つまりIL-33は、ILC2を介してエネルギー消費を引き起こすが、fTreg細胞集団の拡大や、同化作用(脂肪へのエネルギー貯蔵を増加させる)を促進するIL-1012などの分子の分泌を誘導することで、エネルギーの保存を確保するのだ。従って、fTreg細胞の除去は、エネルギー消費にバランスを傾けることで、体重減少や代謝の改善を引き起こしたのかもしれない。しかし、老化マウスにおけるIL-33あるいはILC2についての研究は今まで行われていない。

最後に、老化脂肪細胞の炎症経路を遮断すると、代謝調節が障害されることが報告されている13。これは広く受け入れられている考えとは反するが、Bapatらのデータとは一致する。今後は、炎症応答の有益な構成要素を明らかにし、その代謝効果を調べることが不可欠であろう。これによって、異常条件下での組織適応につながる炎症には、進化的に保存された特徴が確認されるかもしれない。炎症には異なる面があり、それが脂肪や他の部位で良くも悪くも多くの役割を担っている可能性がある。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160329

原文

Inflammation keeps old mice healthy
  • Nature (2015-12-03) | DOI: 10.1038/nature15648
  • Ivan Maillard & Alan R. Saltiel
  • Ivan Maillardはミシガン大学(米国)、Alan R. Saltielは カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)に所属

参考文献

  1. Osborn, O. & Olefsky, J. M. Nature Med. 18, 363–374 (2012).
  2. Bapat, S. P. et al. Nature 528, 137–141 (2015).
  3. Feuerer, M. et al. Nature Med. 15, 930–939 (2009).
  4. Winer, S. et al. Nature Med. 15, 921–929 (2009).
  5. Kolodin, D. et al. Cell Metab. 21, 543–557 (2015).
  6. Cipolletta, D., Cohen, P., Spiegelman, B. M., Benoist, C. & Mathis, D. Proc. Natl Acad. Sci. USA 112, 482–487 (2015).
  7. Cipolletta, D. et al. Nature 486, 549–553 (2012).
  8. Vasanthakumar, A. et al. Nature Immunol. 1w6, 276–285 (2015).
  9. Lumeng, C. N. et al. J. Immunol. 187, 6208–6216 (2011).
  10. Brestoff, J. R. et al. Nature 519, 242–246 (2015).
  11. Lee, M.W. et al. Cell 160, 74–87 (2015).
  12. Lumeng, C. N. & Saltiel, A. R. J. Clin. Invest. 121, 2111–2117 (2011).
  13. Wernstedt Asterholm, I. et al. Cell Metab. 20, 103–118 (2014).