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地球温暖化の抑制へ歴史的合意

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パリで開かれた国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)は2015年12月12日、2020年以降の地球温暖化対策の枠組みを定めた「パリ協定」を採択した。先進国だけが温室効果ガス排出量削減の義務を負った1997年の京都議定書に代わり、発展途上国を含め、条約に加盟する約200の全ての国・地域が削減に加わる。気温上昇の目標は産業革命前と比較して「2℃をかなり下回る」と設定された。国際社会は、今世紀後半の「実質排出ゼロ」を長期目標に、化石燃料に頼らない社会を目指すことになった。

採択を告げる議長の小槌が振り下ろされると、196カ国・地域の代表たちは一斉に立ち上がり、拍手はしばらく鳴り止まなかった。各国の代表は、2週間におよぶ厳しい交渉の末、気候変動と闘うための画期的な計画を承認した。気温上昇の目標値を「2℃をかなり下回る」とし、さらに努力目標として1.5℃を目指す。現在の地球の平均気温は産業革命前と比較してすでに1℃上昇している。

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各国は会議に先だって、自国の地球温暖化対策の「国別目標」を条約事務局に提出していた。国別目標には、温室効果ガス排出量削減のために各国が2030年までに行う対策と削減目標が書かれている。しかし、今回提出された削減目標では2℃未満の達成には不十分であることがすでに分かっている(「足らない削減量」参照)。各国の全ての国別目標が実行されたとしても、地球の気温は2100年までに2.7℃上昇するとも見積もられている。この気温上昇は、壊滅的で不可逆的な気候変動を引き起こす可能性があると科学者たちが警告する上昇幅にかなり入っている。

それでも、今回のパリ協定は、地球が壊滅的な気候変動を避けるための最後の希望だと、科学者と政府の多くは考えている。

排出量削減目標の「達成」は義務ではないが、各国は、自国の国別目標を5年ごとに見直し、提出しなければならず、その際、目標を後退させることはできない。これは、各国の目標が時とともにさらに野心的なものになることを狙っている。また、5年ごとに世界全体の現状の評価・検討が行われる。各国がその責務を確実に果たし続けるようにするため、排出量を測定、報告、検証するための透明性の高い仕組みを作り、各国は排出量を2年に1度報告する。

しかし、多くの国の国別目標が条件付きであり、代替エネルギーによる発電所の建設、残っている森林の維持、危険な場所の住民の移住などへの資金援助をを求めている。そこで、先進国から途上国の温暖化対策への資金援助額を増やし、具体的な金額は年間1000億ドル(約12兆円)を下限に今後決めることで合意した。ただし、法的拘束力はない。

また、途上国は、温暖化の影響を受けやすい国が、海面水位の上昇や気象災害の激化など、温暖化の影響による被害に直面することを公式に認めて協定文に盛り込むことを強く求め、これは実現した。

「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は、気温上昇を2℃に抑えるためには2050年までに排出量を2010年比で40~70%削減することが必要だと結論している。1.5℃目標の達成には、2050年までに2010年比で70~95%減もの大幅な削減が必要とみられる。パリ協定は、1.5℃の気温上昇が及ぼす影響について2018年に報告するよう、IPCCに要請した。

困難な道のり

パリ協定に至る長い道のりは、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開かれた「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)から始まった。この会議で「気候変動枠組み条約」が採択されたが、その詳細は後の交渉に委ねられた。その後、枠組み条約締約国会議は年1回、計20回開かれた。1997年の第3回締約国会議で先進国の排出量削減を義務付けた「京都議定書」がまとまったものの、米国は批准せず、中国、インドを含む途上国には削減義務はなく、世界の排出量はその後も増え続けていた。ようやく今回、187カ国が国別目標を提出し、パリでの合意にたどり着いた。日本政府は「2030年度に2013年度比で26%減」との目標を提出している。

オランド仏大統領は協定の採択後、各国代表に向かい、「歴史を動かすのは、そろばんをはじくだけの者たちではありません。自らの意志を明らかにする者たちです。あなたたちは今日、確かに決意を明らかにしました」とたたえた。

環境問題専門家の多くは、今回の協定と目標は強力なもので、地球温暖化の抑制にはずみをつけ、各国政府に圧力をかけるはずだと評価する。環境保護団体「環境防衛ファンド」(米国ニューヨーク)の副代表で気候変動問題を担当するNathaniel Keohaneは、「私たちはこれまで、良い協定となるためには欠かせない要素を提言してきました。今回の協定にはそれらがきちんと盛り込まれました」と評価する。

今回のパリ協定は、産業界にクリーンエネルギーと環境に優しい成長を促すはずだと言う人たちもいる。潘基文国連事務総長は、「市場は今回の協定から、低排出でも成長を生むような投資を拡大する必要があるというメッセージを受け取ったはずです」と話す。

交渉を見守るためにパリに集まった気候研究者たちは、協定が設定した目標は歓迎したものの、各国が排出量削減目標をどう達成するかの詳細は不足していると感じている。気候変動問題の学際的な研究所である「国際気候・環境研究センター」(CICERO;ノルウェー・オスロ)の経済部門の研究部長であるSteffen Kallbekkenは、「今回の協定は、排出量削減の程度と時期については明確にしていません。対策の進み具合を測定するための有用な基準も与えていません。また、今回の協定が描く計画は、科学的研究結果と矛盾はしないものの、現時点で入手可能な最も優れた研究結果を反映していません」と指摘する。

プリンストン大学(米国ニュージャージー州)の気候科学者Michael Oppenheimerは、「排出量の透明性確保に関していえば、今回の協定はやや曖昧です。とても効果的なものになる可能性もありますが、代表団はその問題については先延ばしにしたのです」と話す。

途上国が排出量を管理できるのかを心配する人たちもいる。カメルーンの国立気候変動観測所の所長であるJoseph Armathé Amougouは、「排出量の透明性と管理能力は、法令1つで手にできるというような簡単なものではありません」と話す。彼は今後、自国の温室効果ガス排出量の明細を作り、報告する責任を負うことになるが、現時点ではその予算も職員もない。

英国・ロンドンの非政府組織「クリスチャン・エイド」のMohamed Adowは、「温暖化による被害を公式に認めたことはとても大きな成果です。私たちはすでに、温暖化の時代に必然的に伴う損失や被害を被っているのです」と話す。しかし一方で、協定は、二酸化炭素を大量に排出してきた先進国から途上国が補償を得ようとすることや、温暖化に伴う損失は先進国に責任があると見なすことを認めていない。

バングラデシュの私立大学付属研究機関「国際気候変動・開発センター」(ICCCAD;ダッカ)のSaleemul Huqセンター長は、「パリ協定は目標を1.5℃と明確にしました。これは、地球温暖化の影響を受けやすい国々にとっては非常に大きな成果です」と話す。Huqは、後発開発途上国連合のアドバイザーを務めている。彼は、「パリに来たとき、あらゆる先進国と発展途上の大国は私たちの味方ではありませんでした。しかし、パリにいた14日間で、何とか彼ら全てを味方につけることができたのです」と話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160308

原文

Nations adopt historic global climate accord