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マグネシウムで記録破りの強度を実現

図1:1930年代にフランス・ブガッティ社が発表した軽量自動車「エアロライト」。車体にマグネシウム合金を使用している。 Credit: JOE WIECHA

マグネシウムは最も軽い実用金属で、その密度は、アルミニウムの3分の2、鋼鉄の4分の1と低く、多くのポリマーと比較してもわずかに高いにすぎない。そのためマグネシウムは、他のより重い金属に代わる理想的な金属材料になり得ると考えられているが、強度や塑性といった機械的性質が劣るために応用は限られてきた。そんな中、ミズーリ工科大学(米国ローラ)のLian-Yi Chenらは今回、溶融マグネシウム中にセラミックナノ粒子を比較的高い体積分率で分散させることにより長年の課題を克服、比強度や比剛性が構造用金属中最高となるマグネシウム複合材料を実現し、Nature 2015年12月24/31日号539ページに報告した1

マグネシウムは、地殻中の存在度が8番目に高い元素で、海水中にも金属元素としてはナトリウムに次いで2番目に多く存在する。また、ポリマーに比べてリサイクルしやすく、環境に優しい材料といえる。マグネシウムが初めて民生用の構造材料として商業利用された有名な例は、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲン社が1930年代に発表した「ビートル」だ。この車には1台につき20kgのマグネシウムが使われていたという2。間もなくフランスのブガッティ社も、車体がマグネシウム合金でできた「エアロライト」と呼ばれる試作車を製造した(図1)。しかし、自動車へのマグネシウムの利用は、鉱石からのマグネシウムの抽出に費用がかかる上、機械的挙動が複雑で、可燃性に対する懸念があり、使用条件下で腐食しやすいといった理由から、20世紀を通して限られていた。

ところが21世紀に入ると、工業生産にも環境への配慮が強く求められるようになり、マグネシウムへの関心が再燃した。今では、軽量材料を用いる利点が十分に定量化されている。例えば、平均的な自動車を100kg軽くすると、耐用年数10年でエネルギーが25GJ(ギガジュール)節約でき、二酸化炭素排出量は1600kg削減できる3。マグネシウム研究では主に、機械的性質の劇的な改善の必要性が原動力となってきたが、これは、そうした改善で、鋼鉄やアルミニウム合金といった広く使われているより重い材料と対等に渡り合えるようになるからだ。

しかし、他の金属では大幅な強度向上につながった硬化法も、残念ながらマグネシウム合金にはあまり効果はなかった。例えば、アルミニウム合金中でサイズのそろった微細固体粒子を分散した状態で析出させると、これらの固体粒子が転位(材料の永久変形につながる結晶欠陥)の移動を妨げる障害物として働くため、強度が4~5倍になる4。だが、マグネシウム合金に同様の処理を適用したこれまでの試みでは、最も効果的な場合でも、得られた強度はかろうじて2倍に達したにすぎない5

合金の析出強化では、微細な析出物を狭い間隔で均一に分散させることによって、底面転位の移動や双晶変形(最小印加応力に応答して活性化される変形モード)が効果的に妨げられる。しかし、マグネシウム合金ではそうした分散状態の実現は難しく、これが大きな障害となってきた。マグネシウム合金中には、形状やサイズ分布の異なる析出相が混在することが多い。そのため、合金の組成と熱処理を最適化することで、サイズのそろった粒子を均一に分布させられる可能性があるが、合金組成と熱処理を両方同時に最適化することは、かなり複雑で厄介だ。というのも、組成のわずかな変化も、熱処理の温度や時間のわずかな変化も、全てが粒子の分布に予測できない大変化をもたらし得るからである。

金属を強化する別の手段として、さまざまな種類、形状、サイズ(通常はマイクロメートルスケール以上)の補強粒子を添加する手法がある。マグネシウム合金への一般的な添加物質には、セラミック粒子や金属粒子、酸化物、ホウ化物、そして例は少ないがカーボンやカーボンナノチューブなどが使われる。しかし、こうした粒子を均一に分散させたり、粒子とマトリックス(母材)をうまく結合させたりすることができないため、粒子添加型合金では予測不能な機械的特性を伴うことが多い。従って、応用は特定の製品に限られてしまう。

近年、ナノ粒子からなる粉末が非常に効果的な補強材となることが提案され、そうした粉末を安く大量生産する方法が開発されたことから、ナノ複合材料の作製に多大な努力が注がれるようになった6。しかしながら、ナノ複合材料の可能性を最大限に引き出すには、マトリックスの溶融液中に比較的高い体積分率のナノ粒子を均一に分散させる必要がある7。Chenらは今回、マグネシウム–亜鉛合金において、個々のセラミックナノ粒子を高い密度(体積分率14%)で均一に分散させることに成功し、突出した機械的性質を持つマグネシウム系ナノ複合材料を実現した。ナノ複合材料の形成がここまで大幅な強度の向上につながったのは、今回が初めてのことだ。

図2:セラミックナノ粒子(炭化ケイ素ナノ粒子;SiC)を体積分率で14%含むマグネシウム–亜鉛合金(Mg2Zn)の、異なる倍率の走査電子顕微鏡画像。ナノ粒子が均一に分布している様子が見て取れる。 Credit: Ref.1

Chenらはまず、液体状態のマグネシウム–亜鉛合金中に体積分率1%のセラミックナノ粒子を分散させ、次に真空炉で合金を一部蒸発させることによってナノ粒子の濃度を高めた。すると、ナノ粒子はその自己安定化機構により合金中で均一に分散し(図2)、これらのナノ粒子は底面すべりや双晶の伝播を妨げるのに極めて効果的だった。その結果、合金の降伏強度(材料が不可逆的に変形し始める応力)はナノ粒子を含まなかったときの約50MPa(メガパスカル)から約410MPaへと8倍以上も向上し、可塑性も損なわれなかった。また、このナノ複合材料は優れた機械的安定性を示し、それは400℃という高温まで維持された。

Chenらはさらに、マトリックスである金属を構成する結晶の粒を小さくすることで、降伏強度を710 MPaまで大きく向上させた。ナノ粒子を含まない場合に比べて実に14倍以上というこの値は、これまで報告された多結晶マグネシウム合金やマグネシウム系ナノ複合材料の中で最高の値だ。

Chenらの今回の作製方法は実験室規模では実証済みで、その結果からすると、この方法は、融点がマグネシウムと同等かそれ以下の金属(例えばアルミニウムや亜鉛)でできた小型部品の作製に特に適しているように思われる。だが、これら以外の金属に適用する場合には、処理パラメーターの最適化にさらなる研究が必要だろう。

今回の方法が工業スケールでも実現可能か、また環境に優しいかどうかは、まだ分かっていない。スケールアップに伴う問題としては、①必要なエネルギーの量とコスト、②蒸発させたマトリックス材料からの毒性残留物の除去、③装置のメンテナンスなどが考えられる。加えて、大規模スケールでは処理中に粒子分布に勾配が生じやすいため、均一なナノ複合材料の大量生産は極めて困難だろう。

とはいえ、今回のChenらの研究が、より軽量でより高強度の材料の設計を目指す我々の探求において画期的な出来事であることに間違いはなく、今回の成果を受けて、かつてない特性を持つ金属の開発に向けた新たな道が開かれることだろう。例えば、適切な粒子を選択し、その空間分布を最適化することによって、既存材料より優れた磁気特性や電気特性を持つナノ複合材料が開発されるかもしれない。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160331

原文

Strength ceiling smashed for light metals
  • Nature (2015-12-24) | DOI: 10.1038/528486a
  • Maria Teresa Pérez Prado & Carmen M. Cepeda-Jiméne
  • Maria Teresa Pérez Prado & Carmen M. Cepeda-JiméneはIMDEA材料研究所(スペイン)に所属。

参考文献

  1. Chen, L.-Y. et al. Nature 528, 539–543 (2015).
  2. Mang, T., Bobzin, K. & Bartels, T. Industrial Tribology (Wiley-VCH, 2011).
  3. Helms, H. & Lambrecht, U. Int. J. Life Cycle Assess. 12 (spec. issue), 58–64 (2007).
  4. Deschamps, A. & Brechet, Y. Acta Mater. 47, 293–305 (1998).
  5. Nie, J.-F. Metallurg. Mater. Trans. A 43, 3891–3939 (2012).
  6. Sillekens, W. et al. Metallurg. Mater. Trans. A 45, 3349–3361 (2014).
  7. Ferguson, J. B., Sheykh-Jaberi, F., Kim, C.-S., Rohatgi, P. K. & Cho, K. Mater. Sci. Eng. A 558, 193–204 (2012).