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ヒトゲノム編集に関する国際会議

Credit: Bruce Rolff/Hemera/Thinkstock

2015年12月1〜3日、ワシントンD.C.に20カ国以上から総勢約500人の科学者、倫理学者、法律専門家、人権擁護団体関係者が集まり、遺伝子編集技術のヒトへの使用に関する指針を設けるために話し合った。

1975年、米国をはじめ各国の主だった生命科学者が米国カリフォルニア州アシロマに集まり、異種生物DNAの混ぜ合わせを可能にする新しい研究ツール(つまり遺伝子組換え技術)の使用について厳しい指針を定めた。この歴史的な「アシロマ会議」から40年後に開催された今回の国際会議では、さらに多様な顔ぶれが集まったが、さほど決定的な合意には至らなかった。ヒトの遺伝子編集研究は一部容認で一致し、遺伝的改変を施したヒト胚を使って妊娠に至らせるような研究や応用は控えるよう勧告するにとどまったのだ。

「ヒト遺伝子編集に関する国際会議」と題するこの会議を主催したのは、米国科学アカデミー、米国医学アカデミー、英国王立協会、中国科学院の4団体だ。この会議では、ゲノミクス研究における中国の勃興が浮き彫りになった。議論の多くは、中国の研究チームが2015年4月に発表した論文(CRISPR–Cas9という遺伝子編集技術を使って生存能力のないヒト胚の遺伝子を改変した)をめぐるものだったのだ。

会議の最後に主催者側が出した声明では、ヒト胚を使った実験を非難してはいないものの、臨床応用のために胚に遺伝的改変を加えるなら、その前に多くの倫理的問題や安全性の問題を解決すべきだとしている。

多くの国はすでに、ヒト胚を使った研究を制限している。中国は、遺伝的改変を加えた胚を女性の子宮に着床させることを明確に禁じており、また一部の国々は、たとえ実験であってもヒト胚の遺伝子編集を禁止している。Natureの編集長Philip Campbellはこの会議での講演の中で、Natureとその関連誌はヒト生殖系列の遺伝子編集に関する論文を今までのところ受理しておらず、その理由は「所属国の規制を順守していないため」と述べた。

ゲノム編集に対する各国の規制がこのように多様なのは、文化の違いによるとみられる。中国社会科学院の生命倫理学者Renzong Qiu(邱仁宗)は、米国ではヒト胚の人権について政治色の濃い議論が行われ、その結果として、胚の作製や破壊を伴う研究への公的資金投入を禁止する法律ができたと話す。しかし彼によれば、中国ではヒト胚をめぐるこうした問題は議論にすらならないという。「孔子によれば、人は生まれ出て初めて人となるのです」。

また、エルサレム・ヘブライ大学(イスラエル)のがん研究者Ephrat Levy-Lahadは、イスラエルは遺伝的改変を加えた胚の臨床利用を喜んで受け入れるだろうと話す。イスラエル政府は家族を増やすことを推奨しており、すでに、体外受精を行う親に対して着床前遺伝子診断(胚の遺伝的変異のスクリーニング)料金を肩代わりしている。この方法はゲノム編集技術よりも簡単で、全てではないが多くの遺伝性疾患をあらかじめ回避することができる。

今回の国際会議では、主催組織の意向で分野の垣根も越えた意見交換がなされた。社会学者や倫理学者は、裕福な両親が子どもの肌の色などを選ぶようになれば、不平等や差別が生まれると危惧している。またプリンストン大学(米国ニュージャージー州)の社会学者Ruha Benjaminは、遺伝子編集技術の適用に際し、疾患と見なすべき形質をめぐって摩擦が生じるだろうと警告する。例えば多くのろう者は、自身を身体障害者だと捉えていないため、自分の子どもにも「ろう文化」(主に手話を用い、聴覚以外の感覚を重視する文化)を共有してほしいと考えている。

中国科学院国際合作局の副局長Jinghua Cao(曹京)によれば、ろう者が示すそうした要望や思考傾向は彼にとってなじみのないものだという。「中国の一般的なものの見方からかけ離れています。そうした視点について我々が学ぶのは良いことですが、我々の視点とは違いすぎます」と彼は話す。

今回の国際会議では、遺伝子編集の出生前使用が許容される範囲について意見の相違があったものの、出生後に生殖系列でない細胞の異常の矯正に用いるための取り組みについては「続けるべき」という点でほぼ全員の意見が一致した。中国科学院動物研究所(北京)の発生生物学者Qi Zhou(周琪)は、欧米諸国がこの技術を臨床へこれほど素早く持ち込んだことを知って驚いたと話す。米国や英国では現在、遺伝子編集を用いた白血病やHIV感染、血友病治療の臨床試験が計画中もしくは進行中なのだ(Nature ダイジェスト 2016年2月号「医療現場に押し寄せる遺伝子編集の波」参照)。Zhouは、中国ではそうした治療を行うための特別な申請手続きが存在していないのだと話し、できるだけ早く政府とともに検討を始めたいという。

今回の国際会議は、多様性の観点ではまだ初歩的段階にすぎないことを主催組織は認めている。多くの国が代表者を送ってきておらず、また議題には、遺伝性疾患がある人々からの提案がほとんど盛り込まれていなかった。だが、遺伝性の変異がある子を産んだ母親がマイクを持ち、参加者たちに語りかけたとき、場内の雰囲気は科学会議のそれとは違うものに変わった。彼女は、息子がわずか6日の生涯の間ずっと、遺伝性疾患による発作で苦しんだことを涙ながらに話したのだ。その中で彼女はこう訴えた。「こうした病気を治すスキルと知識が実際にあるのなら、ぜひ実行すべきです」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160313

原文

Global summit reveals divergent views on human gene editing
  • Nature (2015-12-10) | DOI: 10.1038/528173a
  • Sara Reardon