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がんの主な原因は「不運」?

Credit: Purestock/Thinkstock

ほとんどのがんは、有毒化学物質や放射線などの「回避可能な外的な要因」によって発生することを示した論文が、Nature 2016年1月7日号 43ページに掲載された。2015年初頭にScienceに掲載された論文(C. Tomasetti and B. Vogelstein Science 347,78–81; 2015)では、がんになりやすい組織となりにくい組織がある主な原因は幹細胞分裂の回数の違いだと結論しており、これをきっかけに、「ある種のがんは主として回避不可能な『不運』によって起こるため、他のがんに比べて予防が難しい」という主張が展開されていた。Natureのこの論文は、その一連の議論に反駁するものだ。

フレッド・ハッチンソンがん研究センター(米国ワシントン州シアトル)でがんの原因を調べているJohn Potterは、「Tomasettiらの研究の論点は明らかです。がんが回避できるかどうかによって、予防にエネルギーを注ぐべきかどうかが決まってしまうのです」。

ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の数学者Cristian Tomasettiとがん研究者Bert Vogelsteinは、Scienceに掲載された論文で、さまざまな組織における幹細胞の分裂回数と発がんリスクとの関係を計算した。細胞分裂が起こるたびに、DNAの複製過程で突然変異が生じ、その一部ががんの原因になるという仮説を検証したのだ。分析の結果、生涯に起こる幹細胞分裂の回数が多い組織ほど、がんになる可能性が高いという相関関係が明らかになった。

Tomasettiらは次に、がんリスクのどれだけが幹細胞の分裂回数により説明でき、どれだけが「外的要因」(例えば、発がん物質への環境曝露)により説明できるかによって、さまざまな組織のがんを分類した。その結果、C型肝炎ウイルス感染による肝がんや、喫煙による肺がんなど、明らかに環境要因が強く働いているがんもあるが、主として幹細胞分裂に関連した内的要因によってがんリスクを説明できるがんもある、という結論に達した。そこで彼らは、後者の場合は、予防に力を入れるより早期の発見と治療に力を入れる方が有効だろうと主張した。

ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(米国)のがん研究者Yusuf Hannunは、この結論に納得がいかなかった。「彼らの研究は興味深いですが、その結論には正直驚きました」。Tomasettiらは幹細胞の分裂速度と外的要因という2つの変数は完全に独立だと仮定しているが、Hannunらは、放射線のように環境曝露が幹細胞の分裂速度に影響を及ぼすことが分かっているものもあると指摘する。

違った見方

そこでHannunらは、Tomasettiらとは異なる一連の証拠を用いて、環境要因が確かにがんリスクに寄与していることを示そうとした。彼らはまず、疫学データを調べた。その中には、がんリスクが低い地域から高いリスクに移住した人々が、間もなく新たな居住地の人々と同じ確率でがんになることを示すものもあった。また、ある種のがんと関連した突然変異のパターンも探した。例えば、紫外線によるDNAの突然変異には特徴がある。さらに、Tomasettiらが使ったデータ群に、最も一般的ながんである前立腺がんと乳がんの2つを追加し、複数の数学モデルを用いて分析を行った。

これらのモデルから、幹細胞の分裂速度が比較的速い組織であっても、細胞分裂の際に突然変異が蓄積してがんを引き起こすことはめったにないことが示唆された。ほとんど全ての場合、発がんには発がん物質やその他の環境要因への曝露が必要だったのだ。

これに対してTomasettiは、自分たちは、がんになる理由を説明しようとしたのではなく、健康な組織の正常な幹細胞分裂に関する分析に基づき、ある種のがんが他のがんよりも多く見られる理由を説明したのだと反論する。彼はまた、Hannunらが作ったモデルは仮定が多すぎ、腫瘍増殖の特徴のいくつかを組み込めていないと指摘する。

ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)でがん予防を研究するEdward Giovannucciは、がん予防の専門家の中には、今回Natureに掲載された論文に胸をなで下ろした人もいるだろうと言う。Tomasettiらの研究を知った市民(および研究助成金提供機関)が、がんを予防する努力には価値がないと思いかねないという不安があったからだ。「禁煙により肺腺がんの生涯リスクは激的に低下します。でも、骨盤肉腫が幹細胞の分裂回数が少なく、がんリスクが低い組織のがんであることを理由に、がんを予防する一切の努力が無駄だなどと考える人がいるでしょうか?」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160312

原文

Cancer studies clash
  • Nature (2015-12-17) | DOI: 10.1038/528317a
  • Heidi Ledford