News

1377人に贈られた科学賞

梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長(右端)ら、5つの実験グループの代表の7人の物理学者たちに基礎物理学ブレイクスルー賞が授与された(米国カリフォルニア州モフェットフィールドで開かれた式典で)。 Credit: Steve Jennings/Getty Images for Breakthrough Prize

「21世紀のノーベル賞」とも呼ばれる、新興の科学賞「ブレイクスルー賞」の受賞者がこのほど発表され、その基礎物理学賞は「ニュートリノ振動」の観測実験に関わった計1377人の研究者たちに贈られた。300万ドル(約3億6000万円)の賞金は全員に分配される。2015年ノーベル物理学賞も「ニュートリノ振動の発見」に対して贈られたが、ノーベル物理学賞の受賞者は2人だけだった。ブレイクスルー賞の創設者の1人であるロシア人インターネット事業家Yuri Milnerは、「今回の授賞には、科学は100年前と比べてずっと多くの人々が努力を結集することで切り開かれている、というメッセージを込めています。現代の科学は、国際的で多様でたくさんの人が関わるものなのです」と話す。

ブレイクスルー賞は、優れた業績を挙げた研究者を毎年表彰するもので、2012年に基礎物理学賞が設けられ、その後、生命科学賞と数学賞が設けられた。創設者には、フェイスブック社最高経営責任者のマーク・ザッカーバーグなど、IT起業家らが名前を連ねている。300万ドルの賞金は、ノーベル賞の約3倍にのぼる(Nature ダイジェスト2013年9月号「21世紀のノーベル賞?」参照)。

2016年ブレイクスルー賞の発表式典は2015年11月8日、米国カリフォルニア州モフェットフィールドにある、米航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所の巨大格納庫で開かれた。式典には、歌手、俳優、モデル、コメディアンや、グーグル社最高経営責任者Sundar PichaiなどのIT起業家ら有名人が顔をそろえ、代表の7人の物理学者のほか、5人の生物学者と1人の数学者にもそれぞれの賞が授与された。

現在の素粒子物理学の理論的基盤である標準模型は、ニュートリノは質量を持たないものとして作られていた。しかし、実際にはニュートリノが質量を持つために、空間を進む間に別の種類のニュートリノに変化する「ニュートリノ振動」が起こることを、5つの実験グループがそれぞれの方法で観測し、そのメンバー計1377人が今回の授賞対象になった。5つの実験グループは、西川公一郎・高エネルギー加速器研究機構(KEK)名誉教授らのグループ、鈴木厚人・岩手県立大学長(KEK前機構長)らのグループ、梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長と鈴木洋一郎・同大学カブリ数物連携宇宙研究機構副機構長らのグループ、海外の2グループだ。

重要な科学賞がこれほど多人数のグループに授与されたことは過去になく、これだけの数の研究者が加わる研究を、Milnerは「悪夢のごとき大事業」と表現する。一方、2015年10月に発表されたノーベル物理学賞も同じく「ニュートリノ振動の発見」に贈られたが、受賞者はクイーンズ大学キングストン校(カナダ)のArthur McDonaldと梶田の2人だけだった(McDonaldも基礎物理学ブレイクスルー賞を受賞した)。

サドベリー・ニュートリノ観測所(カナダ)での実験を率いたMcDonaldは、「今回の受賞は、多くの科学者の協力によってのみ達成できる科学的業績の価値が認められたのだと考えています」と話す。基礎物理学賞の賞金300万ドルは、60万ドルずつ5つの研究チームに分けられる。各研究チームのリーダーはその3分の2を受け取り、残りの3分の1を研究チームのそのほかのメンバーで分ける。

ブレイクスルー賞は、ノーベル賞のすぐ後に発表されたため、ノーベル賞への直接的な批判と見なすこともできる。よく知られているように、科学分野のノーベル賞の受賞者は最大3人までの個人に限られている。基礎物理学ブレイクスルー賞選考委員会の委員長を務めたプリンストン高等研究所(米国ニュージャージー州)の物理学者Edward Wittenは、「ブレイクスルー賞受賞者の選考は、ノーベル賞が発表される前の2015年夏の間に行われました。受賞者が同じだったのは単なる偶然です」と話す。しかし、受賞者の範囲についての決定は1つの意思表明であり、Wittenは「貢献した多くの科学者たちを、たとえ形式的であっても受賞者に含めることが重要だと私たちは考えました」と話す。

一方、ノーベル物理学賞と化学賞を授与するスウェーデン王立科学アカデミーのGöran Hansson事務総長は、ノーベル賞の方針を擁護する。「科学の業績は大きな研究機関の業績と見なされることが多いのですが、私たちは、先に立って発見を行った個人を特定することが重要だと考えています。これこそが受賞者数を限る理由です」と彼は話す。Hanssonは、ブレイクスルー賞はノーベル賞の権威への脅威ではないとし、「ノーベル賞には1世紀以上の歴史があります。人々は、科学界において何が優れた業績なのかを見極めようと、これからもノーベル賞に注目し続けるでしょう」と話す。

生命科学ブレイクスルー賞は5人の生物学者たちが受賞し、それぞれが300万ドルを受け取った。スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の神経科学者Karl Deisserothと、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ(米国ケンブリッジ)の神経科学者Edward Boydenは、光遺伝学を発展させた功績で受賞した。光遺伝学は、遺伝子工学的手法により、ニューロンなどの細胞を光でコントロールする研究手法だ。テキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国ダラス)のHelen Hobbsは、コレステロール値を低下させるヒトの遺伝子変異を発見したことが認められた。ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)のJohn Hardyは、早期発症型アルツハイマー病を引き起こす、アミロイド前駆体タンパク質をコードする遺伝子の突然変異を発見したことで受賞した。マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプツィヒ)のSvante Pääboは、古代のヒト属のDNAを解読した研究が認められた。

カリフォルニア大学バークレー校(米国)の数学者Ian Agolは、三次元の多様体(曲線や曲面を高次元に一般化したもの)に関する3つの予想を証明するなど、低次元トポロジーと幾何学的群論の発展に貢献したことで数学ブレイクスルー賞(賞金300万ドル)を受賞した。「私の研究は、時空がどのように曲がり得るかを理解するために応用されるかもしれません」とAgolは話す。彼は、クレイ研究賞など、権威のある数学賞をすでに受賞している。

「ブレイクスルー賞はまだ新しく、数学者の間で明確な権威を確立できてはいません。私がすでに受賞した賞と同等の権威はまだありません。しかし、ともあれ、賞をいただくことは大変な名誉です。テレビに出るのは苦手ですが」とAgolは話す。

発表式典は、「ファミリー・ガイ」(米国の大人向けアニメーション番組)を製作したSeth MacFarlaneが司会を務め、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルで、初めて生中継された。中継番組は編集されてFOXテレビでも後日放送された。若手科学者を表彰する賞も別に設けられていて、東京大学准教授の理論物理学者、立川裕二ら8人の研究者が受賞し、それぞれに最高で10万ドル(約1200万円)が授与された。また、今回から新設されたジュニアチャレンジ賞では、18歳の高校生が表彰された。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160209

原文

Mega science prize split between more than 1,000 physicists
  • Nature (2015-11-12) | DOI: 10.1038/nature.2015.18746
  • Zeeya Merali