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酸化ストレスはがんの遠隔転移を抑制する

Credit: xrender/iStock/Thinkstock

活性酸素(Reactive Oxygen Species; ROS)やその毒性の無毒化を行う抗酸化物質の役割は、がん研究の分野では議論になっている。というのも、これらの分子の作用には両面性があり、条件によって腫瘍の発生を促進する場合も抑制する場合もあるからだ1,2。このほどテキサス大学サウスウェスタン医療センター(米国)のElena Piskounovaらは、黒色腫細胞の遠隔部位への効率的な拡散は、腫瘍細胞が、血流に乗って移動する際や別の組織に到着した際に遭遇するROSによる細胞ストレスに打ち勝てるかどうかで決まることを明らかにし、Nature 2015年11月12日号186ページに報告した3。著者らはさらに、黒色腫を移植したマウスで、抗酸化物質が生じる特定の代謝経路を阻害すると、転移が効率的に抑えられることも実証した。

ROSは、不対電子を持つ酸素原子を含むために反応性が非常に高く、DNAなどの細胞構成要素に損傷を与える。体内で最も豊富に存在するROSは、酸素が遊離電子を受け取って生じるスーパーオキシドラジカル(O2)で、次が過酸化水素(H2O2)である。ほとんどの抗酸化物質は、ROSを無毒化する酵素あるいは無毒化に関与する補因子のどちらかである。グルタチオン(GSH)系の抗酸化物質は代謝経路を介して合成され、チオレドキシン(TXN)系の抗酸化物質はタンパク質合成により生じる。こうした抗酸化過程で重要なパートナー分子はNADPHで、ROSの中和に関与して酸化型になったGSHやTXNを再び還元型に戻す働きをしている。NADPHは、多数の代謝経路で合成されている。

図1:酸化ストレスへの代謝適応は転移を促進する
腫瘍が増殖し始めると、変異した細胞の代謝活性が上昇する。さらに、細胞の増殖が制御されなくなることで正常環境ニッチから逸脱し、活性酸素(ROS)の産生が増加する。反応性の高いROSは、細胞死を引き起こす酸化ストレス状態を作り出す。それでも増殖できる腫瘍細胞は、ROSを中和する抗酸化物質を産生して、酸化ストレスに対抗している9。しかし今回Piskounovaら3は、原発腫瘍から離れた腫瘍細胞が、血流中および転移腫瘍を形成しようとする遠隔部位で再び高いROSレベルを経験するという証拠を示した。Piskounovaらは、転移腫瘍は、抗酸化物質を産生する代謝経路の亢進など、酸化ストレスにうまく耐えることができるような代謝変化を経た腫瘍細胞から形成されることを明らかにした。

ROSによる酸化ストレスは、正常細胞に変異を引き起こし、腫瘍細胞への形質転換を促進することがある。またROSは、腫瘍のイニシエーションやプログレッション(増殖が速くなり悪性化する段階)を促す因子の安定化を促進することも分かっている4。従って、抗酸化物質により体内のROSを消失させ、酸化ストレスを減少させる戦略は、がんの予防および治療に有望と思われた。この仮定に基づき、実際に、抗酸化物質を補充投与する大規模な多施設臨床試験が行われた5,6。だが、その結果は予想に反するもので、抗酸化物質の補充投与は患者に恩恵がないばかりか、がん発生率を有意に増加させた。さらに、がんのマウスモデルを用いた追跡研究では、抗酸化物質の補充投与による腫瘍発生促進効果が確認された7。これらの結果からは、不可解な疑問が浮かび上がる。腫瘍のイニシエーションやプログレッションを促進する分子を除去するとされる抗酸化物質が、いったいどのようにして腫瘍の増殖を促進するのだろうか?

この答えが明らかになり始めている。腫瘍のイニシエーションの際、細胞は、遺伝的異常による変化とそれに伴う微小環境の変化を経験し、これらの変化はROSレベルを上昇させる(図1)。腫瘍細胞内でROSが過剰に蓄積すると、増殖の停止や細胞死が引き起こされ、腫瘍のプログレッションは抑制される。例えば、細胞が異常なほど過剰に増殖すると、必須の増殖因子を供給する正常環境「ニッチ」からの逸脱が引き起こされる。ニッチから逸脱した細胞は飢餓状態になり、酸素代謝を十分に行えないために致死レベルのROS産生が引き起こされることになる8。実際に、腫瘍のイニシエーションやプログレッションに関与する細胞内ドライバー(がんの悪性化に関与する分子)は、酸化ストレスと闘うために抗酸化物質の産生を増加させることが分かっており8,9、こうした抗酸化物質の産生を抑制することで悪性腫瘍の発生を防ぐことができる可能性がある10。さらに、複数のがん(特に肺がん)では、抗酸化物質の発現を調節するタンパク質NRF2の安定化につながる変異が見つかっている11,12。これらの知見は、抗酸化物質の補充が、不健康な状態のストレスを受けている腫瘍細胞の生存を助けることを示しており、抗酸化物質が腫瘍の拡大を促進できる仕組みを理解するのに役立つだろう。

今回Piskounovaらは、ROSが、腫瘍のイニシエーションだけでなく、転移の抑制においても役割を担っていることを明らかにした。Piskounovaらは、黒色腫に見られる転移活性の差異の原因となる機構を明らかにするため、マウスにヒト黒色腫を移植して、がん性細胞に存在する代謝物の系統的な解析を行った。すると、循環血中や転移部位から分離された腫瘍細胞は、原発腫瘍由来の細胞よりもROSレベルが高いことが分かった。また転移腫瘍では、NADPHの可逆的な産生上昇が見られた。これには葉酸経路の活性亢進が関連していたことから、転移腫瘍細胞は酸化ストレスを軽減するように細胞の代謝を変化させて適応している13と考えられる。実際に、マウスで、葉酸経路の構成タンパク質の発現を低下させる、あるいは薬剤のメトトレキサートを用いて葉酸の活性を直接阻害することで葉酸代謝経路を阻害すると、黒色腫の転移は抑制された。その他にも、最近では、マウスへの抗酸化物質の投与によって黒色腫の転移が大きく増加することを示した研究も報告されている14

がんにおける抗酸化物質やROSの役割についてはまだ多くの疑問が残っている。例えば、PiskounovaらはNADPH産生における葉酸経路の役割を明らかにしたが、NADPHはペントースリン酸経路などの他の代謝反応によっても産生される。よって、NADPHを産生する複数の経路が、特定の腫瘍環境においてそれぞれどのように働いているかを理解することは有用だと考えられる。なお、さまざまな種類の腫瘍における異なる段階、すなわちイニシエーション、プログレッション、転移という各段階で、NADPHがどの抗酸化物質を還元しているのかはまだ分かっていない。

今回のPiskounovaらの知見から、抗酸化物質の阻害剤を使ってROS誘導性の腫瘍細胞損傷を増加させることで、がんを治療感受性にできる可能性がおのずと考えられる。しかし、この治療法では、酸化ストレスによる正常細胞の損傷を避ける必要があるため、厳密に調整されなければならないだろう。このような問題についての理解がより深まれば、腫瘍特異的な抗酸化物質を標的とする治療の開発につながるかもしれない。

現在、抗酸化物質を標的とする薬剤は他の疾患の治療に使われている。Piskounovaらが葉酸経路による抗酸化物質産生を抑制するのに使用したメトトレキサートは、疾患修飾性抗リウマチ薬(DMARD)であり、その他にもアミノ酸シスチンの取り込みを阻害するスルファサラジンや、TXN還元酵素を阻害するオーラノフィンもDMARDとして治療に使われている。これらの薬剤は、標準的ながん治療との併用療法を目的とした、安全かつ有効な抗酸化物質阻害剤を明らかにするための出発点になる可能性がある。

まとめると、今回の知見から、がんにおけるROSの役割を見直す必要があることが示唆された。さらには、がんという命に関わる疾患を治療するためには、これまでその毒性に着目していたROSを、有益な分子と見なすべきであることが明らかになった。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160233

原文

The enemy of my enemy is my friend
  • Nature (2015-11-12) | DOI: 10.1038/nature15644
  • Isaac S. Harris & Joan S. Brugge
  • Isaac S. Harris & Joan S. Bruggeはハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ)に所属

参考文献

  1. Gorrini, C., Harris, I. S. & Mak, T. W. Nature Rev. Drug Discov. 12, 931–947 (2013).
  2. Sabharwal, S. S. & Schumacker, P. T. Nature Rev. Cancer 14, 709–721 (2014).
  3. Piskounova, E. et al. Nature 527, 186–191 (2015).
  4. Gao, P. et al. Cancer Cell 12, 230–238 (2007).
  5. Klein, E. A. et al. J. Am. Med. Assoc. 306, 1549–1556 (2011).
  6. Chandel, N. S. & Tuveson, D. A. N. Engl. J. Med. 371, 177–178 (2014).
  7. Sayin, V. I. et al. Science Transl. Med. 6, 221ra15 (2014).
  8. Schafer, Z. T. et al. Nature 461, 109–113 (2009).
  9. DeNicola, G. M. et al. Nature 475, 106–109 (2011).
  10. Harris, I. S. et al. Cancer Cell 27, 211–222 (2015).
  11. Kandoth, C. et al. Nature 502, 333–339 (2013).
  12. Cancer Genome Atlas Research Network Nature 489, 519–525 (2012).
  13. Fan, J. et al. Nature 510, 298–302 (2014).
  14. Le Gal, K. et al. Science Transl. Med. 7, 308re8 (2015).