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転移するがん細胞は増殖しない

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160208b

がん治療に新たな視点。

最近の発生生物学の研究から、がん細胞が他の組織に浸潤する能力をどのように獲得するかについて新たな手掛かりが得られた。がんの浸潤と増殖は同時には起こらず、浸潤するには細胞が分裂を停止する必要があることが分かっ たのだ。

ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(米国)のDavid Matusとデューク大学(米国)のDavid Sherwoodは、線虫C. elegansを使ってこの浸潤プロセスを明らかにした。C. elegansでは、正常な発達過程において「アンカー細胞(錨細胞)」と呼ばれる細胞が「基底膜」という構造を突破して広がる。この過程は、ヒトがん細胞が基底膜に浸潤して血流に入るプロセスに似ている。がん細胞が血液中に入ると遠くまで運ばれる。そこで彼らは、この線虫を転移のモデル生物として用いることにした。

MatusらはC. elegansの数百の遺伝子のスイッチを入れたり切ったりすることで、アンカー細胞の浸潤を制御している遺伝子を突き止めた。この遺伝子のスイッチを切ると、アンカー細胞は基底膜に浸潤できなくなる。だが同時に予想外のことが起きた。分裂し始めたのだ。反対に、アンカー細胞の増殖を阻害すると、細胞分裂が止まって再び浸潤し始めた。

続く実験で、細胞分裂の停止が浸潤の必要十分条件であることが分かった。病理学者による以前の事例観察で「増殖または浸潤のどちらか一方に限られる」状況が示唆されてはいたが、今回の研究は2 つの過程が排他的である理由を説明する遺伝子機構を初めて明らかにしたものといえる。この成果は2015年10月、Developmental Cellに報告された。

この研究は腫瘍が示す謎めいた特徴も説明する。多くの腫瘍で、浸潤の最前線には分裂する細胞が含まれていないのだ。分裂しない浸潤性のがん細胞が作る前線の後ろに増殖性のがん細胞が控えており、腫瘍の成長につれてこの前線が正常組織の中へ侵入していく。

「今回の研究で、がんに関する考え方がある程度変わるでしょう」とMatusは言う。「多くの抗がん剤は、分裂・増殖が制御不能になった細胞を狙うように作られているのです。しかし、私たちの研究は、分裂していない細胞を標的にする方法も必要であることを示唆しています。浸潤するのはそうした細胞なのですから」。

(翻訳:粟木瑞穂)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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