Editorial

誰もが等しく恩恵を受けられる研究を目指して

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160238

原文:Nature (2015-11-19) | doi: 10.1038/527275a | Research for all

米国立衛生研究所の研究助成金交付に伴う人種バイアスに関する数値データが開示され、科学に「インクルーシブネス」(多様な人々を関与させるだけでなく、多様性を受け入れ、尊重し、各人のニーズや物の見方を組み込むこと)の考え方を浸透させる必要性が明らかになった。

拡大する

SOURCE: E. BURCHARD/S. OHIN

米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)が交付する研究助成金における人種格差の長期的実態を示すデータが開示された。それによれば、約30年間にわたる助成金獲得率は、白人系と混血の米国人申請者の方が少数民族の申請者よりも高かったことが明らかになった(Nature 2015年11月19日号286ページ参照)。2000~2006年に交付されたNIHの研究助成金に人種格差があることは、グリンネルカレッジ(米国アイオワ州)の学長Raynard Kingtonの研究チームが2011年に論文で報告している。その後、NIHは助成金交付の格差是正を目指した数億ドル相当の助成金とプログラムを実施した。今回開示されたデータは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の呼吸器科医Esteban Burchardと疫学者Sam Ohが情報公開法(FOIA)に基づいてNIHに請求したものだが、より長い期間にわたって人種格差が存在してきたことが示された。

こうした格差は、不公平なだけでなく、当然助成されるべき科学者に資金を提供しないことで科学と医学の進歩を妨げ、究極的には、そうした科学者の発想から恩恵を受けるはずだった社会と患者に害を及ぼすことにもなり得る。

現時点で取り組むべき重要課題は、助成金交付に人種格差が生じた原因を究明し、それを解消する方法を見つけることだ。科学におけるそうした人種格差を調べてきた研究者は、助成金審査過程自体において人種バイアスが陰に陽に関係していた可能性が非常に高いと話す。

2011年、Kingtonの研究チームは2000~2006年の助成金交付における人種格差を調査した画期的な論文を発表した。それによれば、論文発表の実績と教育歴を加味した場合でも、黒人系の申請者の助成金獲得率は、白人系の申請者の約3分の2にとどまった(D. K. Ginther et al. Science 333, 1015–1019; 2011)。

拡大する

ack Hollingsworth/Photodisc/Thinkstock

この研究では、当初、アジア系と白人系の間にも助成金の格差が見つかったが、その後Kingtonらが申請者の出生地による調整を行ったところ、その結果は変わった。つまり、アジア系申請者を、米国で生まれて教育を受けた人か、科学教育の全部または一部を米国外で受けてから米国に移住した人かに分けたのだ。その結果、白人系と博士号取得時に米国民だったアジア系との間に助成金の格差は認められないことが分かった。

この研究結果からは、バイアスが、人種の違いに厳格に従って作用するのではなく、もっと複雑な作用の仕方をしていることが明らかになったとKingtonは話す。例えば、米国生まれの助成金申請者の方が、外国生まれの申請者より有利になっている。この影響をなくすには、同一分野の専門家による審査過程の手直しだけでなく、科学者の教育、研修、キャリア形成の全体にわたって対策を講じることも必要だ。

そのためには、負のバイアス(特定の集団に属する人々について固定観念にとらわれた意見や否定的な意見を持つ傾向)を打ち消すための対策が必要だが、正のバイアス(自分に似た人々あるいは自分と似た経験をした人々を支援し、好み、信頼する傾向)を考慮に入れた戦略も必要だ。助成金交付における格差のかなりの部分には、助成金申請者が審査委員と同じ研究機関で研修を行い、あるいは勤務し、同じ研究課題に取り組み、同じ量の論文を発表し、あるいは同じ論文誌で発表しているか、といった要因が関係していると考えられている。

NIHは、この問題のいくつかに取り組んでいる。例えば、NIHの米国研究メンタリング・ネットワーク(National Research Mentoring Network;NRMN)は、経験に富む指導者(メンター)とその支援を受ける人との関わりあいを通じて多様性の増進を目指している。今回、FOIAに基づいてNIHにデータを請求したBurchardとOhは、助成金申請書の審査において、NIHの審査委員が、研究プロジェクトに多様な人種の人々を採用するためにどのような計画を立てているのか、助成金申請書に米国の人種・民族構成がどの程度忠実に反映されているかといった項目の評価を義務付ける構想を支援している。これとは別に、医学における人種格差や民族格差を明らかにするための研究助成金に対して行政的追加(administrative supplement)を実施するという構想もある。

科学自体、そして、助成金が交付される科学研究の種類というレベルの両方で上記格差の是正に取り組むという構想には説得力がある。NIHは、助成金を提供する研究が米国の医学的必要性を真に反映したものとなるように尽力しており、この構想には真剣に検討するだけの価値が認められる。

(翻訳:菊川要)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度