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神経回路操作実験の結果に注意!

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160202

原文:Nature (2015-12-09) | doi: 10.1038/nature.2015.19003 | Brain-manipulation studies may produce spurious links to behaviour

Sara Reardon

光や薬剤でニューロンを制御する研究手法は広く用いられているが、この手法で得られた結果と行動との関連は偽物かもしれない。光や薬剤が脳に予想以上の影響を及ぼしていることが示されたのだ。

光や薬剤で脳の神経回路を操作すると、その波及効果により実験結果が紛らわしいものになる可能性がある。 | 拡大する

John B. Carnett/Popular Science via Getty Images

緊密に絡み合った脳の神経ネットワークでは、1本のニューロン(神経細胞)の糸を引っ張ることにより多数の神経回路に影響が及ぶ場合がある。光遺伝学(光でニューロンを活性化させて脳の神経回路を制御する技術)や薬剤で脳神経回路を操作するなどの手法はよく用いられているが、Nature 2015年12月17日号に発表された論文1では、こうした実験から導き出した結論は正しいとは限らないため、結果は慎重に検討する必要があると警告している。

論文を発表したハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の神経科学者Bence Ölveczkyの研究チームは、ラットとキンカチョウを使った実験で、ある特定の行動を誘発するために脳の1つの領域を刺激すると、他の無関係な領域もいくつか同時に発火してしまうことを発見した。そのため、まるでそれらの神経回路もその行動に関係しているかのように見えてしまう場合がある。

Ölveczkyによればこの実験結果は、光遺伝学のような手法を使ってある神経回路がある機能を果たす可能性が示されたとしても、必ずしもそれが「その回路が常にその機能を果たしている」ことを示しているとは限らない可能性があるという。「私は他の研究結果が間違っていたと言いたいのではありません。しかし過剰な解釈は危険です」。

失敗から思いついた実験

Ölveczkyらがこのような矛盾を発見したのは、あるパターンでレバーを押すように訓練したラットで実験を行っているときに起こった偶然の出来事がきっかけだった。彼らは、足の運動に関係している運動野のある領域に、一時的にニューロンを遮断するムシモールと呼ばれる薬剤を注入した。するとラットはこの課題を行うことができなくなった。通常ならこの結果は、この脳領域のニューロンがその行動に必要だ、という証拠と見なされる。

しかしÖlveczkyは、薬剤を注入している最中に、はからずもラットのうちの1匹の運動野に損傷を与えてしまった。そこで彼は毒素を使って永続的に脳のその部分を破壊し、このような傷害が一時的な遮断と同じ効果を持つかどうかを調べることにした。10日後にこのラットに課題を行わせたところ、ラットは損傷を受けてから一度も課題を行わなかったにもかかわらず、予想に反し正しくレバーを押すことができた。この観察結果は、損傷した回路はもともとこの行動には実際に関与していなかったことを示唆していた。訓練せずに、脳が損傷した回路を切り替えて異なる神経回路を使えるようになることはないからだ。ムシモールを使うと多数の神経回路が遮断され、その中のいくつかがレバーを押す行動に関係していたのだろう、と研究者たちは結論付けた。

その後もラットの数を増やして実験を繰り返してみたが、ムシモールによるニューロンの一時的な遮断と毒素を使った永続的な破壊とではやはり効果に違いが見られた。さらにÖlveczkyらは、光遺伝学的操作の影響を調べるため、光感受性タンパク質をラットの運動野に挿入し光刺激によって発火するようにしたところ、レバー課題での成績が落ちた。

さえずり方を忘れた鳥

キンカチョウの雄は複雑な歌を学習し作って歌うことから、言語能力の研究に用いられている。 | 拡大する

einegraphic/iStock/THINSTOCK

研究者たちは次にキンカチョウで実験を行った。キンカチョウは若齢で求愛歌を学ぶ能力を持つため、その脳はすでによくマッピングされていた。ÖlveczkyらはNif(necleus interface)と呼ばれる鳥の脳領域をムシモールで一時的に遮断した。Nif自体は鳥のさえずりには必要ではなく、Nifを永続的に破壊しても、鳥はさえずることができる。しかしNifは、さえずりに極めて重要なニューロンに接続している。

一時的にNifを不活性にすると、鳥のさえずりはその構造を失って、めちゃくちゃになってしまった。Ölveczkyは脳の複数の領域は非常に複雑に絡み合っているため、Nifのような重要な領域の1つが突如変化してしまうと、その影響が残りのシステム全体に波及していき、通常はその領域が関与していない行動にまで影響が現れるのではないかと考えている。

デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の神経生物学者で、鳴禽類の研究をしているRichard Mooneyは、この現象が多数の種で見られることにうならされた。「これは非常に重要で、タイムリーな研究だと思います」。多くの実験が、特定の行動に関係している神経回路についての既存の知識に基づいて行われている。それを考えれば、一過性の手法を使って脳に全く新しい神経回路をマッピングするときには、実験科学者は特に慎重になるべきだと彼は注意を促す。

また、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の神経科学者Evan Feinbergは「この研究によって、完璧な手法はないということを我々は再認識できます」と言う。

スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の光遺伝学研究の先駆者Karl Deisserothは、永続的な操作と一時的な操作により行動に異なった影響が現れるという結果にはさほどの驚きはないと述べる。脳は動的なシステムで、異なるタイムスケールで稼働するため、どのような種類の操作をしても、見えてくるのは全体像の中の一部分だけなのかもしれないと彼は言う2

「神経回路の操作は、鋭い刃物を使うときと同じで、慎重に行わなければなりません」とÖlveczky。「道具が鋭利であればあるほど、よりいっそう慎重になる必要があるのです」。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Otchy, T. M. et al. Nature 528, 358–363 (2015).
  2. Goshen, I. et al. Cell 147, 678–689 (2011).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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