「多孔性液体」が誕生!
多孔性の固体材料は数多く知られているが、多孔性の液体材料は珍しい。ほとんどの液体では、分子間で一時的に空孔が形成されるにすぎず、形成された空孔が永続的に維持されないからである。ところが今回、クイーンズ大学ベルファスト校(英国)のNicola Giriら1は、ケージ(かご)状の有機分子を用いて永続的な多孔性液体を形成する画期的な方法を開発し、Nature 2015年11月12日号216ページで報告した。得られた多孔性液体はこれまでにない新しい種類の材料であり、将来的には工業地帯から放出される二酸化炭素(CO2)の捕獲など、固体よりも液体の方が実用に適しているシステムで利用されるようになるかもしれない。
多孔性は、樹皮や海綿動物などの生物系によく見られる一般的な自然現象である。こうした無数の細孔は、束沸石といった特定の無機鉱物にも見られ2、これらの鉱物は、加熱すると細孔内に大量に含まれた水が水蒸気となって放出することから、ギリシャ語で「沸騰する」を意味するzeoと「石」を意味するlithosに由来して「ゼオライト(zeolite;沸石)」と名付けられた。
ゼオライトは化学的にも熱的にも安定なため、特に化学工業で広く応用されている。類似の非多孔性化合物と比較して表面積が大きく触媒活性が高いことから、とりわけ触媒として有用だが、入手可能なゼオライトの種類は限られている。
この問題は、「金属有機構造体(MOF)」と呼ばれる多孔性固体の出現によって解決した3。MOFは、金属イオン(または荷電金属–酸素クラスター)とそれらをつなぎ合わせる有機リンカー分子が2Dまたは3D分子骨格を形成した構造をとる、多孔性の配位高分子である。この原理は幅広い応用が可能で、金属と有機配位子のさまざまな組み合わせにより多様な多孔性ネットワークが設計できる。実際、ここ数十年で膨大な数の多孔性固体が誕生しており4、材料科学分野に多大な影響をもたらした。こうした材料の中には、表面積が大きく、CO2吸着能が高いなど、独特な特性を持つものもある。
2009年には、「形状保持型分子ケージ」という、また別の新たな多孔性材料が誕生した5。この多孔性材料では、ケージ状の有機分子が内部の空間を保持したまま結晶化する。分子ケージの利点は、溶媒中でも全ての化学結合が切れずに保たれることで、そのため分子ケージは可溶性の多孔性ユニットと見なすことができる。つまり、溶液プロセスで、分子ケージを他の材料に組み込んだり、分子ケージを用いた薄膜デバイスを作製することが可能になる6,7。
常温において、液体は通常、分子で構成されている。従って、原理上、有機ケージ分子を使えば有機多孔性液体を形成できるはずだ8。固体よりも液体が望まれるのには理由がある。液体は、配管を通して送ることができるため輸送しやすく、また、例えば塗るだけで薄膜を作製できるなど、材料の作製が容易だからだ。では、化合物分子を常温で液体化するためには何が必要だろうか?
液体化で最も重要なのは、分子同士を緩くつないでいる分子間力をさらに弱めることだ。これは通常、分子に長い(場合によっては枝分かれした)炭化水素鎖(アルキル鎖)を結合させ、分子同士を接近しにくくさせることで達成できる。実際、Giriらも以前、有機ケージに長いアルキル鎖を結合させることで融点が大幅に低下することを報告している9(図1)。しかし残念なことに、こうして得られた液体は多孔性ではなかった。これは、結合させた長いアルキル鎖がケージ内に入り込み、空孔を塞いでしまうためと考えられた。
今回Giriらは、同様の分子ケージにある簡単な工夫を施すことで、空孔が永続的に保持される多孔性液体を作ることに成功した。今回用いた分子ケージにも柔軟な鎖が取り付けられているが、これらの鎖は直線状ではなく、ループ状になっているため鎖が空孔内に侵入することはない。ループ状の鎖としては、短い炭化水素鎖を酸素原子でつないだオリゴエーテル基が用いられた。こうして合成された多孔性化合物は融点が180℃ を超えるため、それ自体は液体ではない。しかしGiriらは、これらの分子ケージを15-クラウン-5というクラウンエーテル溶媒に溶かすことで多孔性液体を得た。分子ケージと溶媒の比は1:12で、これはおそらく15-クラウン-5溶媒中における最高濃度に相当すると考えられる。ここで重要なのは、この溶媒分子がケージ内に入り込めないほど大きいということだ。
この溶液中において、15-クラウン-5溶媒は主に、常温条件で分子ケージの流動性を維持する役割を果たしている。そのため、他にも分子サイズがケージ内に侵入できないほど大きいものであれば、溶媒として利用が可能だ。同様に、ケージに取り付けたオリゴエーテル基も、空孔内に侵入できないような官能基であれば、より小さなもので置き換えることができる。しかしながら、小さい周辺官能基を付加したケージ化合物は概して、一般的な有機溶媒に対する溶解度が比較的低く、結果として溶液中に維持される細孔の数も少なくなる。
Giriらはさらに、同一の分子ケージに2種類の小さな周辺官能基(ジメチル基とシクロヘキサン基)が異なる組み合わせで付加した、多様な構造のケージ化合物群を合成し、ケージの「スクランブル(ごちゃ混ぜ)」状態を生み出すことで、また別の有用な多孔性液体を実証した。このスクランブルケージのヘキサクロロプロペン(やはり分子が大きくて空孔に侵入できない溶媒)に対する溶解度は、ジメチル基のみを付加したケージやシクロヘキサン基のみを付加したケージの溶解度よりも大きい。また、スクランブルケージとヘキサクロロプロペン溶媒からなる液体の多孔性は、オリゴエーテルケージと15-クラウン-5溶媒からなる液体と同等だが、その粘度ははるかに低い。いずれの多孔性液体も、分子構造と溶媒を正しく組み合わせることが不可欠である。オリゴエーテルケージよりもスクランブルケージの方が合成が容易なため、スクランブルケージからなる多孔性液体の方が、今後の応用が期待できるかもしれない。
Giriらは、作製した液体材料が確かに多孔性であることを、高性能の分光法を用いただけでなく、肉眼でも確認している。多孔性液体に気体分子を吸着させた後で、ケージの空孔に侵入可能な大きさの分子からなる溶媒を加えたところ、液体中で泡が発生したことから、空孔内にあった気体と溶媒が入れ替わったことは明白だった(図2)。
多孔性固体と比較すると、今回実現された多孔性液体は単位体積当たりの表面積がはるかに小さく、気体の総取り込み量も非常に少ない。従って、多孔性液体が応用面で直ちに多孔性固体のライバルになることはない。この液体はむしろ、新たな種類の材料のプロトタイプと見なすべきだ。それでも、さらなる研究で多孔性液体に吸着できる気体の量を増やすことができれば、多孔性液体は間違いなく、気体の高効率分離やガスクロマトグラフィー向けの材料として技術分野に応用され、新時代を築き上げることになるだろう10。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160235
原文
Liquefied molecular holes- Nature (2015-11-12) | DOI: 10.1038/527174a
- Michael Mastalerz
- Michael Mastalerzはハイデルベルク大学(ドイツ)に所属
参考文献
- Giri, N. et al. Nature 527, 216–220 (2015).
- Barrer, R. M. Zeolite and Clay Minerals as Sorbents and Molecular Sieves (Academic, 1978).
- Yaghi, O. M., Li, G. & Li, H. Nature 378, 703–706 (1995).
- Slater, A. G. & Cooper, A. I. Science 348, aaa8075 (2015).
- Tozawa, T. et al. Nature Mater. 8, 973–979 (2009).
- Hasell, T., Zhang, H. & Cooper, A. I. Adv. Mater. 24, 5732–5737 (2012).
- Brutschy, M., Schneider, M. W., Mastalerz, M. & Waldvogel, S. R. Adv. Mater. 24, 6049–6052 (2012).
- O’Reilly, N., Giri, N. & James, S. L. Chem. Eur. J. 13, 3020–3025 (2007).
- Giri, N. et al. Chem. Sci. 3, 2153–2157 (2012).
- Kewley, A. et al. Chem. Mater. 27, 3207–3210 (2015).