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3D印刷で「ルーシー」の死因を探る

アウストラロピテクス・アファレンシスは直立二足歩行をしていたと考えられているが、湾曲した長い指や小柄な体型、肩甲骨の特徴などから、樹上でも生活していたとの説もある。 Credit: Dave Einsel/Getty Images

エチオピアで発見された318万年前のアウストラロピテクス・アファレンシス「ルーシー」の死因は、木から落ちた際の怪我であったとする研究結果が8月29日、Nature オンライン版に掲載された(J. Kappelman et al. Nature 2016)。研究チームは、他の研究者がルーシーの骨を3D印刷して自分たちの仮説を検証してくれることを期待し、研究に使ったルーシーの腕、肩、膝の骨の3Dスキャンデータも論文で公開した。私たちは誰でも、世界で最も有名な化石を自分で調べ、3D印刷して所持できるようになったのだ。

研究チームを率いるテキサス大学オースティン校(米国)の古人類学者John Kappelmanは、「私にとって、化石について論文で詳細に記述することと、それを所有すること、つまり、3D印刷してじっくり見たり組み立てたりすることは、全く別なのです」と言う。

ルーシーのデジタル模型の公開にあたり、研究チームはエチオピア国立博物館とエチオピア政府から承認を得た。「エチオピアの人々はルーシーのことを、エチオピアの宝であるだけでなく人類の宝でもあると考えています」とKappelmanは話す。彼は、エチオピアがルーシーの残りの部位の3Dスキャンデータも公開し、他の国々もそれに続いて自国で発見された化石人骨のデータを公開するようになることを期待している。

ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(米国)の古生物学者Louise Leakeyも、「エチオピアから始まったこの動きは、実に前向きな一歩です。化石の公開を躊躇している他の国々も、エチオピアに続いてくれるかもしれません」と言う。

その一方でKappelmanらは、資金難にあえぎ、収蔵する化石のレプリカからの収入に頼っている博物館(その多くはアフリカにある)の運営が、さらに苦しくなってしまう恐れもあると指摘する。

CTスキャン中のルーシーの腕の骨。 Credit: Marsha Miller/UT Austin

ルーシーのデジタルデビューの準備には8年かかった。ルーシーは骨格の40%が残っており、米国で巡回展示されていた2008年8月に、10日間だけKappelmanの研究室に貸し出された。研究チームは昼夜を通して数百個の骨片の全てを1つ1つCTスキャンしていった。

これらの骨の詳しい分析から、異常な骨折が明らかになった。彼女の肩につながる右上腕骨の端部には、いくつもの完全骨折や圧迫の痕が見られた。高いところから落ちた人が、衝撃をやわらげようとして腕を伸ばした格好で地面に衝突したときの骨折の仕方と似ていると整形外科医なら思うだろう。ルーシーの骨盤、左の肩と膝、右足首の損傷も、高いところから落ちたという仮説と矛盾しない。Kappelmanらは、ルーシーは高さ10m以上の木から落ち、そのときの怪我がもとで死亡したと推定している。地面に衝突したときの落下速度は時速60kmに達していたという。

進化のせいで木から落ちた?

ルーシーが樹上生活にどの程度適応していたかはよく分からない。アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)は直立歩行をしていたが、樹上生活に適応していた祖先たちの名残もあったのかもしれない(この点については激しい論争がある)。Kappelmanのチームは、ルーシーは捕食者を避けるために木の上で眠っていたが、より猿に近い祖先に比べると樹上生活は苦手だっただろうと見ている。「地球上で最も有名な化石であるルーシーは、人類の進化の過程と樹上生活との関係をめぐる論争の争点になっています。私たちは、彼女は木から落ちて死亡した可能性が高いと考えています」。

けれども、チャッフィー・カレッジ(米国カリフォルニア州ランチョクカモンガ)の古人類学者で、最近アディスアベバ(エチオピア)でルーシーを調べたMarc Meyerはこの仮説に懐疑的だ。チンパンジーが木から落ちるときには背骨を骨折することが多いが、ルーシーの背骨には、木から落ちて死亡した場合に予想されるほどの損傷が見られないからだ。

1974年にルーシーを発見した研究者たちは、当初から骨折に気付いていたが、死後に折れたものだろうと考えていた。発見者の1人であるアリゾナ州立大学(米国テンピー)の古人類学者Donald Johansonは、今でもその解釈は変わらないと言う。ルーシーの近くで発見された化石骨にも同様の骨折がよく見られたからだ。

Kappelmanは、他の研究者が自分たちの理論を検証してくれることを強く望んでいる。ルーシーの骨の一部(左膝、右肩、腕)のデジタル模型はeLucy.orgから入手できる。

これに対してMeyerは、3D印刷した骨や仮想モデルも研究の役には立つが、直接化石を見ることには代えられないと断言する。Meyerによると、同じくエチオピアで発見された440万年前の化石人類アルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)の骨と、自分が研究に使った化石レプリカとの間には明らかな違いがあり、実物にある変形のいくつかはレプリカには捉えられていなかったという。

デジタル模型の今後

化石人類のデジタル模型は多くはないが、利用可能なものもある。MorphoSource.comでは、2013年に南アフリカの洞窟系で発見されたホモ・ナレディ(Homo naledi)の1500個の骨のうち約100個と、同じチームが2008年に発見した200万年前のアウストラロピテクス・セディバ(Australopithecus sediba)の骨のデジタル模型をダウンロードできる。

Leakeyが主宰するAfricanFossils.orgでは、ケニアで発掘された貴重な化石人骨のデジタル模型を教育用に多数配布している。けれども、ウェブサイトで配布する模型は、3D印刷はできるものの、意図的に精細度を下げてある。ケニアの博物館の化石レプリカからの収入を奪わないようにするためだ。

Kappelmanも、低品質のデジタル模型は無料にし、研究に使える高品質のデジタル模型は有料にするなどの方法で、博物館の収入を途絶えさせないようにしたいと考えている。「必要なのは、良いビジネスモデルを構築して、博物館が3Dスキャンデータを収入源にできるようにすることです」と彼は言う。

これに対してLeakeyは、研究用だけ有料にすると、これまで以上に利用しにくくなるのではないかと考えている。彼女はまた、デジタル模型は海賊版が作りやすいことも指摘する。「標本をしまい込んでおく時代は終わっています」と彼女は言う。「ひとたび3D模型を公開してしまったら、それをコントロールすることは不可能なのです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161212

原文

Print your own 3D Lucy to work out how the famous hominin died
  • Nature (2016-09-01) | DOI: 10.1038/537019a
  • Ewen Callaway