天才児の育て方
1968年の夏のある日、ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の教授Julian Stanleyは、Joseph Batesという12歳の少年に出会った。少年は地元の中学生だったが、頭が良すぎて学校の授業に退屈していた。特に数学は中学レベルをはるかに超えていたので、両親の計らいで、同大学でコンピューター科学の授業をとっていた。けれども少年にはそれでも足りなかった。クラスの大人たちをたちまち追い抜き、大学院生たちにFORTRANでのプログラミングを教えるのに忙しくしていた。
Bates少年にコンピューターを教えていた講師は彼の扱いに困り、認知能力を数量的に測定する計量心理学の研究で有名なStanleyに紹介した。Stanleyは天才少年の才能を把握するため、彼にSATを含むさまざまなテストを受けさせた。SATは米国の大学への進学を希望する若者が受ける大学進学適性試験で、通常は16~18歳で受験する。
少年のSATの得点はジョンズホプキンス大学の足切り点数をはるかに上回っていたため、Stanleyは少年に大学レベルの数学と科学の授業を受けさせてくれる地元の高校を探したが、見つからなかった。そこでStanleyは学長にかけ合い、Bates少年がジョンズホプキンス大学の学生として入学できるようにした。少年はこのとき13歳だった。
Stanleyはその後、SMPY(Study of Mathematically Precocious Youth:早熟な数学的才能を示す児童の研究)を大学で立ち上げ、Batesのことを愛情を込めてSMPYの「対象者ゼロ」と呼んだ。SMPYはやがて、米国の教育システムにおいて英才児を見つけ出して支援する方法を大きく変える存在となる。
知的優秀児の縦断研究として現時点で最も長く続けられているSMPYは、約5000人の対象者のキャリアと業績を45年にわたって追跡してきた。対象者の多くが高い業績を挙げる科学者になっている。SMPYのデータからは400本以上の論文と何冊もの書籍が生まれた。SMPYは現在もデータを蓄積し続けており、科学、技術、工学、数学(science, technology, engineering, mathematics:STEM)やその他の分野の際立った才能を持つ子どもを見つけ出し、その才能を伸ばす方法について、重要な洞察を提供し続けている。
Stanleyの弟子で、現在はヴァンダービルト大学(米国テネシー州ナッシュビル)の教育・人間発達学部長であるCamilla Benbowは、「Julianが知りたがっていたのは、今日STEMと呼ばれている分野で最高の潜在能力を持つ子どもたちを見つけ出し、彼らがその能力を開花させる可能性を最大にする方法でした」と言う。Stanleyは、聡明な子どもたちを調べることに興味を持っていただけでなく、その知性の発達を促し、世界を変えるような人物へと成長するのに手を貸したいという願いを持っていた。彼は大学院生に「自分のモットーは『干からびた方法論はもうたくさん』だ」と言っていた。
SMPYの最初の対象者たちがキャリアの頂点に達した今1、子どもの頃から非凡な才能を示していた人々が、そうでない人々に比べて社会にはるかに大きな影響を及ぼしていることが明らかになっている。今日、科学や技術や文化に革新を起こしている人々の多くは、幼いときにその卓越した認知能力を各種の強化プログラムによって見いだされ、支援を受けている。その1つであるジョンズホプキンス大学主催の英才児センター(Center for Talented Youth)は、Stanleyによって1980年代に設立された。SMPYも英才児センターも、当初は大学入試で上位1%の成績を収めた青年も受け入れていた。幼い頃から神童として有名だった数学者のTerence TaoやLenhard Ngは上位1%組で、FacebookのCEOであるMark Zuckerberg、Googleの共同設立者Sergey Brin、ミュージシャンのStefani Germanotta(レディー・ガガ)は、ホプキンスの英才児センターで過ごしたことがある。
ホプキンスの英才児センターと協力関係にあるデューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の英才児識別プログラム(Talent Identification Program)の心理学者Jonathan Waiは、「好むと好まざるとにかかわらず、こうした人々が現実に我々の社会を動かしているのです」と言う。Waiは、SMPYを含む11の前向き縦断研究と後ろ向き縦断研究のデータを組み合わせて、子ども時代の認知能力と大人になってから挙げた業績との相関関係を示した2。「テストで上位1%に入った子どもたちは、著名な科学者や学者、全米上位500社のCEO、連邦裁判官、上院議員、億万長者になる傾向がありました」と彼は言う。
世間では昔から、専門家としての能力は主として訓練を通じて培われるものであり、適切な努力をすれば誰でもトップに上り詰めることができると言われてきたが、Waiの研究結果はこうした言説と矛盾している。つまりSMPYのデータは、将来の業績には、意識的な訓練や社会経済的地位などの環境要因よりも、子ども時代の認知能力の方が影響を及ぼしていることを示唆している。近年、米国やその他の国々では、学校の授業についていけない子どもたちの成績を上げることに主眼を置いているが、この研究は、幼い頃から並外れた才能を示す子どもたちの才能を伸ばすことの重要性を強調しているのだ(「英才児の育て方」参照)。
しかし、学問に才能のある学生を識別して支援しようとする取り組みには難題を伴う。子どもにラベルを貼ることの危険性や、貧困地域や僻地に住む高い潜在能力を持つ児童の識別に現行の才能発掘法や標準テストは向かないのではないかという指摘がある。
カナダ・トロントの発達心理学者で、ニューヨーク市立大学ハンター校(米国)の英才児研究教育センター(Center for Gifted Studies and Education)の共同設立者であるDona Matthewsは、「『誰がトップになるか』を強調しすぎると、テストでふるい落とされた多くの子どもたちを過小評価してしまう恐れがあります」と危惧する。また彼女は、「テストを受ける子どもたちにとっては、『天才』と呼ばれるのも『凡才』と呼ばれるのも、ためになりません。どちらにしても、子どもたちの学習意欲を大きく損なう恐れがあります」と言う。
研究の始まり
8月の蒸し暑いある日、Benbowとその夫で心理学者のDavid Lubinskiは、ヴァンダービルト大学の中庭を通り抜けながら、SMPYが始まった頃のことを話してくれた。Benbowは、ジョンズホプキンス大学の大学院生だった1976年にStanleyの授業を取っていたことで、この研究に出会ったという。Stanleyの退職後は、彼女とLubinskiが共同でSMPYの運営に当たり、1998年にヴァンダービルト大学に移籍することになったとき、SMPYを同大学に移管した。
Benbowは心理学研究室のある建物に近づきながら、「この大学に移ってきたことで、Julianの研究はぐるりと一周したといえます。ここは、彼の教授としてのキャリアが始まった場所なのです」と言った。1915年に建てられたこの建物は、米国で最初の心理学研究棟で、1950年代初頭にStanleyが計量心理学と統計学の研究を始めたときに、定量的に心理学を行うための道具として使っていた年代物の計算機が数台保存されている。
Stanleyが子どもたちの科学的才能を伸ばすことに関心を持つようになったきっかけは、心理学の分野で最も有名な縦断研究の1つであるLewis Termanの「天才の遺伝学的研究(Genetic Studies of Genius)」3,4だった(Nature ダイジェスト 2013年6月号「スローな科学」参照)。1921年に始まったこの研究で、TermanはIQ得点の高さに基づいて10代の対象者を選び出し、そのキャリアを追跡し、奨励した。けれどもTermanの予想に反し、このグループからは卓越した科学者は数人しか出なかった。その一方で、IQがTermanの求める水準に達していないとして研究への参加を拒まれた児童の中に、トランジスタの共同発明者として1956年にノーベル物理学賞を受賞することになるWilliam Shockley(IQは129だった)と、1968年にノーベル物理学賞を受賞することになる実験物理学者のLuis Alvarezがいた。
Stanleyは、定量的推論能力を確実に測れるテストがあれば、TermanがShockleyとAlvarezを見落とすことはなかっただろうと考え、大学進学適性試験(SAT)を試してみることにした。前述のとおり、SATは通常は高校生が受けるものだが、並外れて頭の良い子どもたちの分析的推論能力を測るのにうってつけのように思われたのだ。
1972年3月、Stanleyはボルティモアの12~14歳の聡明な子どもを450人集めて、SATの数学の問題を解かせた。これが、学術分野の才能発掘に標準テストを利用する最初の試みとなった(研究者たちはその後、SATの語学の問題や、その他の評価法も用いるようになった)。
当時、ジョンズホプキンス大学の博士課程学生だった発達心理学者のDaniel Keatingは、「第一の驚きは、子どもたちの多くが、学校で習ったことのない数学の問題の解法を考え出したことでした」と言う。「第二の驚きは、こうした子どもたちの多くが、多くのエリート大学の入試の足切り点数よりはるかに高い得点を出したことでした」。
Stanleyは当初、SMPYを数十年にわたる縦断研究にすることは考えていなかった。しかし、5年後に行われた最初の追跡調査の後、Benbowは、研究を延長して対象者を生涯にわたって追跡すること、対象者のグループを増やすこと、対象者の関心事、好み、職業および人生におけるその他の業績の評価も含めることを提案した。研究チームは、SATの得点が上位1%、0.5%、0.01%に入った子どもたちをそれぞれ第1~第3グループとし、学年別の習熟度テストで上位3%の成績を挙げた子どもたちを第4グループとした。1992年には、才能発掘のモデルを一般化して科学の潜在能力の識別に利用できるか検証するため、米国の一流大学の数学・科学分野の優秀な大学院生からなる第5グループを追加した。
ロストック大学(ドイツ)の心理学者で、知性と才能開発の研究をしているChristoph Perlethは、「STEM分野の才能がなぜ、どのように発達するかを総合的に見せてくれた研究は、世界中を見渡してもこれしかないと思います」と言う。
空間認識能力
データが集まるにつれ、万人に効果がある英才教育というものは存在しないことがすぐに明らかになった。英才教育に限らず、教育全般が画一化になじまないのだ。
米国心理学会(ワシントンD.C.)の英才教育政策センター(Center for Gifted Education Policy)の所長を務めるRena Subotnikは、「SMPYの大規模サンプルのおかげで、私たちは初めて、一般的な知能から離れて具体的な認知能力や興味、その他の要因を評価できるようになったのです」と言う。
1976年、Stanleyは第2グループ(SATの成績が上位0.5%以内)の13歳の児童563人の空間認識能力のテストを始めた5。空間認識能力とは、物体同士の空間的な関係を理解し、記憶する能力のことで、同じ物体を異なる角度から見た図を対応させる、物体を特定の切り方をしたときの断面図を選ばせる、さまざまな形をした傾いた容器に水を入れたときの水位を見積もらせるなどの方法でテストできる。Stanleyは、量的推論能力や言語的推論能力よりも空間認識能力の方が、教育や職業における業績を正しく予測できるのではないかと考えていた。
対象者が18歳、23歳、33歳、48歳になった時点で行われた追跡調査は、Stanleyの勘を裏付けていた。2013年に行われた分析5からは、対象者が取得した特許の件数や査読付き学術雑誌に発表した論文の数と、子どもの頃のSATや空間認識能力テストの得点との間に相関関係があることが明らかになった。SATの数学テストと言語テストの結果を合わせて分散の約11%を説明することができ、さらに空間認識能力により分散の7.6%を説明することができたという。
この知見は、最近の他の研究からの知見とも矛盾はなく、空間認識能力が創造性や技術革新において主要な役割を果たすことを示唆している。Lubinskiは、「空間認識能力は、未開発の潜在能力の源の中で最大のものかもしれません」と言い、数学や言語能力ではぱっとしないが空間認識能力が高い学生は、しばしば非常に優れたエンジニア、建築家、外科医になると指摘する。「それにもかかわらず、私の知る入試担当者の中で、この能力を見ている人は誰もいないのです。この能力は、学校での評価でも基本的に見過ごされています」。
SMPYのような研究により、教育者が英才児を識別して支援することが可能になったが、このグループの子どもたちへの関心は国によってまちまちだ。中東と東アジアでは、10年ほど前から、STEM分野の才能のある子どもたちは大いに注目されている。韓国、香港、シンガポールでは英才児を探し出すテストを実施し、才能のある子どもたちを革新的なプログラムに進ませている。中国では2010年に国家人材開発10カ年計画を立ち上げて、特に優秀な学生を支援し、科学や技術などの高需要分野に導こうとしている。
欧州の焦点は統合教育に移行していて、英才児の研究や教育プログラムへの支援は退潮傾向にある。英国は2010年に国立英才児アカデミー(National Academy for Gifted and Talented Youth)を廃止し、貧しい学生を一流大学に入学させる取り組みに資金を振り向けることを決定した。
才能を伸ばす
Stanleyが研究を始めた時代には、米国の頭の良い子どもたちには限られた選択肢しかなかったため、彼は早熟な才能が開花できる環境を見つけ出そうとした。Stanleyとともに研究を行い、現在は並外れた才能を持つ子どもたちを対象とするジョンズホプキンス大学のカウンセリング・プログラムを主宰しているLinda Brodyは、「Julianには、潜在能力を識別するだけでは不十分だと分かっていました。才能という炎を燃やし続けるためには、正しい方法で育てていかなければならないのです」と言う。
当初、Stanleyの取り組みはケースバイケースだった。Bates少年が大学に入学して成功すると、その噂を聞きつけた他の英才児の親たちがStanleyのところに連絡してくるようになった。Bates少年は、17歳のときにはコンピューター科学の学士号と修士号を取得していて、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)の博士課程にいた。その後は、カーネギー・メロン大学(米国ペンシルベニア州ピッツバーグ)の教授として人工知能研究のパイオニアとなった。
現在60歳になったBatesは、「私は恥ずかしがり屋だったので、高校の社会的圧力には耐えられなかったと思います」と言う。「けれども大学には科学オタクや数学オタクが大勢いたので、だいぶ年下の私でも完全になじむことができました。私はここで、社会的な面でも知的な面でも自分のペースで成長することができました。速いペースで学習できたおかげで、学習内容に興味を持ち続けることができたのです」。
SMPYのデータは、学習ペースが速い子どもは飛び級をさせることで能力を伸ばせるという考え方を裏付けた。子ども時代に飛び級をした人は、同じくらい賢かったが飛び級をしなかった人と比べて、博士号や特許を取得する割合が60%も高く、特にSTEM分野の博士号を取得する割合は2倍以上だった6。SMPYの超エリート群である第3グループ(SATの得点が上位0.01%以内)では、大半が飛び級をしていた。こうした子どもたちの知性は他の子どもたちとかけ離れていて、学習ペースが極端に速いため、教育は非常に難しい。しかし、彼らを飛び級させてしまえばほとんどコストはかからず、学校にとって経費の節約になることもある、とLubinski。「こういう子どもたちは、多くの場合、新しい取り組みを必要としません。上の学年の子どもたちに普通に与えているものを、早めに与えるだけでよいのです」。
多くの教育者や親たちは、いまだに飛び級は子どものためにならないと信じている。飛び級は彼らを社会的に傷つけ、子ども時代を奪い、知識のギャップを作ってしまうというのがその主張だ。けれども教育研究者の間では、大多数の英才児にとって、飛び級は社会的にも感情的にも良いことであるだけでなく、学問にとっても職業にとっても好ましいという見方で一致している7。
選択肢は飛び級だけではない。SMPYの研究者たちによると、高校で大学レベルの内容を学べるアドバンスト・プレイスメント(Advanced Placement)コースを受けさせるなどのちょっとした介入にも、明らかな効果があるという。高い能力を持つ学生のうち、大学入学前にSTEM分野で高度な学習をする機会を多く与えられた者は、同じくらい賢かったがそうした機会に恵まれなかった者に比べて、より多くの学術論文を発表し、より多くの特許を取得し、より高いレベルのキャリアを歩んだ8。
SMPYからは多くの知見が得られたものの、才能と業績についての全体像はまだ見えていない。ケース・ウエスタン・リザーブ大学(米国オハイオ州クリーブランド)で認知能力を研究する心理学者のDouglas Dettermanは、「最上位のグループにも成功した人とそうでない人がいます。その理由は分かりません」と言う。「1人1人の違いは、知性だけでは説明できません。モチベーション、人格、努力などの要因も重要なのです」。
ドイツでもSMPYに似た方法論の研究が行われていて、いくつかの知見が得られている9–11。1980年代半ばから優秀な学生2万6000人を追跡したミュンヘン英才児縦断研究(Munich Longitudinal Study of Giftedness)は、将来の業績の予測に最も役立つのは認知要因であるが、モチベーション、好奇心、ストレス対処能力などの人格的な特質もいくらか影響を及ぼすことを明らかにした。家族、学校、仲間などの環境要因の影響もあった。
才能発掘によって得られるデータからは、人間が各分野の専門家としての能力を獲得する仕組みに関する知識も得られる。一部の研究者や作家、特にフロリダ州立大学(米国タラハシー)の心理学者Anders Ericssonと作家のMalcolm Gladwellは、「能力の閾値(ability threshold)」仮説を広めた。この仮説によれば、IQが一定の値(よく言われるのは120)以上になると、知的能力の高さと専門知識をどれだけ身につけられるかは、知的能力の高さよりも仕事に集中できる時間の長さによって決まる部分の方がはるかに大きくなるという。けれどもSMPYやデューク大学の英才児識別プログラムからのデータは、「能力の閾値」仮説と相いれない(「上位集団の中にも差はある」参照)。2016年に発表された研究12でも、子ども時代の知的能力が上位1%以内だった人と上位0.01%以内だった人が大人になってからの業績を比較したところ、博士号を取得した人の割合は、上位1%集団が一般集団の約25倍の高さであったのに対して、上位0.01%の超エリート集団では約50倍であった。
けれども、一部の研究は議論の的になっている。北米と欧州の児童発達学の専門家の一部は、才能開発に関する研究の多くがトップに上り詰める子どもを予測するために行われていることを嘆いているし、一握りの子どもを英才児として識別し、ラベルを貼ることに強い不安を覚えると言う教育者もいる13。
Matthewsは、「試験の得点の高さには、子どもが高い能力を持っていて、試験を受けた時点で、その試験を受けるのにふさわしい状況にあったという意味しかありません」と断言する。さらに、試験の得点の低さからは、ほとんど何も分からないと言う。なぜなら、児童の成績は、文化的背景や、いちかばちかの試験の際にどこまで平常心を保てたかなど、多くの要因に左右されるからだ。Matthewsは、試験の得点が最高または最低に近かった子どもたちは、自分が将来成功できるかどうかの評価が決まったと感じるだろうと指摘する。そうした子どもたちは学習意欲を失い、自分の能力の限界は決まっているという考えに陥ってしまうかもしれない。スタンフォード大学(米国カリフォルニア)の心理学者Carol Dweckが言うところの「固定型マインドセット(fixed mindset)」だ。Dweckは、子どもたちに「成長型マインドセット(growth mindset)」を持たせることの重要性を説いている。つまり、頭脳や才能は出発点にすぎず、能力は努力と知的冒険を通じて伸ばすことができるという考え方だ。
「成長型マインドセットを持つことで、子どもたちは、自分はどれほど賢いのだろうと不安になったり、周囲からの承認を渇望したりすることなく、向上のための努力に集中できるようになります。つまり、より多くを学び、より賢くなるために努力することができるのです」とDweck。Dweckらによる研究からは、成長型マインドセットを持つ学生は、学校で強いモチベーションを示し、評点が高く、試験の得点も高いことが明らかになっている14。
Benbowも、標準テストの扱いについて、生徒の選択肢を制限するためではなく、子どもの能力に合った学習・授業戦略を開発して全てのレベルの子どもの潜在能力を開花させるために用いるべきだと考えている。
SMPYの超エリート群である第3グループ(SATの得点が上位0.01%以内)が中年期に入ったことを受け、BenbowとLubinskiは、彼らのキャリアにおける業績と人生への満足度をメインにした調査を2017年に開始すると同時に、第5グループ(米国の一流大学の1992年の大学院生)についての再調査も計画している。今後の研究により、「英才児には特に手を貸さなくても、自分1人で成功をつかむことができる」という長きにわたる誤解を打ち崩すことになるかもしれない。
ミズーリ大学コロンビア校(米国)の認知発達心理学者で数学学習を専門とするDavid Gearyは、「教育界は、まだこのメッセージに抵抗しています」と言う。「認知能力にせよ他の能力にせよ、できる子の能力をさらに伸ばすための介入はするべきでなく、できない子の方に集中するべきだと言うのです」。
英才教育の専門家たちは、米国の才能開発の選択肢は拡大傾向にあると言うが、これまでのところ、その恩恵を受けているのは、才能と社会経済的地位の両方で上位にある学生ばかりである。
「英才児を識別する方法も、彼らを支援する方法も分かっています」とLubinski。「それにもかかわらず、我が国で最も優秀な子どもたちの多くが見落とされているのです」。
時計が正午を告げると、建物の中から少年少女がどっと出てきて、中庭のLubinskiとBenbowの横を通り過ぎて食堂の方に走っていった。その多くが、ヴァンダービルト大学の英才児プログラムの参加者だ。英才児たちは、この3週間の夏期強化コースで1年分の数学、科学、文学の勉強をする。残りの子どもたちは、ヴァンダービルト大学のスポーツキャンプの参加者だ。
「彼らは別々の才能を伸ばしているだけなのです」とLubinskiは言う。彼は、高校と大学ではレスリングの選手だった。「私たちは優秀な子どもたちの知的才能を伸ばそうとしていますが、米国社会は伝統的に運動の才能を伸ばすことの方に熱心でした」。
けれども、世界の未来を決めるのは数学の天才児たちなのだ。「ヘルスケア、気候変動、テロ、エネルギー問題など、現代社会はさまざまな問題に直面しています。問題を解決できる可能性が最も高いのは、こうした子どもたちなのです」とLubinski。「私たちは彼らに賭けるべきなのです」。
英才児の育て方
ヴァンダービルト大学の教育・人間発達学部長Camilla Benbowは、「どの親御さんにも、天才を育てようとしてはいけないと助言しています」と言う。目標をそこに置いてしまうと、ありとあらゆる社会的・感情的な問題が出てくるからだと彼女は説明する。
Benbowや他の才能開発研究者は、頭の良い子どもたちが、大人になってから多くの業績を挙げられるだけでなく幸福にもなれるようにするためには、以下のような配慮が必要だとしている。
- 多様な経験をさせる。
- 子どもが強い興味や才能を示したときには、それを伸ばすための機会を与える。
- 知的ニーズと感情的ニーズの両方に応える。
- 能力ではなく努力を褒めることにより「成長型マインドセット」を育む。
- 知的冒険を奨励し、失敗は学習の役に立つのだから恐れる必要はないと教える。
- 子どもにラベルを貼らないように気をつける。英才児として識別されることが、子どもにとって大きな感情的負担になることもある。
- 子どものニーズに応えるために教師と連携する。頭の良い子どもは、より難しい課題や、特別な支援、自分のペースで学習する自由を必要とすることが多い。
- 子どもの能力を測るテストを受けさせる。テストの結果は、両親が子どもに進んだ学習をさせたいと主張する根拠になるだけでなく、子どもの失読症、注意欠陥/多動性障害、社会的・感情的問題などを明らかにできることもある。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2016.161224
原文
How to raise a genius: lessons from a 45-year study of super-smart children- Nature (2016-09-08) | DOI: 10.1038/537152a
- Tom Clynes
- Tom Clynesはジャーナリストで、『The Boy Who Played With Fusion: Extreme Science, Extreme Parenting and How to Make a Star(核融合で遊ぶ少年:極限の科学、極限の子育てとスターの作り方)』の著者。
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