News

ノーベル化学賞はナノマシンに

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161209

原文:Nature (2016-10-13) | doi: 10.1038/nature.2016.20734 | World’s tiniest machines win chemistry Nobel

Richard Van Noorden & Davide Castelvecchi

分子マシンの3人のパイオニアにノーベル化学賞が贈られる。

左からフレーザー・ストッダート、バーナード・フェリンガ、ジャンピエール・ソバージュ。 | 拡大する

L: RSC; M: UNIV. GRONINGEN; R: PATRICK HERTZOG/AFP/Getty Images

2016年のノーベル化学賞は、精巧な設計の微小な分子マシンを作製した3人の化学者に贈られる。ストラスブール大学(フランス)のジャンピエール・ソバージュ(Jean-Pierre Sauvage)、スコットランド生まれで現在ノースウェスタン大学(米国イリノイ州エバンストン)に所属するフレーザー・ストッダート(Fraser Stoddart)、フローニンゲン大学(オランダ)のバーナード・フェリンガ(Bernard Feringa)の3氏で、分子マシン開発の先駆けとなった1980年代~1990年代の研究が評価された。

10月5日、ストックホルムで受賞者が発表された直後、フェリンガはノーベル賞委員会による電話インタビューに答えてこう話した。「受賞すると思っていなかったので、少々びっくりしました。大変光栄です」。

3氏は、分子でできた結び目、シャトル、ローター、鎖、ポンプ、軸、スイッチ、メモリーデバイス、そしてナノカーを作製した。これらは全て分子レベルの大きさである(Nature ダイジェスト 2015年12月号「分子マシンの時代がやってきた」参照)。どれもまだ応用段階には至っていないが、その用途は薬物送達からコンピューターメモリーまで多岐にわたる可能性があると研究者たちは考えている。

「どうなるかまだ分かりませんが、動きを制御できるようになったら、分子マシンはあらゆる機能を担うことができるでしょう」と、フェリンガはノーベル賞委員会に語っている。例えば、体内で薬を運んだり、がん細胞を発見したりする超小型ロボットとして、あるいは外部信号に応じて適応したり変化したりするスマート材料として使えるかもしれないと彼は言う。

一方、ストッダートは、「ストックホルムが、まだ基礎段階にある化学分野を評価したことに拍手を送りたいと思っています。化学賞では珍しいことです」と、同日開催されたノースウェスタン大学での記者会見で語った。

現在ナノマシンの作製に積極的に取り組んでいる研究室はほんの一握りであると、メイン大学(米国オロノ)で分子モーターの理論を研究するDean Astumianは言う。しかし、ノーベル賞の影響でこの分野が勢いづくと彼は考えている。「ノーベル賞によって評価されたことで、優秀な若者たちが注目するようになるでしょう」と彼は言う。Astumianは、25年以内に分子マシンが応用されるようになると考えている。「今はまだ分子でできたデバイスを買うことはできませんが、将来、そうしたデバイスは身近なものとなるでしょう」。

分子建築家たち

1983年、ソバージュの研究グループは、複数の分子のリングが鎖のように連結した「カテナン」と呼ばれる物質を初めて合成した。これが、分子マシンに必要な連結部品作製への第一歩であった。ソバージュのグループは、分子のリングを連結することによって、化学結合ではなく機械的結合によって効率的に分子をつなぎ合わせる新しい方法を発明したのだと、ストッダートは記者会見で指摘した。「新しい結合なんて極めてまれです」。

ストッダートは、1991年に初の分子シャトル、すなわちリング状分子の穴に「軸」状分子が貫通した構造をとる「ロタキサン」と呼ばれる物質を合成した。軸の両端はストッパーを取り付けたような形状で、リングは軸上の2つのサイト間を行ったり来たりすることができる。ストッダートをはじめとする化学者は、酸性度の変化や光、温度を利用して、この往復運動を制御する方法を見いだした。

その後、ストッダートのチームは、同様のロタキサンを用いて、3つのリングを持つ分子が3本の軸に沿って上下する分子「エレベーター」やロタキサンを使って薄いシートを曲げる人工「筋肉」を作製した。また、ストッダートらは、数百万個のロタキサンを用いて、シャトルが「オン」状態と「オフ」状態の間で切り替わる高密度メモリーデバイスを作製した。

そして1999年、フェリンガによって初めて合成分子モーターが開発された。これは、2つのパドルユニットが炭素-炭素二重結合でつながった構造の単一分子で、光照射によって二重結合の一部が切れるとパドルが回転し出し、そのまま回り続ける仕組みになっている。フェリンガは、微量の分子モーターを添加した液晶の表面上で微小なガラス棒が回転するなど、分子モーターが巨視的な効果をもたらすことを示した。彼の研究で最も有名なものはおそらく、分子モーターを使った四輪駆動の「ナノカー」だろう。

広範な影響

ノーベル賞受賞者をはじめとする化学者たちが開発したナノマシンは、自然に対する理解に影響を与えたとAstumianは言う。特にそうした人工システムは、「化学的に駆動される分子マシンは全て、合成マシンか生物マシンかにかかわらず、同じ原理に基づいて機能する」ことを実証するのに役立った。つまり、合成マシンも生物マシンも、不規則なブラウン運動に逆らうのではなく、ブラウン運動から特定方向の運動を選択的に取り出して利用しているのである。

ノーベル賞受賞記者会見で記者から「分子マシンは実用化されるか」と質問されたフェリンガは、分子マシンの開発者を、1903年に飛行機での有人動力飛行を世界で初めて成功させたライト兄弟に例えた。「当時、なぜ空飛ぶマシンが必要なのかと人々は話していました。ところが今では、ボーイング747やエアバスが飛ぶ時代になっています。それと同様ではないかと感じています。きっかけが大事なのです」。

一方のストッダートは、自身の記者会見で政治批判めいた態度も見せた。彼の母国・英国で高まる反移民論に対し「入国する人々に対して壁を作ろうとしているようで、混乱しています」と述べたのだ。また、米国の大統領候補ドナルド・トランプ氏がヒラリー・クリントン氏との最初の討論で連邦税を払わないことを「賢い」と表現したことを引き合いに出して、ストッダートはこう言った。「ノーベル賞の賞金の3分の1が税金で消えてしまいます。私は賢くありませんから」。

(翻訳:藤野正美)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度