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理想的な鎮痛薬を計算科学で設計

モルヒネの材料であるケシの実 Credit: bravo1954/E+/Getty

アヘンは、顕著な鎮痛性と多幸感を誘発するため、医薬や娯楽として4000年以上にわたって使用されてきた1。今日では、モルヒネやその誘導体などのオピオイド処方薬の乱用が深刻化しており2、ヘロインによる中毒は世界中で健康を奪い社会的負荷を生じさせている。理想的なオピオイドの条件は、強力な鎮痛作用を有するが、有害な呼吸抑制作用を有さず、長期治療時でも効果が持続し、中毒性がないことだろう。今回、スタンフォード大学医学系大学院(米国)のAashish Manglikらは、こうした完璧な鎮痛剤の実現に向けて一歩を踏み出したことを、Nature 2016年9月8日号で報告している3

ここまでの道のりは長かった。当初は、モルヒネの受容体タンパク質が特定されれば、理想的なオピオイドがすぐに得られると単純に考えられていた。オピオイド受容体(OR)には、Gタンパク質共役受容体(GPCR)のミュー、デルタ、カッパの3つのサブタイプが存在し、それぞれをコードする遺伝子は1990年代初頭に単離された4。しかしその後、マウスにおいてミューオピオイド受容体(µOR)遺伝子を破壊した実験により、モルヒネの持つ鎮痛効果、報酬効果、依存効果は、µORが同時に仲介していることが明らかになった5。この発見に加え、数千のモルヒネ関連薬剤が調べられたが、従来のオピオイドに勝るものを発見できなかったという事実が追い打ちをかけ、µOR標的薬の開発熱が冷めることとなった。

ところが2007年に、薬剤が異なれば、特定の受容体に作用したときに活性化するシグナル伝達経路も異なる可能性があることが見いだされた6。この発見によって、治療に関係するシグナル伝達経路を活性化するが、副作用をもたらす不要なシグナル伝達経路を活性化しないという選択性を備えた、「バイアス(偏向性)」オピオイドの設計の可能性が開かれた。ただし、次の段階に効果的に移行するには、希少で不安定な膜タンパク質を結晶化させる手法の開発という新たなブレークスルーを待たなければならなかった。その後、待望の結晶化技術が開発されたことで、GPCR研究は大きく進展し、µORをはじめとする多くのタンパク質の構造が解明されている7,8。現在では、こうしたタンパク質の結晶構造が利用可能になり、GPCRの活性なコンホメーションと不活性なコンホメーション、さらにはGPCRとリガンドとの結合様式を調べることができるようになった。こうして、「構造に基づく創薬」が可能になった9

Manglikらは、µORに結合する分子の探索に取り組むに当たり、この「構造に基づく創薬」の手法によって挑んだ。目標は、まず、複合体構造を予測するドッキング計算の力を用いて新しいオピオイド構造(ケモタイプ)を見いだすことであった。Manglikらは、その中に、未発見のコンホメーションでµORを安定化し、ユニークな偏向性シグナル伝達プロファイルを示し、おそらくこれまで観察されたことのない生物学的効果を引き出すものがあるだろうと考えたのだ。

Manglikらは、市販されている300万種の分子について、µOR結合ポケットとのドッキング計算を行った。それぞれの化合物について、結合部位との相補性に注目して100万を超える立体配置を調べ、その後、結合部位にうまくはまり込む2500種の分子を選び出して目で確認することで、既知オピオイドと関連の見られないケモタイプの分子を明らかにした。著者らは、その中から23種の化合物を選び出して、さらにドッキングと試験を行ったところ、通常と異なるドッキング形態で受容体結合部位と結合し、µORに対して妥当な結合親和性と選択性を示す新しいケモタイプの分子群が得られた。

µORが活性化すると、2つの主要なシグナル伝達カスケードが開始される。これらのカスケードにはそれぞれ、Gi/oタンパク質とβアレスチンタンパク質が関与している。Manglikらは、23種の分子の中で「化合物12」が、Gi/oシグナル伝達に対して強い偏向性の活性を示すことを見いだした。βアレスチンのシグナル伝達にほとんど関与しないµORアゴニストの方が効果的な鎮痛作用をもたらし、副作用が低いと考えられているため10、これは興味深い結果であった。実際、この考えをもとにモルヒネ関連薬剤とも化合物12とも無関係な、TRV130という薬剤が従来の薬剤スクリーニング法によって開発されており、現在第III相臨床試験の段階にある11。Manglikらは、化合物12のドッキング情報を用いて最終的な最適化を行い、PZM21と名付けた薬剤を合成した(図1)。次に、PZM21の効果をモルヒネおよびTRV130と比較した。

図1 受容体を標的とする新しい創薬手法
a. モルヒネは、ケシに由来するオピオイドである。モルヒネは、哺乳類の脳内でミューオピオイド受容体(µOR)と結合し、Gi/oタンパク質やβアレスチンなどのシグナル伝達タンパク質と活性複合体を形成する。Gi/oシグナル伝達経路は、モルヒネの鎮痛特性を仲介すると考えられている。これに対して、βアレスチンシグナル伝達経路は、多幸感(中毒につながる可能性がある)、呼吸抑制、胃腸障害などの副作用をもたらす。
b. 今回Manglikら3は、µORの結晶構造を用いた計算科学的スクリーニングプログラムを開発した。300万種の分子をµORの結合部位にドッキングさせ、有力な候補を選び出して試験と最適化を行い、PZM21という薬剤を得た。PZM21は、強いGi/o偏向性のシグナル伝達応答を引き起こし、マウスにおいて効果的に疼痛を軽減し、それ以外に検出可能な作用をもたらさなかった(Me;メチル)。

マウスを用いた実験から、PZM21の鎮痛効果はモルヒネに匹敵し、持続性はモルヒネよりも優れていることが分かった。PZM21は、中枢神経系を介する疼痛反応を軽減したが、脊椎レベルで仲介される疼痛反応を軽減しなかった。これはµORアゴニストではこれまで報告されていない作用であり、PZM21は、中枢神経系を介する疼痛の標的構成要素に対して治療効果を有する可能性がある。また、PZM21による便秘の誘発作用はモルヒネより弱く、呼吸活動にも変化をもたらさなかった。印象的なのは、マウスは、PZM21の得られる小部屋を、生理食塩水を得られる小部屋よりも好むことはなく、PZM21投与によって多動(マウスの中毒様行動)が誘発されなかったことだ。

一方、TRV130は、あらゆる種類の痛みに対して効果的な鎮痛作用をもたらし、誘発される呼吸抑制は軽度で、顕著な場所嗜好性を引き起こさなかった。このように、生体内で見られる作用にはわずかな違いが見られたものの、PZM21とTRV130はいずれも優れた鎮痛作用を有し、その一方で、古くから使われてきたモルヒネよりも副作用の面では優れていた。従って、Manglikらの研究結果によって、Gi/oに偏向性を持つµORアゴニストが、疼痛管理に有効であることが明確に証明された。

構造に基づく計算科学的スクリーニングによって創薬のペースが加速されることは、ほぼ間違いない12。今回の研究は、計算科学的な手法が効率よくケモタイプを生成し、実験による試験を最小限に抑えながら候補分子の迅速な最適化を可能にし、これまでにない生物活性を有する分子の発見につながることを示す説得力のある実例だ。今では、オープンアクセスのドッキングツール(http://blaster.docking.orgなど)が利用可能なので、今回の手法は広く実施されるようになるはずである。

ただし、リガンドドッキング研究には、多くの課題が立ちはだかる。特に、偏向活性の予測は、まだ実現しそうにないことから、今回の研究では目標に設定されていなかった。しかし、Manglikらは、PZM21とTRV130がµOR結合ポケットの中で異なるドッキング形態をとることを見いだしている。従って、PZM21–µOR複合体とTRV130–µOR複合体に共通する分子間の相互作用がGi/oの選択的な活性化に寄与する可能性があり、今後の展開が注目される。

生体内でのPZM21の作用がGi/o偏向活性のみを反映した結果なのかについてはまだよく分かっていない。PZM21とTRV130の薬理作用の類似性はおそらく、Gi/oシグナル伝達に由来する共通作用モードが有利となっている証拠であろう。一方、Manglikらのドッキング解析は、これらの化合物が異なる様式でµORアミノ酸残基と結合することを示唆している。PZM21とTRV130は、細胞中でカッパオピオイド受容体と結合すると反対の活性を示し、生体内で異なる薬物動態を示す。Manglikらは、動物がPZM21に対する耐性を持つようになるかどうかについては調べておらず、また、生体内で他の活性が今後発見される可能性も考えられる。PZM21とTRV130の作用の共通点と相違点については、生物の脳内で研究すべきであり、これによって脳ネットワークのレベルで活性が明らかになるかもしれない。

Manglikらの研究は、特にオピオイド研究に関して、新しいケモタイプが通常とは異なる生物学的機会をもたらす可能性があることを見事に実証した。では、理想的な鎮痛剤に近づきつつあるのだろうか? PZM21は、乱用リスクが低いと思われる新しいクラスの鎮痛µORアゴニストの代表となる化合物である。こうした化合物は厳密にはオピオイドといえないが、今後は構造に基づく創薬手法によって設計された化合物が増え、優れた薬剤が市場に出ていく機会も増えると思われる。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161236

原文

Designing the ideal opioid
  • Nature (2016-09-08) | DOI: 10.1038/nature19424
  • Brigitte L. Kieffer
  • Brigitte L. Kiefferはマギル大学(カナダ)精神医学科に所属。

参考文献

  1. Brownstein, M. J. Proc. Natl Acad. Sci. USA 90, 5391–5393 (1993).
  2. Trang, T. et al. J. Neurosci. 35, 13879–13888 (2015).
  3. Manglik, A. et al. Nature 537, 185–190 (2016).
  4. Kieffer, B. L. & Gavériaux-Ruff, C. Prog. Neurobiol. 66, 285–306 (2002).
  5. Matthes, H. W. et al. Nature 383, 819–823 (1996).
  6. Galandrin, S., Oligny-Longpré, G. & Bouvier, M. Trends Pharmacol. Sci. 28, 423–430 (2007).
  7. Kobilka, B. & Schertler, G. F. Trends Pharmacol. Sci. 29, 79–83 (2008).
  8. Manglik, A. et al. Nature 485, 321–326 (2012).
  9. Audet, M. & Bouvier, M. Cell 151, 14–23 (2012).
  10. Raehal, K. M., Schmid, C. L., Groer, C. E. & Bohn, L. M. Pharmacol. Rev. 63, 1001–1019 (2011).
  11. DeWire, S. M. et al. J. Pharmacol. Exp. Ther. 344, 708–717 (2013).
  12. Shoichet, B. K. & Kobilka, B. K. Trends Pharmacol. Sci. 33, 268–272 (2012).