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「オートファジー」の解明にノーベル医学・生理学賞

2016年のノーベル医学生理学賞を受賞した大隅良典。 Credit: Ken Ishii/Getty Images

2016年のノーベル医学・生理学賞は、細胞が自己の構成成分を分解してリサイクルする「オートファジー(自食作用)」の仕組みを解明した業績に対して、分子生物学者の大隅良典(おおすみ・よしのり)に贈られた。

71歳になる大隅は現在、東京工業大学の栄誉教授を務めている。大隅は1990年代に、出芽酵母を使ってオートファジーの仕組みを制御する遺伝子群を突き止め、この業績によって名が知られるようになった。オートファジーはヒト細胞にも見られる機構であり、遺伝疾患に関与している場合もあることが分かっている。

「オートファジー」という言葉は、ベルギーの生化学者クリスチャン・ド・デューブ(Christian de Duve)が1963年に作り出したもので、「自分を食べる」という意味のギリシャ語に由来する。彼は、細胞が自己の構成成分の一部を小胞内で分解する様子を観察し、廃棄物処理を行うこの小胞を「リソソーム」と名付けた。

「オートファジーがなければ、我々の体を作る細胞は生きていけません」と、カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)の生理学者でノーベル医学・生理学賞の選考委員会メンバーであるJuleen Zierathは話す。オートファジーは、飢餓状態に陥った細胞が自己のタンパク質を分解してエネルギーを産生する際に必要であり、損傷したタンパク質や小器官などの残屑の処理や、侵入する細菌やウイルスの除去にも使われる。

発展の遅れた領域

大隅がオートファジー研究に取り組み始めた1988年当時、「オートファジーは、活気がなく発展の遅れた領域でした」とバーゼル大学(スイス)の生化学者Michael Hallは話す。「オートファジーは細胞内の不要物を非選択的に大量処分するゴミ処理システムだ、というのが当時の主流の考え方でした」。

大隅は1992年、飢餓状態においた酵母の液胞でオートファジーが起こることを突き止め、電子顕微鏡でつぶさに観察することに成功する。次に大隅は、オートファジーに関与する酵母遺伝子を特定しようと、遺伝学的な手法(相補性検定)を取り入れたスクリーニングに初めて取りかかった。「生命の本質に迫る基本的で重要な問題は、酵母でも解くことができます」。大隅は、2012年に東京工業大学のウエブサイトに掲載された記事のインタビューの中でそう語っている。オートファジーが生理学や疾患に重要な過程であると生物学者らが認識するようになるのは、それから2、3年後のことである。

やがて、1999年にオートファジーへの関心が急激に高まった。Beth Levine(現所属はテキサス大学サウスウェスタン医療センター;米国ダラス)のチームが、哺乳類のオートファジー遺伝子が腫瘍増殖を抑制している可能性があると報告したのである。この知見が起爆剤となって、がんにオートファジーがどう関わっているかを解明しようと、さまざまな取り組みが展開されるようになった。

その後、オートファジーの異常がパーキンソン病や2型糖尿病などの疾患に関連していることも明らかになり、現在では、この過程に影響を与えられる薬剤を開発するための研究が行われている。

がんに対するオートファジーの関与の仕方は複雑だが、解明が進んで詳しく分かってきた。Hallによれば、オートファジーは、腫瘍が増殖の初期段階であれば抑制するように働くと思われるが、広がったがんでは増殖を促してしまう可能性もあるという。

今回のノーベル賞受賞で、大隅には800万スウェーデン・クローナ(約9280万円)の賞金が贈られる。大隅は2012年にも、オートファジーの分子機構解明に道を拓いたとして京都賞基礎科学部門(賞金5000万円)を受賞している。

オートファジーの機構解明には他の研究者も重要な貢献をしており、今回の共同受賞候補者として何人かの名前が挙がっていた。ゲッティンゲン大学医療センター(ドイツ)の生化学者Michael Thummやミシガン大学(米国アナーバー)の細胞生物学者Daniel Klionskyも、オートファジー遺伝子を発見している。

「受賞者を1人だけに絞れば、大隅になるでしょう。しかし、他の研究者を含めてもよかったように思います」とHallは話す。

東京工業大学の生物学者で、10年にわたって大隅とともに研究をしてきた中戸川仁(なかとがわ・ひとし)によれば、日本では数年前から大隅の受賞が期待されており、報道関係から大隅へのインタビュー依頼がたびたびあったという。公式発表の約2時間前に受賞を知った同僚や門下生たちは、お祝いのために大隅の研究室に集まった。「大隅先生が単独受賞なのはすごいな、と皆で話しました」と中戸川は当日を振り返る。

「大隅先生は、平凡な実験でも決しておろそかにせず、何事も見逃しません」と中戸川は話す。「その研究が何かの役に立つのか、ブレイクスルーを期待できるのか、あるいは研究資金の獲得につながるのかといったことを、大隅先生は一切気にかけません。ひたすら好奇心に忠実に研究を進めておられます」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161207

原文

Medicine Nobel for research on how cells 'eat themselves'
  • Nature (2016-10-06) | DOI: 10.1038/nature.2016.20721
  • Richard van Noorden & Heidi Ledford