Editorial

21世紀の原子力発電に対する懸念

Credit: DON EMMERT/GETTY

米国ニューヨーク州政府は、2030年までに発電全体の50%を再生可能エネルギーによる発電とする方針を2015年12月に示したが、その際に、当然のことながら原子力発電に関する問題が持ち上がった。現在、同州内の電力の30%以上を賄っているのは、4つの発電所で稼働する6基の原子炉による発電で、これが同州内の低炭素電力源の半分以上を占めている。だが、低コストの天然ガスによる発電にかなわないという単純な経済的理由で、4基の原子炉に閉鎖の恐れがあったのだ。

これに対してニューヨーク州の規制当局は、原子力を使った発電の「環境価値」を考慮して、2016年8月1日に助成金を新設した。同州は、温室効果ガスの排出によって生じる損害、つまり「炭素の社会的費用」から手をつけたのだ。米国政府の全国レベルでの推算によれば、二酸化炭素1t当たりの社会的費用は、現在は38ドル(約3800円)だが、2030年には50ドル(約5000円)に増加する。一方、原子力発電所の収入は社会的費用を著しく下回っているため、その差額を埋めるための「ゼロエミッションクレジット」を受け取る資格があるというわけだ。この助成金は、施行後の2年間だけで約9億6500万ドル(約965億円)に上る可能性がある。エクセロン社(米国イリノイ州シカゴ。ニューヨーク州内に2つの原子力発電所を保有し、現在は3カ所目の購入交渉中)は、原子力発電所の操業を続ける計画を推進したいと話している。

ここから最初に学び取れることは、二酸化炭素の価格が大きく影響することだ。ニューヨーク州は、排出量取引制度に参加している東部9州の1つだが、現在の取引価格は二酸化炭素1t当たり平均4ドル(約400円)と極めて安いため、原子力発電が天然ガスによる発電と対抗できなかった。

米国の原子力産業と一部の原子力発電を支持する環境保護主義者は、ニューヨーク州の助成金制度を先例として歓迎した。その評価は正しい。この制度は、原子力発電が同じような経済的障害に直面している米国の他州にとってのモデルとなり得るし、もっと広く言えば、2015年に締結されたパリ協定の美辞麗句とは裏腹に、気候変動対策が前途遼遠であることを我々に再認識させてくれたからだ。

原子力産業にとっての苦難は、これだけではない。現在、全世界で約440基ある原子力発電所が電力の11%を供給しているが、設置されてから平均で30年を経過している。現在、60基以上の原子炉が建設中だが、古い発電所の閉鎖が進む今後数十年間は、原子力産業がどんなに苦労してもエネルギーミックスにおける原子力発電の割合はせいぜい現状のままだ。

また、ニューヨーク州は助成金新設の一方で、インディアンポイントエネルギーセンターにある2基の原子炉の耐用年数を延長しようとする活動に対し、安全性の観点から異議を唱えている。事業者は、米国原子力規制委員会(NRC)に対して原子炉の耐用年数を40年から60年に延長するための許可を申請しているが、地下水のトリチウム汚染やさまざまな機器の故障に関する質問に答えていない。

原子力発電所を安全に稼働させることが実証できるのであれば、世界的な温室効果ガス排出削減活動に対する寄与を奨励すべきだ。しかし、現実には、事故の潜在的なコストが高すぎると政府とコミュニティーが判断する発電所が存在する。今後、原子力産業が何らかの有意義な発展ができるかどうかは、いまだに実証されていない次世代型の超安全な(accident-proof)原子炉にかかっているといえるかもしれない。今のところ、原子力産業は数少ない原子炉の使用延長に注力しているが、ニューヨーク州が再生可能エネルギーに期待しているのは明白だ。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161134

原文

A safe place for nuclear energy?
  • Nature (2016-08-11) | DOI: 10.1038/536125a