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完全にソフトなロボット

ロボットは、明確に決まった環境である製造現場で使われることが多い。この場合、ロボットはあらかじめ決められた手順どおりに動くことができ、人間の操作員との相互作用は安全上の理由から制限されている。しかし、もしもロボットが工場の外の現実の環境に出たら、不確かな状況に対処し、変化する状態に反応・適応して、人間を含む生物と安全に相互作用しなければならない1。硬い材料でできた従来技術のロボットでは、達成が難しい課題だ。一方、柔らかく、変形可能な材料で作られたロボット2は、未知の物体をつかんで操ることや、形が決まっていない荒れた地形を進むのに適していて、人間に対する安全性も高いだろう。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のMichael Wehnerらは今回、硬い構造や硬い制御システムを全く持たない最初のロボットを開発し、Nature 2016年8月25日号451ページで報告した3

自然界の多くの動物で、柔らかなボディーパーツが重要な役割を果たしている。例えばイカ、ヒトデ、ミミズなどは、ほとんど完全に柔らかい材料と液体からできていて、彼らに適応性と丈夫さを与えている。このため、柔らかい材料を使えば、ロボットが長く伸びたり、狭いところを進んだり、登ったり、成長したりするなど、現在のロボット工学技術では不可能なことが可能になるのではないかという考えが広がっている。例えば、タコからヒントを得た柔らかいロボットアームは、長く伸びることが可能だし4、イモムシをまねたソフトロボットは、丸まって転がり、ジャンプもできる5

2011年、Wehnerらと同じ研究グループの研究者らは、完全に柔らかいロボットの開発という注目すべき試みを報告した6。この研究では、ロボット自身は柔らかい材料だけで構成されていたが、さまざまなタイプの運動を空気の力によって実現する(駆動する)ため、従来のポンプ・バルブシステムが使われ、それが細いチューブでロボットに接続されていた。Wehnerらは今回、技術的な限界を大きく広げた。彼らのロボットは、体と駆動ユニットが柔らかいだけでなく、ロボットに組み込まれている制御システムと動力源も柔らかい。このロボットは、チューブやケーブルでつながれずに動作できる、完全に柔らかい最初のロボットだ。

Wehnerらは、このタコ型ロボットを「オクトボット」と名付けた(図1)。オクトボットの大きさは6cmほどで、8本の足にはアクチュエーター(駆動装置)として働く膨張性の区画が2つずつ埋め込まれている。燃料である過酸化水素水(液体)は、白金触媒を含む反応室に入ると分解して圧力の高い酸素(気体)を生じ、それが足のアクチュエーターを膨らませて足の運動を引き起こす。生じた酸素などはやがて小さな穴から外へ抜ける。

図1 オクトボット
Wehner らは、完全に柔らかい材料 だけでできたタコ型ロボットを作った3。 ロボットの本体部分に、液体燃料の供 給源と、足の周期的運動パターンを制 御する液体システムが収められている。 足の中に見える紫色の長方形は、足を 持ち上げるためのアクチュエーターだ。 スケールバーは10mm。 Credit: L. K. SANDERS, R. TRUBY, M. WEHNER, R. WOOD & J. LEWIS/HARVARD UNIV.

Wehnerらは、オクトボットの一連の足の運動を、柔らかい材料だけでできた液体回路を使って制御した。この液体回路は、バルブが論理ゲートの構成要素になっている。スイッチバルブと呼ばれるバルブを2個使っていて、これが圧力に応じて開閉し、電子回路のトランジスターに似た働きをする。この液体回路に、燃料貯蔵室からの圧力のかかった燃料が入ると、その下流にある2つの反応室(それぞれ4本の足につながっている)に流れ込む燃料の量が交互に増減する。この燃料流量の振動は、システムが燃料を使い果たすまで続く。この結果、オクトボットは、4本の足を持ち上げたまま、他の4本の足を下げ、次にその逆を行うという運動のサイクルを繰り返す(図2およびgo.nature.com/2b3cn3s参照)。ロボットの体は、液体回路を含め、全てがシリコーンを基礎にした材料でできていて、それらは、さまざまなサブシステムの機能上の要求に合わせて、多様な力学的性質を持つように作られている。

図2 オクトボットの動作
1 オクトボットは、アクチュエーターが膨らんだ4本の足(青色矢印)を下げる。残りの4本は持ち上げたままだ。
2 次に、持ち上げていた4本(赤色矢印)のアクチュエーターが膨らんで足を下げる。さきほど下げていた4本は気体が抜けて上がる。このサイクルを繰り返す。矢印の先端は膨らんだアクチュエーターを示している。スケールバーは10mm。 Credit: Ref.3

自律したソフトロボットを実現するには、さまざまな材料と、駆動、動力供給、論理回路などの機能を統合することが必要であり、このオクトボットは、このアプローチの可能性を実証する最小のシステムだ。Wehnerらはこれらを統合するために、微小型成形7、ソフトリソグラフィー8、多材料埋め込み3D印刷技術9など、高度な製作技術を組み合わせ、長さスケールで数桁にわたる多様な液体導管を埋め込んだ、弾性のある構造を作った。構造は一見複雑であるにもかかわらず、製作過程がカスタマイズ可能であるため、Wehnerらは、設計の修正が妥当であるかを素早く検証して試行錯誤を重ね、装置を短時間で最適化できた。

Wehnerらが今回使用したのは、柔らかい材料と連続変形(回転ジョイントで接続された硬い構造が作る動きではなく、足を連続的に屈曲することで生じる運動)である。これは、さらなる科学的、技術的発展への道を開く。次のステップは、もっと広範囲の運動を可能にするコンピューター制御システム(さらに高度な液体回路など)を開発すること、ソフトロボットのための新たな設計ルールを定めること、新たな製作技術を採用して改良することだ。

課題は残っている。例えば、ソフトロボットが環境に物理的に及ぼすことができる力が限られているために、その応用が限定される可能性がある。また、制御システムに従来のエレクトロニクスではなく液体論理回路を使うと、ロボットに複雑な振る舞いをさせることが難しくなるかもしれない。現実の状況の中でロボットを望みどおりに振る舞わせるためには、柔らかい材料の性質と、それらが制御システムや環境とどのように相互作用するのかについてさらに深く理解することも必要だ10

ソフトロボット工学はまだよちよち歩きの段階にあるが、機械装置の検査や整備、捜索・救助活動、探検などの応用につながる可能性が高いと期待される。ソフトロボットは、健康や生活の質を改善するための新たなアプローチももたらすかもしれない。全方向に曲がり、伸びることもでき、硬さも調節可能な柔らかい内視鏡11や、足首と足の機能修復のために使われる柔らかな装具12はすでに実現している。Wehnerらの成果は、こうした方向の研究を導くのに役立ち、この新たな研究分野の知識体系の柱になるものだ。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161131

原文

Generation soft
  • Nature (2016-08-25) | DOI: 10.1038/536400a
  • Barbara Mazzolai & Virgilio Mattoli
  • Barbara Mazzolai & Virgilio Mattoliはイタリア技術研究所マイクロバイオロボティクスセンターに所属。

参考文献

  1. Pfeifer, R., Lungarella, M. & Iida, F. Science 318, 1088–1093 (2007).
  2. Rus, D. & Tolley, M. T. Nature 521, 467–475 (2015).
  3. Wehner, M. et al. Nature 536, 451–455 (2016).
  4. Mazzolai, B., Margheri, L., Cianchetti, M., Dario, P. & Lasch, C. Bioinspir. Biomim. 7, 025005 (2012).
  5. Lin, H.-T., Leisk, G. G. & Trimmer, B. Bioinspir. Biomim. 6, 026007 (2011).
  6. Shepherd, R. F. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 108, 20400–20403 (2011).
  7. Heckele, M. & Schomburg, W. K. J. Micromech. Microeng. 14, R1–R14 (2004)
  8. Qin, D., Xia, Y. & Whitesides, G. M. Nature Protocols 5, 491–502 (2010).
  9. Wu, W., DeConinck, A. & Lewis, J. A. Adv. Mater. 23, H178–H183 (2011).
  10. Paul, C. Robot. Auton. Syst. 54, 619–630 (2006).
  11. Ranzani, T., Gerboni, G., Cianchetti, M. & Menciassi, A. Bioinspir. Biomim 10, 035008 (2015).
  12. Park, Y.-L. et al. Bioinspir. Biomim. 9, 016007 (2014).