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次のLHCを建設するのは誰?

大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、素粒子物理学の標準模型では説明できない現象をまだ見つけていない。 Credit: HAROLD CUNNINGHAM/GETTY

欧州原子核共同研究機関(CERN;スイス・ジュネーブ近郊)の世界最大の粒子加速器、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使って、2012年にヒッグス粒子が発見された。今後の素粒子物理学を支える次世代の巨大加速器は、ヒッグス粒子などの既知の粒子、さらには近い将来発見されるかもしれない新粒子の性質を精密測定することが主目的になる。しかし、その建設を誰がどこで進めるのか、複数の計画があるが明確な見通しは立っていない。今後の展望は、素粒子物理学の標準模型では説明できない現象がLHCで発見されるかと、LHC後継機の建設に意欲を見せている中国の計画が実際に進むかにかかっている。

LHCでは、標準模型に含まれるヒッグス粒子の他、以前から予言されている超対称性粒子など、標準模型の枠外の粒子の発見も期待された。LHCは実験を続けているが、標準模型で説明できない現象はまだ発見されていない。2016年8月3~10日に米国シカゴで第38回高エネルギー物理学国際会議(ICHEP)が開かれ、多数の物理学者が参加したが、そこでの議論は、素粒子物理学が次にどう進むべきか、これまでほど明確ではないことをうかがわせた。

後継加速器計画の中で最も具体的に進んでいるのが、国際リニアコライダー(ILC)計画だ。日本、欧州、米国で進んでいた線形加速器計画が2004年に統合されたもので、電子と陽電子を全長31kmの直線軌道で加速して衝突させる。LHCが全周27kmの円形軌道で陽子同士を衝突させるのとは対照的だ。国際研究グループにより、大まかな設計は終わっている。

きれいな衝突

陽子は3つのクォークでできた複合粒子なので、陽子同士が衝突すると雑多な破片が生じる。ILCで使われる電子と陽電子は基本粒子であり、陽子よりも「きれいな衝突」が起こり、高精度の測定に適している。このため、ヒッグス粒子と、1995年に発見された最も重い基本粒子であるトップクォークの詳細な研究を行うことができる。標準模型では説明できない物理現象も発見できるかもしれない。物理学者たちにとっては、ILCを建設する理由としては十分だ。

日本の物理学者たちは、ILCを日本に建設することを提案し、2013年、国内の建設候補地に東北地方の北上山地を選んだ。ILCを誘致した国は、巨額の建設費の半分程度の負担を求められるとみられる。欧米は財政難などから誘致に消極的で、文部科学省が把握している範囲では今のところ、政府レベルで誘致を表明している国はない。日本政府が誘致を表明すれば実現する可能性が高いとみられる。ILCの実験開始は2030年ごろとされ、ILCの日本での建設を受け入れるか、日本の文部科学省が2016年に決定することが期待されていた。

しかし、文部科学省が設置した「国際リニアコライダーに関する有識者会議」(座長=平野眞一・名古屋大学名誉教授)は2015年6月、「ILCでヒッグス粒子とトップクォークの精密測定だけでなく、新粒子を発見できる可能性の見通しを得るべきであり、衝突エネルギーを13テラ電子ボルト(TeV)に高めた改良LHCでの最初の実験(2017年末までの予定)の結果を踏まえるべきだ」という提言をまとめた。

高エネルギー加速器研究機構(KEK;茨城県つくば市)の機構長、山内正則は、ICHEPでの今後の研究施設に関する分科会の講演者の1人だった。山内は「有識者会議の提言は、『LHCが新たに何を見つけるかに関係なく、ILCは建設されるべきだ』という主張に有識者会議が納得していないことを意味しています。それが提言の隠れたメッセージです」と話す。

もしもLHCが新たな現象を発見したら、ILCで研究すべきテーマが増え、新加速器を建設する意義は増す。

米国の物理学者たちは以前から、線形加速器の建設を支持してきた。山内は「100億ドル(約1兆円)と見積もられているILCのコストを削減する方法を、文部科学省と米国のエネルギー省が共同で検討しています。約15%の削減は可能です。しかし、日本政府が公式に日本での建設に同意するには、建設費を他の国々も負担するという約束が得られることが必要でしょう」と話した。

中国の巨大加速器

日本を追いかけているのは中国の研究チームだ。ヒッグス粒子の発見後まもなく、中国科学院高エネルギー物理学研究所(北京市)の所長、王貽芳(Wang Yifang)が率いる物理学者たちは、中国が2030年代に加速器を持つ計画を提案した。この加速器は全周50~100kmの円形の電子・陽電子衝突型で、ヒッグス粒子などの高精度測定が主目的だ。この計画も各国に建設費の一部負担を求めている。エネルギーはILCに及ばないとみられるが、建設に伴い作られるトンネルを利用すれば、LHCよりもはるかに大きな陽子・陽子衝突型加速器を低コストで建設できる可能性がある。

王らはICHEP分科会で、この計画の研究開発を理由に中国科学技術部から3500万元(約5億3000万円)の研究資金を2016年に獲得したと報告した。また王は「私たちはさらに8億元(約120億円)の資金要請を行いました。中国の国家発展改革委員会は2016年7月、それを却下しましたが、資金獲得ルートは他にもまだあります」と話した。王らは今後、この計画への国際的な関心を高める活動を行うつもりだ。

「中国の提案は、ヒッグス粒子物理学に対する世界的な関心を示すもので、ILC建設の意義を高めます」と山内は話す。しかし、もし中国の計画が先に進めば、各国の研究資金がILCではなく、中国に流れてしまうかもしれない。「中国の計画は、ILCにとってマイナスの影響を持つ可能性はあります」と山内は話す。

スーパーLHC

中国の計画はCERNの計画にも影響するかもしれない。CERNは、全周100kmの円形軌道を建設してLHCの7倍以上のエネルギーで陽子同士を衝突させる加速器を計画している(「世界の加速器計画」参照)。しかし、CERNは2030年代半ばまでは、LHCの陽子ビームの強度を上げる改良で忙しいはずだ。それまでに中国が陽子衝突型加速器にも使えるトンネルを建設すれば、CERNのこの「スーパーLHC」が各国の支援を得ることは難しくなるかもしれない。

CERNの所長Fabiola Gianottiは、ICHEPで暫定的なアイデアを提案した。2035年頃までにLHCに新世代の超伝導磁石を導入し、LHCのエネルギーを現在の14TeVから28TeVに上げるというものだ。しかし、この上昇幅はそれほど大きくはない。「LHCが14TeVで新しい物理現象を見つけたら、この計画は強い科学的根拠を持つことになります」とGianottiは話す。改良費用は50億ドル(約5000億円)で、CERNの通常の予算内で賄えるかもしれない。

この数十年間、物理学者たちは新たな加速器を建設しては標準模型が予言した粒子を順に見つけてきた。しかし今後は、新たな粒子が見つかる保証があるわけではない。ICHEP分科会の出席者の発言には、この分野の将来について若い研究者を安心させようとする言葉や、研究資金を巨大加速器にではなく、別の研究方法に使った方がいいのではないかという声もあった。

米国は巨大加速器建設ではなく、ニュートリノ研究に注力する方針だ。ニュートリノは基本粒子であり、ニュートリノを調べることで標準模型を超える物理現象が見つかる可能性がある。フェルミ国立加速器研究所(イリノイ州バタビア)は、10億ドル(約1000億円)の予算で「長基線ニュートリノ施設」を建設し、ニュートリノ物理学の世界の中心地になることを目指している。この施設は、1300km離れたサウスダコタ州にある検出器へニュートリノビームを送る実験を行うもので、実験開始は2026年の予定だ。施設の建設費は2017年に米国議会で承認される必要がある。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161111

原文

China, Japan, CERN: Who will host the next LHC?
  • Nature (2016-08-25) | DOI: 10.1038/nature.2016.20453
  • Elizabeth Gibney