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標的遺伝子だけオンに! エピゲノム編集登場

–– ゲノム編集技術の応用で、画期的な成果を挙げられました。

畑田: 私は一貫してエピゲノムの研究領域にいます。ゲノム研究は1990年頃から飛躍的な進歩を遂げてきましたが、当時は網羅的な解析手法がありませんでした。そのような状況で私は、制限酵素の切断部位を指標に、ゲノム上の多数の位置を1枚のゲル上で網羅的に示す技術(RLGS法)の開発に携わっていました。その過程で、メチル化された塩基を特異的に切断する制限酵素を使って、ゲノム上のメチル化の変化を観察する手法を完成させました1。この成果がエピゲノム研究の原点になりました。現在では、マイクロアレイや次世代シーケンサーなどでメチル化を詳細に観察できるようになりましたが、観察と対をなす「操作」については、十分な技術がまだありません。こうした状況において、今回、メチル化をピンポイントで操作する技術の1つを開発できたといえます。

森田: 私は人類遺伝学やシグナル伝達の研究室を経てこちらに来ました。ゲノムインプリンティングと肥満関連遺伝子などの研究を進めていましたが、CRISPR-Cas9の登場を機に、今回の研究を始めました。

–– そもそも、メチル化やエピゲノムとは?

畑田: 多くの真核生物では、DNAを構成する4種類の塩基のうちシトシンだけがメチル基の付加・除去という修飾を受けます。遺伝子発現を制御する領域(プロモーター)中に多く見られるCpG配列(シトシン–グアニンの2塩基からなる繰り返し配列)においてシトシンがメチル化されると、遺伝子スイッチをオンにするためのタンパク質がアクセスできなくなるので、スイッチはオフになります。逆に、脱メチル化されるとスイッチはオンになります。このように、遺伝子配列はそのままの状態で遺伝子のオン・オフが制御されることをエピゲノムといい、DNAメチル化はその代表格です。

–– 今回、特定のDNAメチル基を外す手法を開発されました。

畑田: DNAメチル基は、TET1と呼ばれる酵素によって外されます。生体内では、別の因子が働くことで、TET1が必要な領域でだけ作用して脱メチル化が起こり、遺伝子がオンになるように制御されているわけですが、実験レベルで特定の領域だけを脱メチル化することは困難でした。ところが、画期的なゲノム編集技術が登場し、状況が一転しました2。CRISPR-Cas9のシステムは、狙った配列にDNA切断酵素Cas9を誘導する「ガイドRNA」(gRNA)などをうまく設計することで、ピンポイントにDNA二重鎖を切断できます。するとDNA修復機構が発動し、標的遺伝子のみを改変できるのです。

CRISPR-Cas9以前にもZFNやTALENというゲノム編集ツールがありましたが、CRISPR系は圧倒的に簡便です。また、ZFNやTALENを応用して脱メチル化を行う試みもありましたが、効率は高くありませんでした。そこで私たちは、CRISPR-Cas9をベースにした技術を模索することにしました。

森田: 具体的には、標的とする配列に結合してもDNAを切断しないCas9変異体「dCas9」に、TET1をつないでみました(System1)3。それをマウスES細胞株に導入し、メチル基が外れるかどうかを調べました。標的としたのは、グリア繊維性酸性タンパク質(GFAP)をコードする遺伝子Gfapのプロモーター領域です。Gfapは、脳の神経幹細胞がアストロサイトに分化するために必須の遺伝子です。胎生中期にはGfapのプロモーター領域は高度にメチル化されていますが、胎生後期に脱メチル化されると、アストロサイトへの分化が誘導されます。

–– うまく脱メチル化されたのでしょうか?

森田: いいえ、初めはうまくいきませんでした。System1では、DNA脱メチル化の効率はわずか10%でした。研究室内で原因と改善策について話し合い、「1つのdCas9に複数のTET1が結合すれば効率も上がるのではないか」との考えに至りました。そこで、SunTag(短いペプチドとその抗体を利用したシステム)を使って約10分子のTET1が結合できるようにし、GFPも導入して蛍光標識できるようにしました。これがSystem2です。しかし予想に反して効率は上がりませんでした。

図1 DNA脱メチル化システムの調整過程
a DNA脱メチル化システム(System1〜5)の各構成。SunTag系のGCN4タグ(黄、橙)に、TET1を融合した抗体が結合する。
b タグ間の距離が5アミノ酸残基だとTET1はうまく機能しなかった。だが、アミノ酸残基数を22と43に伸ばした系は機能した。

畑田: 再考の過程で森田さんが、「TET1が結合するタグ(GCN4)の間が狭すぎるのでは」と言いました。互いのTET1が邪魔しあって立体障害を引き起こし、うまく機能しないのではないかというのです。そこで、タグの間(5アミノ酸残基)を22アミノ酸残基(System3)、43アミノ酸残基(System4)に伸ばした系を作りました(図1)。すると、System3で脱メチル化効率が約40%に上昇し、System4では約30%とやや下がることが分かりました。 System3導入細胞をGFPの蛍光を指標にセルソーターで分別して脱メチル化効率を調べたところ、なんと90%を超えていました。そこで完成形として、タグの間を22アミノ酸残基にし、全てを同一のベクターにつないだ系(System5)を作製しました。国立成育医療研究センターの秦 健一郎部長、中林一彦室長、岡村浩司室長にご協力いただき、この系によって脱メチル化された領域を次世代シーケンサーでゲノム全体にわたって検証したところ、標的とする領域を含む約400bpが脱メチル化されていました。その他の部位では非特異的な脱メチル化が起きていないことも確かめました。

–– 生体レベルでも検証されたのでしょうか?

畑田: はい。生きたマウス胎仔の脳に導入して調べました。この実験は、九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授、野口浩史特任助教にお願いしました。胎生14日目のマウスの脳室帯(発生期の脳室を取り囲む層のうち最も脳室に近い層)にエレクトロポレーション法でSystem5を導入し、母体に戻して発生を続けさせた上で解析しました。胎生中期の神経前駆細胞では、Gfapのプロモーター領域はメチル化されているはずですが、この時期にSystem5を導入すると、母体に戻して24時間後にはプロモーター領域が脱メチル化されていました(図2)。母体に戻して4日後には、免疫染色によりGFAPタンパク質の発現も確認できましたので、生体においても狙った領域の脱メチル化を誘導できると結論付けました。

図2 生きたマウス胎仔の脳による検証
胎生14日目に母体から胎仔を取り出し、脳室帯に、Gfapのプロモーター領域を標的とするAll-in-oneベクター(System5)を導入。母体に戻して1日後、標的領域でDNA脱メチル化を確認(a)。4日後には、脳室体でGFAPタンパク質の発現(赤)を観察(b)。なおControlは、gRNA未挿入ベクターを導入したもの。

–– 応用が期待されますね。

畑田: そう思います。実際に、骨髄異形成症候群に対して、DNAメチル化を阻害するアザシチジンという薬が使われています。骨髄異形成症候群は、造血幹細胞の分化が異常になることで引き起こされ、高い確率で白血病に移行する難病です。異常細胞中にはDNAのメチル化異常が認められます。エピゲノムの異常は、がん、慢性炎症、精神疾患など、実に多くの疾患と関与していることが分かってきていますので、さまざまな応用先が考えられます。私の研究室でできることは限られますが、疾患への応用を検討していきたいと考えています。

–– 今回のご苦労や工夫についてお聞かせください。

森田: Nature Biotechnologyとのリバイスが大変でした。「本当に確かな技術なのか」と問われ、かなりの数の実験を追加し、最初の投稿から受理までに1年かかってしまいました。実験では「なんとなくそうしてみた方が良い」といった直感が役に立つことがあると思っています。今回は、System2がうまくいかなかった時にイラストを描いてみて、「なんだか間が狭そう」と感じました。距離を長くしてみたところ良い結果につながりました。

畑田: 私たちと似たアイデアを持っている研究者が多数いることは認識していました。実際に論文としても出始めていたので、時間との戦いだったといえます。成功のカギは、森田さんの発案でタグ間の距離をいろいろと変えた点にあると思います。今回のような技術開発的な研究は、少しだけ条件を変えていろいろ試し、理屈は後付けで考えるのが良いような気がします。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)

Author Profile

畑田 出穂(はただ・いずほ)

群馬大学
生体調節研究所附属生体情報ゲノムリソースセンター
ゲノム科学リソース分野 教授

1990年、大阪大学大学院理学研究科博士課程修了、国立循環器病センター研究所、 MRC 臨床科学センター(英国)、群馬大学准教授などを経て2011年より現職。ゲノムワイドな解析法の開発(RLGS法)をきっかけに、エピジェネティクスの研究を行っている。

畑田 出穂氏

森田 純代(もりた・すみよ)

群馬大学
生体調節研究所附属生体情報ゲノムリソースセンター
ゲノム科学リソース分野 研究員

2000年、東京大学医学系研究科国際保健学専攻・博士課程修了。博士(保健学)。

森田 純代氏

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161121

参考文献

  1. Hatada, I. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 88, 9523-9527(1991).
  2. Jinek, M. et al. Science 337, 816-821(2012).
  3. Morita, S. et al. Nature Biotechnology (2016).