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シナプスの要、ナノカラム

Credit: Science Photo Library - ANDRZEJ WOJCICKI/Brand X Pictures/GETTY

ヒトの脳は全ての認知プロセスを司る精緻な組織で、脳の認知プロセスによって、我々は自身を自意識のある社会的な個人と感じることができる。認知プロセスは、根本的にはシナプスと呼ばれる単一の機能ユニットの働きに基づいている。シナプスは、ニューロン間の迅速な信号伝達を担い、高度に特殊化した2つの小区画からなる。これらの区画はニューロン間に存在する狭い隙間(シナプス間隙)の前部(信号を送る側)と後部(信号を受け取る側)に位置している。これまで、この2つの小区画がうまく向き合うようにシナプス間隙をまたいで調整している構造があると考えられてきたが1、その存在を示す直接的証拠はほとんどなかった。今回、米国メリーランド大学のAi-Hui Tangらは、精巧な超分解能光学顕微鏡と数学モデルを組み合わせて用いることで、シナプス前区画とシナプス後区画を連結する、タンパク質を主成分とする個別のナノカラムが存在するという証拠を示し、Nature 2016年8月11日号210ページに報告した2

ニューロンが信号を発する際には、活動電位と呼ばれる電気インパルスが、シナプス前ニューロンからの神経伝達物質分子の放出を引き起こす。この放出には神経伝達物質を含むシナプス小胞と、シナプス間隙に面した細胞膜領域(アクティブゾーンと呼ばれる)との融合が関与している。また、シナプス小胞の膜への連結と融合はそれぞれ別の場所で行われるわけではなく、シナプス小胞融合部位を提供する、複数の大きなマルチドメインタンパク質3から構成される細長いタンパク質の足場の中で起こる。

こうした足場がどのように組織化されるかを調べるための手段は、長年にわたって電子顕微鏡に限られてきた。電子顕微鏡ではライブ画像を捉えることはできない。しかし、こうした限界が、超分解能光学顕微鏡の開発4により克服され、個々のタンパク質構成を効率的に視覚化できるようになった。そうした研究の1つでは、シナプス前の足場が物理的にシナプス小胞と接触していることが明らかになっている5。このような物理的接触によって、シナプス小胞の連結が促され、決められた融合部位での神経伝達物質の放出がプライミングされるのだろう。また別の研究では、足場タンパク質の1つであるRIMが、シナプス小胞の連結に重要な役割を果たすことが示されている。RIMはMUNC-13ファミリーのタンパク質と相互作用して6,7、カルシウムチャネルタンパク質のクラスター化を促進する8。それが引き金となり、融合プロセスが起こる。

Tangらは今回、シナプス前のアクティブゾーンのナノスケールの構成をさらに詳しく解明するために、確率論的再構築光学顕微鏡法(STORM)と呼ばれる高分解能の光学顕微鏡法9を使うことにした。著者らは3D STORMを用い、マウス海馬由来のin vitro培養ニューロン間のシナプスを調べた。海馬は、学習と記憶に関係する脳領域であり、観察したシナプスは神経伝達物質のグルタミン酸を放出する。分析の結果、RIMは、アクティブゾーン近辺の直径約80nmのタンパク質ナノクラスター内に限定して存在することが明らかになった。対照的に、MUNC-13やBassoonなどの他の足場タンパク質や融合因子は、より一様な分布を示した。

では、RIMが豊富に含まれるナノクラスターの位置は、小胞融合部位と関係するのだろうか? 著者らは、シナプス前膜における融合の様子を、小胞–膜融合後に蛍光を発するタンパク質センサーを使って観察し、その蛍光パターンの数学的モデル化を行った。その結果、融合部位は、膜の特定の領域に限定されることが明らかになった。また、ライブ画像化が可能な光活性化局在化顕微鏡法(PALM)と呼ばれる別の種類の超分解能の光学顕微鏡法によって、RIMの密度が、融合部位から40nm以内の領域で高くなっていることが確認された。

Tangらはさらに、RIMが豊富な融合部位が、神経伝達物質信号を専門に受け取るシナプス後部の装置の位置とうまく合うように調整されているのかどうかを調べた。シナプス後膜の近くには精巧な足場が存在しており、足場の構成要素の1つはマルチドメインタンパク質のPSD-95である。このタンパク質は、AMPA型およびNMDA型グルタミン酸受容体タンパク質のクラスター化に関係している10,11。RIMとPSD-95の密度の正確な測定から、RIMとPSD-95との間には明確な空間的相関があることが分かり、従って著者らは、シナプス間隙をまたぐナノスケールのカラム状構造が、RIMが豊富に存在するシナプス小胞融合部位と、シナプス後部のPSD-95ナノドメインとを向かい合わせていると結論付けた(図1)。

図1 シナプスの構成
Tangら2は、ニューロン間のシナプス結合がナノカラム構造によって橋渡しされていることを示した。足場タンパク質のRIMは、シナプス前膜の直径80nmのクラスターに豊富に存在している。シナプス前膜では、シナプス小胞がカルシウムチャネルに近接した部位に融合し、神経伝達物質分子をシナプスへと放出する。シナプス後ニューロンでは、足場タンパク質PSD-95が豊富に存在する部位に神経伝達物質受容体タンパク質のクラスター群が含まれている。RIMの豊富な領域と、PSD-95が豊富な領域は向かい合って並び、ナノカラムを構成する。

最後にTangらは、ナノカラムが安定した構造モチーフといえるものなのか、また、認知機能にとって極めて重要なシナプス強度の調節性変化にナノカラムが関与しているかどうかを調べた。NMDA受容体を薬理学的に活性化してシナプス強度を低下させたところ、ナノカラムの構成は即座には変化しなかった。しかし、25分後には、RIMのナノクラスター群の一部が突然大きくなった。ただし、大きくなったクラスターは、シナプス後部のPSD-95ナノドメインと向き合っていてナノカラム内に存在するものだけだった。これは特筆すべき観察結果である。従って、シナプス後変化に応答したシナプス前放出の上方調節を仲介する逆行性信号が、足場タンパク質およびシナプス後グルタミン酸受容体の反対側に位置する放出装置を特異的に標的とし、シナプス強度を調整しているのかもしれない。つまりナノカラムは、重要な調節プラットホームを提供している可能性がある。

今回の結果から、次に解決すべき新たな疑問が生じる。例えば、ナノカラム形成を調節しているものを突き止めることである。ここから、ナノカラムの物理的性質を理解するための手掛かりが得られる可能性があるからだ。ナノカラム形成を仲介する因子の候補は、当然、シナプスをまたぐような細胞接着膜タンパク質のペアということになる。おそらく、このような接着分子が、RIMの配置と動員を最終的に制御しているのだろう。

また、拡散性の信号がシナプス間隙を横断して、ナノカラムの組み立てを数十nmのスケールで特異的に引き起こしているという可能性も考えられる。加えて、RIM自身がナノカラム形成に関係している可能性もある。RIMはカルシウムチャネルの細胞内部分に結合する中心ドメインを含んでいて12、それが最終的にシナプス–小胞融合を引き起こす。

ナノカラムの概念は今後、その妥当性を検証し、拡張していくべきである。そのためには、シナプスの細胞接着タンパク質や細胞質の足場タンパク質などもっと多くのタンパク質を調べ、画像化法と遺伝子操作とを組み合わせて観察する必要がある。シナプス間をまたぐ調整やそれに関係するタンパク質の詳細は、シナプスのタイプや生物によって異なるということが明らかになるかもしれないが、ナノカラム構成モチーフは、シナプスを形作るための基本的かつ一般的な原則だと思われる。

翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161129

原文

Nanocolumns at the heart of the synapse
  • Nature (2016-08-11) | DOI: 10.1038/nature18917
  • Stephan J. Sigrist & Astrid G. Petzoldt
  • Stephan J. Sigrist & Astrid G. Petzoldtはベルリン自由大学生物学研究所およびシャリテ・ベルリン医科大学(ドイツ)に所属。

参考文献

  1. Chia, P. H., Li, P. & Shen, K. J. Cell Biol. 203, 11–22 (2013).
  2. Tang, A.-H. et al. Nature 536, 210–214 (2016).
  3. Ackermann, F., Waites, C. L. & Garner, C. C. EMBO Rep. 16, 923–938 (2015).
  4. Maglione, M. & Sigrist, S. J. Nature Neurosci. 16, 790–797 (2013).
  5. Matkovic, T. et al. J. Cell Biol. 202, 667–683 (2013).
  6. Fernández-Busnadiego, R. et al. J. Cell Biol. 201, 725–740 (2013).
  7. Deng, L., Kaeser, P. S., Xu, W. & Südhof, T. C. Neuron 69, 317–331 (2011).
  8. Han, Y., Kaeser, P. S., Südhof, T. C. & Schneggenburger, R. Neuron 69, 304–316 (2011).
  9. Rust, M. J., Bates, M. & Zhuang, X. Nature Meth. 3, 793–795 (2006).
  10. Nair, D. et al. J. Neurosci. 33, 13204–13224 (2013).
  11. MacGillavry, H. D., Song, Y., Raghavachari, S. & Blanpied, T. A. Neuron 78, 615–622 (2013).
  12. Kaeser, P. S. et al. Cell 144, 282–295 (2011).