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量子インターネットへの大きな一歩

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161008

原文:Nature (2016-07-28) | doi: 10.1038/535478a | Chinese satellite is one giant step for the quantum internet

Elizabeth Gibney

量子暗号で保護された通信網を構築できる人工衛星が世界各国で計画される中、世界初となる量子科学実験衛星を中国が打ち上げた。

酒泉衛星発射センターから打ち上げられた墨子号。 | 拡大する

STR/AFP/Getty Images

中国が世界初の量子科学実験衛星の打ち上げに成功した。今後、量子暗号通信衛星が続々と打ち上げられる可能性がある。

最初に続くのは、やはり中国の人工衛星であるかもしれない。中国は、これらの人工衛星を使って絶対に安全な通信網を構築し、世界のどこにいる人とでもつながれるようにする可能性がある。けれども、カナダ、日本、イタリア、シンガポールのグループも、宇宙での量子科学実験を計画している。

人工衛星を打ち上げたチームに参加している中国科学技術大学(安徽省合肥市)の物理学者Chaoyang Lu(陆朝阳)は、「競争になるのは確実でしょう」と言う。中国がこれまで打ち上げてきた一連の宇宙科学衛星の中で最も新しい重量600kgの人工衛星は、2016年8月16日に酒泉衛星発射センター(甘粛省)から打ち上げられ、中国の思想家・墨子にちなんで「墨子(Micius/Mozi)」号と命名された。この1億ドル(約100億円)のミッションには、中国科学院とオーストリア科学アカデミーが協力している。

量子暗号通信が安全なのは、誰かが通信を盗聴しようとすると、必ず送受信者に分かってしまうからである。どんな方法で盗聴しようとしても絶対に痕跡が残るため、送受信者は、光子列の偏光に情報をのせた暗号化キーを共有するなどの方法により、安全に秘密の通信をすることができる。

科学者たちはこれまでに、約300kmの距離を隔てた量子暗号通信の実証に成功している。光子は、光ファイバーや空気中を進む際に散乱または吸収される。その上、光子の量子状態は壊れやすく、それを保持しながら信号を増幅するのは非常に困難だ。中国の研究者たちは、光子がよりスムーズに進むことができる宇宙空間からそれを送ることで、より長い距離を隔てた通信が可能になると期待している。

「墨子」の心臓部には、どんなに遠く離れてもその量子的特性が絡まり合っている「量子もつれ光子対」を生成する結晶が搭載されている。その最初の仕事は、北京とウィーンの地上局に光子対を照射し、これらを利用して暗号化キーを生成することだ。

2年のミッション中には、1200km離れた粒子間にも量子もつれが存在し得ることを証明するために、統計的測定により「ベル(Bell)の不等式」を検証することも計画されている。量子論によれば、どんなに遠く離れた粒子間でも量子もつれは持続すると予測されているが、本当にそうなのか確かめようというのである。

研究チームは、量子もつれ光子対と、より従来的な手段で送られた情報を用いて、新しい場所に光子の量子状態を再構築する「量子状態のテレポーテーション」にも挑戦する。

「量子暗号通信衛星がうまく機能することが確認できれば、我が国は、同様の衛星をもっと打ち上げることになるでしょう」とLu。彼は、世界中で安全に通信できるようにするためには約20基の衛星が必要になるとみている。

中国以外のチームは、異なる方針で開発を進めている。シンガポール国立大学とストラスクライド大学(英国グラスゴー)の共同研究では、キューブサットという重さ5kgの安価な衛星を使って量子科学実験を行っている。研究チームが昨年打ち上げたキューブサットは、軌道上で「相関」した光子対を生成し、測定を行った。2017年には、完全な量子もつれ光子対を生成するデバイスを打ち上げたいと考えている。

プロジェクトを率いるシンガポール国立大学の物理学者Alexander Lingは、1基わずか10万ドル(約1000万円)のキューブサットにより、宇宙での量子暗号通信が手の届きやすい技術になると考えている。

カナダのある研究チームは、地上で量子もつれ光子対を生成し、その一部を重さ30kg未満の超小型人工衛星に照射することを提案している。カナダ量子暗号科学衛星(Quantum Encryption and Science Satellite;QEYSSat)チームの一員であるウォータールー大学(カナダ・オンタリオ州)の物理学者Brendon Higginsは、この手法は宇宙空間で光子を生成するよりも安価であると主張する。ただ、動いている人工衛星に光子を伝送するのは難しい。研究チームは、まずは飛行機に光子受信装置を設置して、このシステムを検証する予定である。

量子宇宙科学へのさらに単純なアプローチとしては、通常の人工衛星に反射装置などの単純な装置を追加するという方法がある。Paolo Villoresiが率いるパドヴァ大学(イタリア)の研究チームがこの手法を開発し、2015年、既存の人工衛星から地上に跳ね返ってきた光子が量子状態を保持していて、量子暗号への利用に十分な低い誤り率で受信できることを示した(G. Vallone et al. Phys. Rev. Lett. 115, 040502; 2015)。

研究者たちは国際宇宙ステーション(ISS)上で、1個の光子が持つ2つの独立の特性の状態を同時にもつれさせることで、テレポーテーションの信頼性と効率を向上させる量子実験を行うことも提案している。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の物理学者で、NASAと協力してISSプロジェクトを進めるPaul Kwiatは、これらの人工衛星システムは、通信の安全性を今よりも格段に向上させるだけでなく、世界中の量子コンピューターからなる「量子インターネット」あるいは量子クラウドコンピューティングの実現に向けた大きな一歩になるだろう、と言う。

宇宙での量子テレポーテーションは、将来的には、人工衛星からの光子をもつれ合わせて、地球サイズの有効口径と途方もない分解能を持つ分散型望遠鏡を作ることも可能にするだろう。「惑星を観察できるだけでなく、原理的には、木星の衛星に置いたナンバープレートを読むこともできるはずです」とKwiat。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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