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忘れられた大陸

中国で発見された化石人骨が、現生人類とその近縁種の進化をめぐる通説に挑戦状を叩きつける。

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DEAGOSTINI/GETTY

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161016

原文:Nature (2016-07-14) | doi: 10.1038/535218a | How China is rewriting the book on human origins

Jane Qiu

中国・北京市のはずれの周口店地区に、竜骨山という小高い石灰岩の山がある。山の北側の斜面には1本の道が伸びていて、その先のフェンスに守られた洞窟群には、小学生から高齢者まで毎年15万人もの見学者が訪れる。1929年、研究者たちはこの場所で、約50万年前のものと推定される、ほぼ完全な頭蓋骨を発見した。北京原人(現 ホモ・エレクトス・ペキネンシス)と命名されたその頭蓋骨は、当時見つかっていた化石人骨の中で最も古いものの1つであったため、人類の進化はアジアで始まったに違いないと多くの研究者に思わせた。

けれどもその後、北京原人の重要性は小さくなっていった。新しい年代測定法により、この化石は50万年前よりさらに古く、最大78万年前のものであることが明らかになったが、アフリカでさらに古い時代の化石人類が相次いで発見されたことですっかり影が薄くなってしまったのだ。こうしてアフリカは、現生人類やその祖先が誕生して世界中に広がっていった「人類発祥の地」としての地位を固め、アジアは人類進化の袋小路の1つへと格下げになった。

しかし、中国の研究者たちはその後も北京原人の物語を忘れることなく、現生人類との関係を解き明かそうと努力を続けてきた。古脊椎動物古人類学研究所(IVPP;北京)の古生物学者Xinzhi Wu(呉新智)は、「私たちの探究に終わりはありません」と言う。彼らは、北京原人とその仲間のホモ・エレクトスたちは死に絶えてしまったのか、それともより新しい種へと進化したのか、そしてまた、今日の中国人の遺伝子プールに寄与しているのかどうかについて、明らかにしたいと考えている。

中国では10年ほど前から、国内各地で初期人類の証拠を探して国民のルーツをたどることに力を入れている。中国人研究者たちは過去に発見された化石を分析しなおし、年間数千万ドル(数十億円)を注ぎ込んで発掘調査を行っている。中国政府は、化石人骨のDNAを抽出して塩基配列を決定するため、110万ドル(約1.1億円)を投じてIVPPに新たな研究室を開設している。

この投資が行われた時期は、アジアの化石人骨と他のヒト族(hominin)との関係に世界中の古人類学者の目が注がれるようになった時期と一致している。中国やアジアの他の地域で発見された化石人骨から、かつて多様なヒト属(Homo)がこの大陸を歩き回っていたことが明らかになり、人類進化の歴史をめぐる従来の通説に異議が投げかけられたのだ。

「西洋の科学者の多くは、アフリカと欧州で起きたことのプリズムを通してアジアの化石や考古学的遺物を見る傾向があります」とWuは言い、人類進化の研究において、両地域が歴史的に大きな注目を集めてきたのは、そこで発見された化石が古いことだけでなく、主要な古人類学研究機関に近いことも関係していると指摘する。「けれども、アジアで発見された化石や考古学的遺物の多くが人類進化の伝統的な物語に収まりきらないことが、徐々に明らかになってきているのです」とWu。

自然史博物館(英国ロンドン)の古人類学者Chris Stringerも、この指摘に同意する。「アジアは忘れられた大陸でした。人類進化におけるアジアの役割は、かなり過小評価されている可能性があります」。

進化の物語

ホモ・サピエンスの物語は、典型的にはアフリカから始まる。語り手によって細かい点に違いはあるが、主要な登場人物や出来事は基本的に同じである。そのタイトルはいつも『出アフリカ』だ。

この通説では、まずは200万年以上前にアフリカでホモ・エレクトスが進化した(「人類進化の2つのルート」参照)。その後、60万年前までにハイデルベルク人(ホモ・ハイデルベルゲンシス)という新種が誕生した(ハイデルベルク人の最古の化石はエチオピアで発見された)。約40万年前には、ハイデルベルク人の一部がアフリカを出て2つに分かれた。一方のグループは中東と欧州に到達してネアンデルタール人へと進化した。もう一方のグループは東に進み、デニソワ人へと進化した(デニソワ人は2010年にシベリアで初めて発見された)。アフリカに残ったハイデルベルク人は、20万年前にホモ・サピエンスへと進化し、6万年前にユーラシア大陸に広がって、先住のヒト族とわずかに交雑した後に置き換わった。

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ネアンデルタール人、デニソワ人、現生人類の共通の祖先であるかもしれないハイデルベルク人は、原始的な特徴と現代的な特徴を兼ね備えている。より古い系統の人類のように大きな眉弓を持ち、頤(下顎骨の先端部)がない一方で、ホモ・サピエンスのように歯が小さく、頭蓋が大きいのだ。そのため、ほとんどの研究者はハイデルベルク人やその近縁の化石人類を、ホモ・エレクトスからホモ・サピエンスへの過渡的な種として見ている。

残念ながら、人類の夜明けともいえるこの時代の証拠となる化石は非常に少なく、どのように理解すればよいのかよく分からないことが多い。アイオワ大学(米国アイオワシティー)の古人類学者Russell Ciochonも、人類進化の物語の中でここが最も理解が進んでいない部分だと言う。「けれども、人類の究極の起源を解明しようと思ったら、この部分が最も重要なのです」とCiochon。

さらに、この40年間に中国で発見された化石の分析により、アフリカのホモ・エレクトスから現生人類への一直線の進化という通説に疑問が生じてきたことが、物語をいっそう混乱させている。Wuによると、分析の結果は、ざっと90万年前から12万5000年前にかけて、東アジアにホモ・エレクトスとホモ・サピエンスの中間的な特徴を持つヒト族が生息していたことを示しているという。

「非常に不思議な化石です」とCiochonは言う。「明らかにホモ・エレクトスより進んだ種ですが、既知のどのカテゴリーにも分類できないように見え、その正体が分からないのです」。

Stringerをはじめとする一部の研究者は、過渡的な特徴を根拠に、これらの化石人骨をハイデルベルク人のものと考えている。最も古い化石は湖北省十堰市鄖陽区で発掘された2つの頭蓋骨で、90万年前のものと推定されているため1,2、Stringerは、ハイデルベルク人はアジアで誕生して、他の大陸に広がった可能性があるのではないかと考えている。

しかし、中国の古生物学者のほとんどを含めた多くの研究者が、中国の化石人骨は、欧州やアフリカのハイデルベルク人の化石と似ている点もあるものの、別の種のものだと主張している。陝西省渭南市大荔県で発掘された25万年前のほぼ完全な頭蓋骨は、ほとんどのハイデルベルク人の標本よりも大きな頭蓋と短い顔と低い頬骨を持ち3、より進化した種であることを示している。

中国ではこうした過渡的な形態が何十万年も続き、その後、一部の研究者がホモ・サピエンスに分類したような、現代的な特徴を持つ種が現れた。これらのうち最も新しいものの1つは、2007年にIVPPの古人類学者Liu Wu(刘武)らによって発掘された2本の歯と1つの下顎骨で、約10万年前のものである4。広西チワン族自治区の智人洞窟で発見されたこの顎骨は、典型的な現生人類の顎骨のように見えるが、つくりが頑丈で、頤があまり突出していないなど、北京原人に近い原始的な特徴もいくつか残っている。

中国の古生物学者のほとんど(と、西洋人の少数の熱烈な支持者)は、こうした過渡的な化石は、北京原人が現代のアジア人の祖先であることの証拠と考えている。「人類多地域進化説(multiregionalism)」あるいは「交雑を伴う連続(continuity with hybridization)」として知られるこのモデルでは、アジアのホモ・エレクトスに由来するヒト族がアフリカやユーラシア大陸の他の地域からやってきたグループと交雑し、その子孫から現代の東アジア人の祖先が生まれたと考える、とWuは言う。

中国では、この説を裏付ける考古学的遺物も出土している。欧州やアフリカでは、時間の経過とともに石器は大きく変化していったが、中国のヒト族は約170万〜1万年前まで同じタイプの単純な石器を使用していた。IVPPの考古学者Gao Xing(高星)によれば、これは中国のヒト族が外部集団からの影響をほとんど受けずに連続的に進化したことを示唆しているという。

政治的思惑?

欧米の研究者の一部は、中国の古生物学者が連続性を主張するのはナショナリズムのにおいがすると批判する。ある研究者は、「中国人は、ホモ・サピエンスがアフリカで進化したという説を受け入れません。彼らは全てが中国由来であってほしいのです」と言う。

一方、中国人研究者たちはこうした指摘を否定する。Wuは、「ナショナリズムとは何の関係もありません。過渡的な化石と考古学的遺物という証拠があるから、そう考えるというだけの話です。全ての証拠が、中国でホモ・エレクトスから現生人類までの連続的な進化が起きたことを示唆しているのです」と言う。

しかし、「交雑を伴う連続」モデルに対しては、現生人類がアフリカに起源を持つことを示唆する圧倒的な遺伝子データという反証がある。中国の現代人集団の研究から、その遺伝子の97.4%がアフリカから来た現生人類の祖先に由来していて、それ以外の部分はネアンデルタール人やデニソワ人などの絶滅したヒト族に由来していることが分かっている5。復旦大学(中国・上海)の集団遺伝学者Li Huiは、「中国のホモ・エレクトスから大きな寄与があれば、遺伝子データに表れるでしょう」と言う。これに対してWuは、中国の古いヒト族のDNAはまだ抽出・分析されていないため、その遺伝的寄与が見落とされているのだろうと反論する。

多くの研究者は、「交雑による連続」説に頼ることなくアジアの既存の化石を説明する方法があると言う。例えば、智人洞窟のヒト族は、12万~8万年前にアフリカを出た初期の現生人類なのかもしれない。オックスフォード大学(英国)の考古学者Michael Petragliaは、これまでの説では、このグループは中東の地中海東部に残っていたとされていたが、東アジアに広がっていた可能性がある、と言う。

この仮説を裏付ける証拠は、他にもある。中国の湖南省道県の洞窟での発掘調査により出土した47個の歯の化石は非常に現代的で、現代人に生えていてもおかしくないような歯に見える。けれどもLiuらの去年の報告によると、これらは少なくとも8万年前、もしかすると12万年前のものであるという6Nature ダイジェスト 2015年12月号「中国で出土した歯が示す、初期人類の旅」参照)。「こうした初期の移住者が、アジアに来る途中やアジアに着いた後で古い人類集団と交雑したと考えれば、智人洞窟の人々の原始的な特徴を説明することができます」とPetraglia。

もう1つの可能性は、陝西省の大荔県で発見された頭蓋骨を含む中国の化石の一部が、謎に包まれた「デニソワ人」のものであるということだ。デニソワ人は、シベリアの4万年以上前の化石から特定された種である。デニソワ人がどのような姿をしていたかは不明だが、古生物学者がその歯や骨から抽出したDNAを調べたところ、現生人類、特にオーストラリアのアボリジニやパプアニューギニア人やポリネシア人のゲノムに寄与していることが明らかになっている(Natureダイジェスト 2014年2月号「デニソワ人に見つかった未知の絶滅人類の痕跡」参照)。従って、デニソワ人がアジアをうろついていたとしても不思議はない。

ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の古人類学者Maria Martinon-Torresは、中国のヒト族化石の一部はデニソワ人だったと提案している研究者の1人である。彼女はIVPPの研究者と協力して、河北省許家窰で発見された12万5000~10万年前の顎の一部と9本の歯を分析し、その結果を2015年秋に発表している7。その臼歯は大きく、根が非常にしっかりしていて、複雑な溝がある点で、デニソワ人の歯によく似ている、と彼女は言う。

第3の説は、さらに大胆だ。Martinon-Torresらは、世界各地の5000個以上の歯の化石を比較した結果、ユーラシア大陸の標本同士の類似は、ユーラシア大陸の標本とアフリカの標本の類似よりも大きいことを明らかにした8。この研究と、化石頭蓋骨のより最近の解釈は、ユーラシア大陸のヒト族が長期にわたってアフリカのヒト族とは別個に進化したことを示唆している。研究者たちは、180万年前にアフリカを出た最初のヒト族が、その後、現生人類を生み出したと提案する。彼らの子孫の多くは気候のよい中東に定住し、その後、過渡的なヒト族の波を世界各地に広げていった。ユーラシア大陸に進出したグループの1つはインドネシアに行き、もう1つのグループからはネアンデルタール人とデニソワ人が生じ、第3のグループはアフリカに戻ってホモ・サピエンスへと進化し、それが後に世界中に広がったという。このモデルでは、現生人類はアフリカで進化したが、その直接の祖先は中東に起源を持つことになる。

しかし、全ての人がこの説を信じているわけではない。 マックス・プランク進化人類学研究所(ドイツ・ライプツィッヒ)の古遺伝学者Svante Pääboは、「化石の解釈は多くの問題をはらんでいます」と言う。ここで、人類が誕生した時代のユーラシア大陸の化石からDNAを抽出することができれば、どの物語(または、その組み合わせ)が正しいかを明らかにするのに役立つはずだ。中国は今、その方向に動いている。Pääboの下で博士号を取得した古遺伝学者のQiaomei Fu(付巧妹)は、2015年に中国に帰国し、化石人類のDNAを抽出して塩基配列を決定する研究室をIVPPに設立した。彼女の当面の目標の1つは、中国の化石の一部がデニソワ人のグループに属しているかどうかを確認することだ。河北省の許家窰で発見された大臼歯は初期の研究対象であり、「アジアのヒト族化石の謎を解くカギになると思います」と彼女は言う。

曖昧な全体像

中国の化石記録にはさまざまな解釈があるものの、アジアにおける人類進化の物語が、これまで考えられていたよりもはるかに興味深いことについては、全ての研究者が同意している。ただ、アジアで発掘調査を行った研究者が少なすぎて、その詳細は曖昧なままだ。

これまでにアジアで行われた発掘からは、驚くべき成果が得られている。2003年にはインドネシアのフローレス島で発掘調査が行われ、小柄なヒト族が発見された9。研究者はこれをフローレス人(Homo floresiensis)と名付け、「ホビット」というあだ名をつけた。さまざまな特徴を奇妙に兼ね備えたフローレス人はホモ・エレクトスが小型化したものなのか、それとも、アフリカからはるばる東南アジアにやってきて、つい6万年前までそこに住んでいた、より原始的な系統の人類なのかをめぐって議論が繰り広げられている。2016年6月には、フローレス島からさらに意外な報告があった。研究者たちが約70万年前の岩石の中からホビットのようなヒト族の化石を発見したのだ10Nature ダイジェスト 2016年9月号「ホビットの祖先? 小型成人の骨発見」参照)。

アジア各地からもっと多くの化石を掘り出すことができれば、ギャップを埋めるのに役立つはずだ。多くの古人類学者は、既存の化石や考古学的遺物を研究しやすくしてほしいと願っている。現時点では、湖北省の鄖陽区や陝西省の大荔県で発掘された頭蓋骨のような最高品質の標本を含めて、中国の化石の大半は、数人の中国人古生物学者とその共同研究者しか研究できないようになっている。「化石のレプリカやCTスキャンデータが一般の研究者に提供されるとよいのですが」とStringer。さらに、化石の出土地点の年代は、もっと厳密に、できれば複数の手法で測定するべきだという声もある。

とはいえ、地球上で最大の大陸であるアジアには人類の物語を解明するためのカギがもっとたくさん埋もれているはずだという点では、全ての研究者の意見が一致している。「重心は東に動いています」とPetragliaは言う。

(翻訳:三枝小夜子)

Jane Qiuは北京在住のライター。

参考文献

  1. Li, T. & Etler, D. A.Nature 357, 404–407(1992).

  2. Vialet, A. et al. Comptes Rendus Palevol. 9, 331–339 (2010).

  3. Wu, X. & Athreya, S. Am. J. Phys. Anthropol. 150, 141–157 (2013).

  4. Liu, W. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 107, 19201–19206 (2010).

  5. Hu, Y. et al. Preprint at http://arxiv.org/ abs/1404.7766 (2014).

  6. Liu, W. et al. Nature 526, 696–699(2015).

  7. Xing,S., Martinón-Torres, M., Bermúdez de Castro, J. M., Wu, X. & Liu. W. Am. J. Phys. Anthropol. 156, 224–240 (2015).

  8. Martinón-Torres, M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 104, 13279–13282 (2007).

  9. Brown, P. et al. Nature 431,1055–1061(2004).
  10. van den Bergh, G. D. et al. Nature 534, 245–248 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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