News

初のCRISPR臨床試験は中国のチーム

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161009

原文:Nature (2016-07-28) | doi: 10.1038/nature.2016.20302 | Chinese scientists to pioneer first human CRISPR trial

David Cyranoski

中国の研究チームが、肺がん患者での遺伝子編集細胞試験の実施を承認された。

拡大する

dla4/istock/thinkstock

中国の科学者たちが、CRISPR–Cas9遺伝子編集法で改変した細胞を人体に注入する「世界で最初」の研究チームになろうとしている。四川大学華西医院(中国・成都市)の腫瘍学者You Lu(盧鈾)率いる研究チームは、肺がん患者でその細胞を試験するための倫理的承認を2016年7月6日付で受け、翌8月には試験を開始するという。

この計画は、同じくがん治療用のCRISPR–Cas9改変細胞を使った臨床試験を計画する米国の研究チームに先行することになる。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア州)で免疫療法の臨床研究を行うCarl Juneは、「この前進に胸が躍ります」と話す。

別の遺伝子編集法を用いた臨床試験は、Juneが進めた1件を含めて複数行われ、HIV患者の治療に役立っているが(Natureダイジェスト 2016年2月号「医療現場に押し寄せる遺伝子編集の波」参照)、CRISPRを利用するものはこれまで行われていない。米国の研究チームによる臨床試験計画は、2016年6月に米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)の審議会による承認を受けているが、米国食品医薬品局(FDA)と大学の審査委員会からのゴーサインがまだ出ていないのだ。同チームの研究者は、実施は2016年末になるだろうと話す。

今回の中国の臨床試験で対象とするのは、転移性非小細胞肺がんの患者の中でも化学療法や放射線治療など他の治療法が奏効しなかった症例だ。「この技術は患者への利益という点に関して極めて有望です」とLuは話す。

染色体の切断

Luらは、T細胞と呼ばれる免疫細胞を患者の血中から取り出し、CRISPR–Cas9法で細胞の特定遺伝子をノックアウトする。CRISPR–Cas9法は、染色体上の特定の塩基配列を識別することができる分子のガイドと、その場所で染色体を切断することができる酵素とを組み合わせる技術だ。標的の遺伝子はPD-1と呼ばれるタンパク質をコードしている。通常PD-1は、T細胞の免疫応答発動能力を抑制する「ブレーキ」として働く(Natureダイジェスト 2014年7月号「長い低迷期を抜けた免疫療法」参照)。

遺伝子を編集した細胞は、実験室で増殖させて患者の血流中に戻す。研究チームは、その細胞ががんに集まっていくことを期待している。米国の臨床試験計画も同様にPD-1の遺伝子をノックアウトするものだが、さらに2つの編集を行う。T細胞に備わっている抗原受容体遺伝子のノックアウトと、がん抗原を認識する受容体遺伝子の挿入で、T細胞にがん抗原を優先的に認識させる狙いだ。

2015年、FDAは、抗体を利用してPD-1を遮断する肺がん治療法を2件承認した。一方、遺伝子編集によりPD-1がノックアウトされたT細胞は、抗体よりも確実にPD-1を阻害すると期待されている。細胞を増殖させることで、腫瘍に対する免疫応答を高めることができると考えられるからだ。

ただしCRISPR–Cas9は、ゲノム中の狙った場所とは異なる「不適切な場所」を編集してしまう場合があり、有害な作用を生じ得ることがよく知られている。Luの研究チームに属する華西医院の腫瘍学者Lei Deng(鄧磊)によれば、細胞を患者に戻す前に、中国のバイオテクノロジー企業であり今回の臨床試験に協力するMedGenCell生物科技有限公司(中国・成都市)がその細胞を調べ、正しい遺伝子がノックアウトされていることを確かめるのだという。

中国のチームの手法は種々の免疫応答に関与するT細胞を非特異的に標的とするため、自己免疫応答を誘発し、血中を循環するT細胞が腸や副腎などの健常組織を攻撃し始めかねないと、スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)で免疫療法の臨床試験を行っているTimothy Chanは懸念する。腫瘍部位のT細胞ならばすでにがんの攻撃に特化していると思われるため、代わりにそれを採取するのがよいのではないかと彼は言う。

しかしDengによれば、今回の臨床試験で標的とする肺がんの腫瘍は容易には取り出せないのだという。また、FDAが承認した抗体療法に高率の自己免疫応答は認められておらず、研究チームは心配していない、とDengは説明する。

安全第一

第1相試験は、何よりもまず、その方法が安全かどうかを確かめるようにデザインされており、そこでは3通りの用量による治療法の効果を調べる。Dengによれば、最初は1例に限って徐々に用量を増やし、注意深く副作用をモニタリングすることで少しずつ試験を進め、最終的に10例の患者で確かめる計画なのだという。また研究チームは、それと並行して、治療法が効果を上げていることを示す血中マーカーも注視する。

北海道大学(札幌市)の生命倫理学者である石井哲也によれば、中国はCRISPRに関して、時として速すぎるくらいの素早い展開で評判になっているという。

Luによれば、これだけ迅速に進めることができたのは、Luらにがん治療の臨床試験の経験があったためだという。半年を要した審査のプロセスには、病院の内部審査委員会(IRB)との緊密なやりとりがあった。「押し問答の繰り返しでした」とLuは振り返る。NIHが別のCRISPR臨床試験を承認したことが、「この試験に関する我々と我がIRBの自信を深めたのです」とLuは付け加える。

Juneは、「中国が生物医学研究に高い優先順位を与えている」ため、中国のグループが先頭に躍り出たことに驚きはないと話す。今回の臨床試験は、CRISPR分野において中国がヒト胚やサルに続き一番乗りをした事案として最新のものになるのだろう、と石井はみている。「遺伝子編集となれば中国が先頭に立ちます」と石井は言う。

しかし、Luはまだ慎重だ。「我々が一番になれたらうれしいですが、それよりも、臨床試験から前向きなデータが得られる方が重要です。そうなってほしいと思います」とLuは語る。

(翻訳:小林盛方)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度