News Feature

「温故知新」で医薬品開発

創薬コストの高騰を受け、既存の承認薬や開発が途中で中止になった化合物を対象に、新たな適応疾患を探し出して製品化する「ドラッグ・リポジショニング」と呼ばれる取り組みが盛んになっている。

拡大する

SERGE BLOCH

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161021

原文:Nature (2016-06-16) | doi: 10.1038/534314a | Can you teach old drugs new tricks?

Nicola Nosengo

2010年、オックスフォード大学(英国)の薬理学者Grant Churchillのもとに、Justyn Thomasという1人の若い医師が医学研究をしたいと言ってきた。医学研修の一環として、Churchillの薬理学研究室で短期研修を行うことを選んだのだ。その医師は、「商売道具」となる薬のことを短期間で学べるような仕事をやりたいのだという。「そこで私は心の中でつぶやきました。『君にぴったりのプロジェクトがあるよ』とね」とChurchill。

Churchillのチームは当時、双極性障害(躁うつ病)をリチウムを使わずに治療する方法を探しているところだった。リチウムは双極性障害に効く場合が多いが、望ましくない副作用がいくつかある。そこでChurchillはThomasに、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)の臨床コレクション(NCC)にある450種類の化合物全てをスクリーニングしてくれるよう頼んだ。NCCは、ヒトでの安全性試験にはパスしたが、さまざまな理由で製造・販売に至らなかった薬剤のライブラリーである。「その仕事は座ってできますし、さほど労力もいりません。ですから、誰でもやってみるかという気持ちになりますよ」とChurchillは話す。

Thomasは、それぞれの化合物を、細菌で満たされたペトリ皿にピペットで数滴注いでいった。それらの細菌は、リチウムで抑制されるヒト酵素、イノシトールモノホスファターゼを作り出すよう遺伝子操作されていた。そして最終的に、1つの化合物がヒットした。もともとは脳卒中経験者を対象に開発されていた化合物「エブセレン」が、問題の酵素の働きを抑制したのだ。このことからChurchillらは、エブセレンが双極性障害にリチウムと同程度の効果をもたらす可能性を示唆した1。その後Churchillらは、マウスでの実験から、血液脳関門(脳を保護している化学的障壁で、通過できるのはごく少数の化合物だけ)をエブセレンが通り抜けられることを明らかにし、さらに、小規模な臨床試験を行って、エブセレンが健常者で安全に使えることを示した2

Churchillのチームは現在、製薬企業と組んで、双極性障害治療薬としてのエブセレンの臨床試験を行おうとしている。エブセレンは、すでに安全性に関する第1相試験で安全性を確認済みなので、この段階をスキップすることができ、双極性障害に対する薬効を調べる第2相試験にすぐに入ることになる。この第2相試験や、リチウムよりも有効かどうかを見るのに必要な大規模で厳重な臨床試験で、エブセレンがいい結果を出せない可能性もあり、Churchillはそのことを十分承知している。しかし彼はすでに、チームがこれまで成し遂げた成果に満足している。「我々は民間企業から資金提供を受けない学術研究チームとして、予算が非常に限られた中でこの分子を特定し、ヒト臨床試験までこぎつけることができたのです」とChurchill。

この種の話は現在ますます一般的になっている。つまり、ある疾患の治療のために開発・製品化された薬剤や、開発が途中で中止された薬剤を、別の疾患の治療に再利用する「ドラッグ・リポジショニング(DR;ドラッグ・リパーパシングともいう)」という戦略が、製薬業界でも学術研究界でも次第に重要になっているのだ。こうした取り組みのヒントになったのは、いくつかの古典的なサクセスストーリーである。その1つが、狭心症の治療薬として1989年に開発されたシルデナフィルで、これは現在、バイアグラという名称で販売されて勃起不全の治療に使われている。また、アジドチミジン(AZT)は、当初の目的であった抗がん剤としての効果は得られなかったが、1980年代になって抗HIV薬として有効なことが明らかになった。

こうした過去の成功例は「セレンディピティー」、つまり研究者の勘や強運に頼ったものだったが、現在では徐々に、候補分子を系統的に探索するやり方に移行している。これは、技術の進歩のおかげでもある。例えば、疾患同士の分子レベルでの類似性を明らかにできるビッグデータ解析や、そうした類似性を生かせる化合物を予測するための演算モデル、さまざまな細胞株で多数の薬剤を短時間で試験できるハイスループットのスクリーニングシステムなどだ。

しかし、製薬業界を動かした本当の推進力は経済的な問題だ。1つの薬剤を製品化するには、現在だと平均して13〜15年、20億〜30億ドル(約2000億〜3000億円)はかかる。しかも、コストは上昇し続けており、開発費用当たりの薬剤の年間承認件数は、過去10年間を見ても横ばいか減少している3(「イールームの法則」を参照)。少なくとも1つの国で承認されている薬剤は約3000種類あるので、別の症状に適応できるとなれば膨大な潜在的資源となるだろうし、臨床試験が中断したままの数千種類の薬剤も同様の資源となる。おそらく、それらの多くはエブセレンと同様に第1相臨床試験をスキップすることができ、第2相以降で重い副作用が明らかになるリスクもかなり低くなると思われるので、全く新規の化合物と比べて開発コストを大きく削減できるだろう。一部の見積もりからも、1つの薬剤のリポジショニングによってコストを平均3億ドル(約300億円)に削減でき、開発期間も約6年に短縮できることが示唆されている。「私の印象では、リポジショニングが理論的に可能な薬剤の割合は、おそらく75%ほどです」と、医学研究推進の支援組織FasterCures(米国ワシントンD.C.)の上級研究員で、NIHの国立先端トランスレーショナル科学センター(NCATS;メリーランド州ロックビル)の諮問機関メンバーであるBernard Munosは話す。

拡大する

SOURCES: J. W. SCANNELL ET. AL. NATURE REV. DRUG DISCOV. 11, 191–200 (2012); CYTHERA PHARMACEUTICALS

ただしMunosは、実際はこの割合がもうちょっと低い可能性があることを認めている。薬剤のリポジショニングの場合、新たに適応対象とする疾患について第2相、第3相の臨床試験をパスしなくてはならないからだ。それぞれの段階まできた全ての化合物のうち、第2相で68%、第3相で40%が脱落する。また多くの薬剤には経済的障壁があり他社の参入を阻んでいるが、例えばすでに特許が切れている薬剤なら、製薬企業は手を引いてしまうかもしれない。「DRの成功が見込めるプロジェクトはあるのかと問われれば、もちろんあると言えます。では、DRは利益の上がるビジネスモデルとして系統的に機能できるのでしょうか。私にはそうは思えません」と、ファイザー社の研究開発部門の元最高責任者で、現在は医療技術研究企業のピュアテック社(PureTech;米国マサチューセッツ州ボストン)の代表社員であるJohn LaMattinaは話す。

とはいえ、現在ではDRに関する論文が科学分野の学術誌に毎月約30本掲載されており、2011年の6倍にあたるペースである。2015年には、この分野に特化した学術誌Drug Repurposing, Rescue and Repositioningも発刊された。また、DRに特化した企業も毎年3〜4社誕生している。さらに、一部の見積もり4によれば、リポジショニング対象となって規制当局の承認過程まで進む薬剤の数も増えつつあり、年間に承認される全薬剤のうち約30%がこれに相当する可能性があるという。

「我々が話していることを他のみんなに説明しなくてはならない段階は過ぎました」と、DRに特化した約40社の1つであるバイオビスタ社(Biovista;米国バージニア州シャーロッツビル)の最高責任者Andreas Persidisは言う。「DRはもう、認知された分野であり、多くの人々がこの時流に乗ろうとしています。つまり、時代はすでに、科学のトレンドの典型的な第2段階に入っているのです」。

出発点

DRの対象に最もしやすいのはジェネリック医薬品だ。何年も前から販売されており、安全特性もよく分かっていて、当初の特許はすでに切れているため臨床試験で使うのも容易で安価である。また、ジェネリック医薬品が別の疾患への新たな処方を必要とする場合には、新規の特許取得が認められたり、あるいは米国食品医薬品局(FDA)によって3年間の独占販売権が認められたりする可能性がある。そのため、ジェネリック医薬品はいまだに企業にとってDRの魅力的なターゲットなのである。

例えばバイオビスタ社の場合だと、まず初めに、ジェネリック化合物に関して、科学論文や特許からFDAがまとめた有害事象データベースに至るまで、入手可能な公開情報全てを自動検索する。次に、携帯電話のソーシャルネットワークに似たものを構築し、薬剤や分子的経路、遺伝子、その他の生物学的に関係のあるものの間に見いだされた関連性を全てマッピングする。そのマップで、1つの疾患と共通の結合をより多く持っている薬剤があれば、DRの候補として期待できるということだ。

バイオビスタ社はこの方法で、ロシアで開発されて現在も利用されているジェネリック抗うつ薬「ピルリンドール」が、多発性硬化症の治療薬候補として可能性があることを突き止めた。ピルリンドールは、マウスモデルで多発性硬化症の進行を遅らせることが明らかになっており5、ヒトでの概念実証研究にもうじき進もうとしている段階だ。バイオビスタ社は、ピルリンドールに関してだけでなく、多発性硬化症の別の治療薬候補や、てんかんの治療薬候補、3つの抗がん剤候補についても新たな特許を取得済みである。

ジェネリック医薬品とは別のDR候補の情報は、臨床現場にいる医師からのものだ。「どの薬剤でも、数年間販売されていれば、承認された適応疾患以外での使用が20例くらいはあります。そのうち3分の2は開業医によるものです」と、アリエル大学(イスラエル)に2015年に開設された世界初の学術的なDR研究センターの1つの所長であるMoshe Rogosnitzkyは話す。「しかし、適応外使用を実際に行った医師以外、そうした情報を知りません。臨床医は適応外使用の結果をなかなか発表できませんからね」。

そこでRogosnitzkyらは、イスラエルと他の12の国々にいるそうした開業医らを体系的にカバーし、報告されたそれぞれの効果について作用機序の解明に取り組み、臨床医が特許権保護を受けたり、さらなる試験の資金を集めたりするのを助けている。また、より多くの人が適応疾患以外でも薬剤を使えるように手助けもしている。Rogosnitzkyらは、狭心症のジェネリック医薬品であるジピリダモールをドライアイ疾患治療薬としてリポジショニングする第2相臨床試験を、2017年7月に開始させる予定だ。ドライアイは、骨髄移植を受けた患者によく見られる合併症で、涙液が減って視力が落ちる危険性がある。

見捨てない

それら以外にDRにぴったりの候補は、臨床試験が中止となった多数の薬剤だ。その大半は、臨床試験の第1相(健常者での安全性評価)はパスしているが、動物での試験と同じ効果がヒトで見られないために第2相をパスできていない。「ヒトと動物で生物学的活性や安全性が変わらない化合物は、そう多くありません。ですから、これらの化合物の他の薬効を何とか見つけ出したいですね」と、コーネル大学ウェイル医学校(米国ニューヨーク)の神経科学者Gregory Petskoは話す。問題は、これらの化合物が、エブセレンのような既存薬とは違って、製薬企業の「引き出し」にしまい込まれたままになりがちなことだ。

「企業が分子を見放す際にアナウンスすることもありますが、多くの場合は告知などしません」と、2000年にHMファーマコンサルタンシー社(HM Pharma Consultancy;本社オーストリア・ウィーン)を設立した生化学者Hermann Muckeは言う。同社は現在、開発や製造が中止になった化合物を探し出すビジネスを展開している。「ですから、我々は多数の資源をモニターして、開発がすぐに中止された薬剤や、開発の開始がアナウンスされたが結果の公表がない臨床試験を探しています」。DRの余地がありそうだと感じると、Muckeらはその薬の所有者に連絡をとり、さらなる試験や開発を行えるよう、また結果的に得られた全ての利益を分け合うという取引をまとめようと働きかける。また彼らは、承認済みだが製造が終わっている薬剤や、開発途中で見捨てられた薬剤に関するデータベースも作っているところだ。「我々は現在、自社で使うためにデータベースを開発していますが、もし投資者が見つかれば、これを公開リソースにしたいと思っています」とMuckeは話す。

その種の公開リソースがまだない中で、英国の医学研究会議(MRC)と米国のNCATSがどちらも、主要な製薬会社と協定を結んだ。企業が開発途中で見捨てた化合物について、DRが実現可能かどうかを学術研究者らが検討するための十分な情報を公開してくれるよう、企業を説得したのだ。「これらの情報を使えば学術研究者はもっと調査できるはずなのに、実際には行われていません。その理由は単に、製薬企業が何をやっているのかを学術研究者が知らないからです」と、NCATSのDR活動の責任者を務めるChristine Colvisは話す。

MRCのプログラムが公式に目指す目標は、疾患の生物学的特性の解明を支援することだが、同プログラムが資金提供している研究グループの多くは最終的に、興味深いDR研究も行うようになる。例えば、マンチェスター大学(英国)の医師で科学者でもあるJacky Smithは、本来は胸焼け用の薬として開発された化合物が、慢性の咳に悩む人々に役立つかどうかを調べるために試験中である。

一方で、NCATSのプログラムには批判もある。「一部の研究チームが一部の薬剤にアクセスできるようになったという点では良いのでしょうが、我々を含む大多数の者は置き去りにされています」とPetskoは話す。「また、それらのリストにある化合物が本当に、最も興味深い化合物だという保証はありません」。NCATSは2013年に、9つのプロジェクトに1270万ドル(約12億7000万円)を投じており、そのうち8つは第2相試験まで進んでいる。その中には、かつて乾癬治療薬として使われ、現在は禁煙療法薬として試験されている化合物や、糖尿病薬としての効果はなかったがアルコール依存症の治療薬として復活できるかもしれない化合物、抗がん剤としては失敗したが現在はアルツハイマー病の治療薬候補になっている化合物などがある。今から1年後には、これらの研究の最初の成果が発表され、もし全てがうまくいけば、少なくともいくつかの薬剤はさらに先の試験段階に進むだろうとColvisは話す。その一方で、NCATSは2015年に、次のプロジェクト群に対して200万ドル(約2億円)を投入している。

形勢を一変させる

Munosによれば、DRは長期的には、1990年代にデジタル音楽が大手レコード会社の足元を揺るがしたのと同様に、大手製薬会社のビジネスモデルを崩壊させてしまうかもしれないという。「現在のDRの取り組みが、市場による承認という一連の流れに乗り始めて、多数の小規模な企業が数百万ドルで薬剤を開発できるようになったとき、従来の大手企業との間に興味深い競争がいろいろと生じるでしょう」とMunosは言う。

しかし、そうした楽観論を全員が抱いているわけではない。「紙の上でうまくいくDRプロジェクトの全てが実際に実現可能なわけではありません」と、ニューメキシコ大学(米国アルバカーキ)のバイオインフォマティクス研究者で、この分野を監視しつつ自身もDR研究を行っているTudor Opreaは話す。彼によれば、例えば、命に関わる疾患では許容できる副作用が、慢性疾患では許容できない場合もある。また、「安全性試験にパスしているためコストが削減できる」というDRの標準的なビジネスケースが当てはまるのは、適応疾患が変わっても投与量と投与方法がほぼ変わらない場合だけである。もし、新たな適応疾患に対して投与量をかなり増やす必要があるなら、また第1相試験から行わねばならない。そうなると結局、新しい分子を開発するのと同程度の開発コストがかかってしまうのではないかとOpreaは言う。

ピュアテック社のLaMattinaは、DRのビジネスチャンスが支持派の言うほど多いか疑わしく思っている。企業が新しい1つの分子について検討する場合、複数の薬効を見込んで、多様な疾患や細胞種を対象にして幅広く試験するのが普通だからだ。そのため、ある薬剤が予想された薬効以外の興味深い薬効を持っていたとしても、製薬企業の研究者がとっくにそれを見つけているだろう。「企業がこうしたビジネスチャンスを全て見過ごしていると思うなら、ちょっと考えが甘いですね」と彼は話す。「DRを成功させられると思っているのは、主に、学問の世界にいて、製薬業界でどんなことが行われているかを知らない人たちです」。

一方、バイオビスタ社のPersidisによれば、多くの企業は、自社だけでDRから利益を得るにはあまりに専門化しすぎているという。例えば、神経疾患について専門の知識・技術や市場への浸透度はあるが、腫瘍についてはそれらを持ち合わせていない企業もある。ある薬剤を1つの分野から別の分野に引っ越しさせるための戦略を、企業が持っていない場合もあるだろう。「そこで、我々のような人間がビジネスとして請け負います。大規模な製薬企業では実際に、所有する薬剤を外部のパートナーに別の角度から検討してもらうことを重要視しています」とPersidis。

結局のところDRとは、新しい分子の発見を代替するものではなく補完するものだと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)のバイオインフォマティクス研究者Atul Butteは話す。「我々はむしろ、新分子の発見とDRの両方を行っていく必要があるのです」と彼は言う。「現代医学では、1つの疾患が実際には5〜10種類の疾患だと明らかになることも多くなっています。それら全てを治療するための新薬を開発するには、製薬企業の力だけでは不十分なのです」。

(翻訳:船田晶子)

Nicola Nosengoはローマ在住のフリーランスライター。

参考文献

  1. Singh, N. et al. Nature Commun. (2013).
  2. Singh, N. et al. Neuropsychopharmacology 41, 1768–1778 (2016).
  3. Scannell, J. W., Blanckley, A., Boldon, H. & Warrington, B. Nature Rev. Drug Discov. 11, 191–200 (2012).
  4. American Chemical Society. International Year of Chemistry 2011: Activities Report of the American Chemical Society (ACS, 2011)
  5. Lekka, E., Deftereos, S. N., Persidis, A., Persidis, A. & Andronis, C. Drug Discov. Today Ther. Strateg. 8, 103–108 (2011).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度