News & Views

細胞分裂の際に染色体がくっつかないのはなぜ?

Credit: SCIEPRO/SPL/Getty

DNAは、遺伝情報を担ったひも状の物質のようにイメージされることが多いが、実際にはタンパク質に巻き付いて凝集している。この構造体は、染色体と呼ばれ、物理学や化学の研究対象とされることの多い、高密度の高分子材料に似ている。染色体の物理学的性質や化学的性質は細胞分裂(有糸分裂)の際に特に重要となる。染色体(クロマチン)は、核内でほぐれた状態で存在しているが、有糸分裂の際にはコンパクトに凝集し、2つの娘細胞に正確に分配される。しかし、有糸分裂時の染色体凝縮や染色体構造の個別化の仕組みは、1世紀以上にわたる研究にもかかわらず理解が進んでいなかった。このたび、オーストリア科学アカデミー分子生物工学研究所およびウィーンバイオセンター(オーストリア)のSara Cuylenらは、Ki-67と呼ばれるタンパク質が、有糸分裂の際に染色体の表面を覆い、凝集した染色体同士がくっつかないようにする障壁として機能していることを、Nature 2016年7月14日号308ページに報告した1

有糸分裂の最初の段階である前期に、複製が終わった染色体は、太い繊維に凝縮し始める。次の前中期では核を囲む膜が崩壊するが、それぞれの染色体はくっつくことなく細胞質で隔たれて存在している。中期になると、染色体は細胞の赤道面に並ぶ。この状態は、有糸分裂紡錘体と呼ばれる微小管を基盤とする構造が、1本1本の染色体に結合することで引き起こされる。有糸分裂の後期には、染色体は紡錘体によって分裂中の細胞の両極に移動する。

染色体凝縮を引き起こす分子はおのおのの染色体を識別できるわけではないため、核膜の崩壊後は、染色体は互いに離れて存在できず、集まって塊になってしまうこともあり得る。というのも、細胞内には、P顆粒や核小体などのRNA–タンパク質(RNP)構造体をはじめ、多分子で構成される複合体が他にもたくさん存在し、それらは互いに接触して脂質のように合体することが示されているからだ2

今回Cuylenらは、染色体が細胞質に放出された際に互いにくっつかないでいられるのはどのような細胞機構によるのか明らかにしたいと考えた。そこで、細胞からさまざまなタンパク質を除去した際の影響を、自動化した生細胞画像化法により解析した。1000種類以上の候補タンパク質について調べたところ、染色体の分離の際に重度の異常を示したのはKi-67を欠損する細胞だけだった。Ki-67欠損細胞では、染色体は1本1本が独立した棒状の構造には見えず、互いがくっついて、一定の形を持たない塊になった。こうして塊となった染色体は、形成中の有糸分裂紡錘体に組み込まれにくくなり、有糸分裂の進行が阻害された。

Ki-67は、染色体の表面に結合することが以前から知られていた大きなタンパク質だ3。細胞生物学では増殖マーカーとして使われており、がん診断の際には腫瘍細胞の増殖能の評価に用いられている。では、Ki-67は、有糸分裂の際にそれぞれの染色体を別々に維持するためにどのような役割を担っているのだろうか?

Cuylenらは、Ki-67は強い正電荷を持つタンパク質であるため、不規則な構造をとる部分が多いと予測した。また、Ki-67の中央の領域あるいはアミノ(N)末端領域のアミノ酸の置換・欠失を行っても、染色体の分離への影響はほとんどあるいは全くないのに対し、カルボキシ(C)末端は染色体の分離に不可欠であることも明らかにした。

Cuylenらはさらに、単純だがよく設計された一連の画像化実験を行い、Ki-67は染色体表面上に存在していて、染色体にはC末端を介して結合していること、N末端はブラシの毛のように細胞質に突き出していることを示した(図1)。さらに、染色体表面上のKi-67の量と各染色体の平均間隔には正の相関があることを観察によって明らかにした。なお、Ki-67が最も多量に存在する際の染色体間の距離は約1µmであった。従って、Ki-67は染色体表面にブラシの毛のように並んで、染色体同士を分離させた状態に保つ、物理的かつ静電的な障壁となっていると考えられる。

図1 Ki-67タンパク質は染色体同士がくっつかないように働いている
細胞の有糸分裂過程では、染色体(高密度の棒状の形)は互いに離れて存在している。Cuylenらは、染色体がKi-67タンパク質によって隔てられていること、つまりKi-67が多量の正電荷を持つブラシとして機能し、一方の末端で染色体に結合して、正電荷を持つKi-67タンパク質を細胞質に伸ばすことで、他の染色体を遠ざけていることを示した1。Ki-67を欠損した細胞では、染色体同士がくっついて塊になり、細胞分裂が遅延する(REF. 1から改変)。

Ki-67の挙動は、界面活性剤の挙動に類似している。界面活性剤は、表面または界面(物質の境の面)の諸性質を変化させる挙動にちなんで名付けられ、そうした分子は、Ki-67のように両末端の親和性が異なる(両親媒性)。例えば、生物において広く見られる両親媒性リン脂質は、電荷を持つ末端は親水性で、炭水化物末端は親油性である。同じ性質を持つ末端同士もくっつくことができるため、これにより細胞膜のようなリン脂質二重層の形成を引き起こす。界面活性剤は、より一般的には、界面に集合し、液滴や粒子が凝集体を形成するのを防ぐために使われている4

タンパク質には、その界面活性作用を介して生物学的機能を担うものがあることは知られていた。例えば、リポタンパク質複合体は、肺の肺胞構造がくっついてつぶれないよう維持している5。Cuylenらの研究は、タンパク質が細胞内でも界面活性剤として機能して、大きな高分子複合体を安定化していることを示している。細胞内には、RNP構造体や大きなシグナル伝達複合体などの膜を持たない構造体がたくさん存在する。界面活性作用を持つタンパク質は、そのような他の構造においても、同様に複合構造維持機能を担っている可能性がある。Ki-67は、細胞周期の分裂期以外には核小体に存在している。核小体では細胞のタンパク質合成装置が組み立てられるため、Ki-67はこの際にも界面活性剤として未知の役割を担っていると考えられる。おそらくは核小体の表面張力を調整するのに役立っていて、核小体内での構造体の形成を促進しているのだろう6

Cuylenらの今回の成果は、今後の研究の進め方にいくつかの道筋をつけた。Ki-67はなぜ、染色体が細胞質に存在するときにだけ機能を発揮し、染色体が核内に存在する細胞分裂前期には働かないのかは、まだ分かっていない。また、前期染色体の凝縮や個別化7の基礎となる機構が、どうやってKi-67の組み立てや機能に統合されるかも分かっていない。染色体DNAは負電荷を持つため、正電荷を持つタンパク質を引きつけると考えられる。にもかかわらず、正電荷を持つKi-67が自己集合してブラシのような構造を組み立てて、負電荷を持つ染色体表面から離れて存在していることは特に興味深い。また、静電的相互作用が起こるのはナノメートルスケールの距離であることを考えると、Ki-67の量を増加させると染色体間の距離が最大で1µmほど離れる仕組みを正確に明らかにすることも興味深い事象といえる。こうした染色体に関するさまざまな疑問は、間違いなく多くの研究者の頭から離れないだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161032

原文

A sticky problem for chromosomes
  • Nature (2016-07-14) | DOI: 10.1038/nature18904
  • Clifford P. Brangwynne & John F. Marko
  • Clifford P. Brangwynneはプリンストン大学 (米国ニュージャージー州プリンストン)、 John F. Markoはノースウェスタン大学 (米国イリノイ州エバンストン)に所属。

参考文献

  1. Cuylen, S. et al. Nature 535, 308–312 (2016).
  2. Bergeron-Sandoval, L. P., Safaee, N. & Michnick, S. W. Cell 165, 1067–1079 (2016).
  3. Verheijen, R. et al. J. Cell Sci. 92, 531–540 (1989).
  4. Rosen, M. J. Surfactants and Interfacial Phenomena 3rd edn (Wiley, 2004).
  5. Griese, M. Eur. Resp. J. 13, 1455–1476 (1999).
  6. Feric, M. et al. Cell 165, 1686–1697 (2016).
  7. Goloborodko, A., Imakaev, M. V., Marko, J. F. & Mirny, L. eLife (2016).