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ヒトの鼻から新規抗生物質

空気の取り入れや異物の除去、においの感知など、さまざまな役割を担うヒトの鼻の中では、抗生物質を介した細菌間の競争も繰り広げられているらしい。 Credit: Cristian Bortes/Moment/Getty

探し求めていた新たな抗生物質は、まさに目と鼻の先(厳密には鼻の中)で見つかった。ヒトの鼻腔内に生息する、とある細菌が作り出す抗生物質が、命に関わりかねない薬剤耐性菌のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を死滅させることが、マウスおよびラットを使った実験で示されたのである。

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)はヒト常在菌の1つで、約3人に1人が鼻腔内に保有しているが、通常、特に問題が生じることはない。一方、黄色ブドウ球菌の1系統であり多くの抗生物質に耐性を示すMRSAの保菌は、100人に2人の割合で見られ、時に血流中に入り込んで深刻な感染症を引き起こし、命を奪うこともある。MRSA感染による死亡者の数は、米国だけで年間1万1000人に上るという。

このたび、チュービンゲン大学(ドイツ)の微生物学者Andreas Peschelらは、ヒトの鼻腔から単離したブドウ球菌属の細菌、スタフィロコッカス・ルグドゥネンシス(Staphylococcus lugdunensis)の産生する「ルグドゥニン(lugdunin)」と呼ばれる分子が、MRSAの定着を防ぐだけでなく、主要な病原菌に対して殺菌効果を示し、さらには黄色ブドウ球菌に耐性を生じさせない傾向があることを明らかにし、Nature 2016年7月28日号511ページで報告した1

Peschelらの研究チームが、入院患者187例についてサンプリングを行ったところ、鼻腔内にスタフィロコッカス・ルグドゥネンシスを持つ患者は、この細菌を持たない患者と比べて、黄色ブドウ球菌の保菌率が6分の1であることが分かった。これは、スタフィロコッカス・ルグドゥネンシスに黄色ブドウ球菌の増殖を抑える能力があることを示唆している。つまり、この細菌が産生する抗生物質を用いれば、黄色ブドウ球菌がヒトの鼻腔内に定着しないようにするための予防薬――例えばスプレー式点鼻薬など――を開発することも可能になるだろう。スタフィロコッカス・ルグドゥネンシスをもともと保菌している人の割合は約9%だという。

新たな希望

抗生物質はほとんどが低分子で、細菌細胞内の化学反応を取り仕切る酵素タンパク質を攻撃する。これに対し、今回発見されたルグドゥニンはより大型で特異な構造を持ち、細胞膜に関与すること以外はまだ十分に解明されていない独特の作用機序で働いているようだ。こうした新規な作用機序によって、耐性の獲得が妨げられている可能性がある。実際、研究チームが試験管内の黄色ブドウ球菌に最小発育阻止濃度以下のルグドゥニンもしくは他の抗生物質(リファンピシリン)を加えて連続継代培養を行ったところ、リファンピシリンに対してはわずか数日で耐性が生じたのに対し、ルグドゥニンに対しては30日間が経過しても耐性の出現は確認されなかった。「変異株が自然発生することはありませんでした」とPeschelは語る。

ジョージ・ワシントン大学(米国ワシントンD.C.)の感染症臨床医John Powersは、ルグドゥニンがゆくゆくはヒト用の実用的な抗生物質になるのではないかと期待する。だが、耐性が出現しないという傾向は、あくまで試験管での結果にすぎないため、ルグドゥニンが人体内でどのように働くのかを確かめる必要がある、と指摘する。

新たな抗生物質の探索は、一般に土壌細菌を対象に行われる。ヒトのマイクロバイオームからも、膣内細菌由来の抗生物質「ラクトシリン(lactocillin)」などが得られているものの、数はごくわずかだ。

今回のPeschelらによるルグドゥニン発見も偶然のたまものであって、最初から新しい抗生物質を探していたわけではなかった。彼らは、「ヒトの鼻腔」という本来の生息環境にいる黄色ブドウ球菌について研究していたのだ。「黄色ブドウ球菌をうまく制御するには、まずその生活様式を理解しなければなりません。そのために、私たちは競争相手となる細菌にも注目したのです」とPeschelは説明する。研究チームはヒトの鼻腔に生息する90種に及ぶ細菌をスクリーニングし、スタフィロコッカス・ルグドゥネンシスだけがMRSAを死滅させることを見いだした。

Peschelらがマウスの皮膚に黄色ブドウ球菌を感染させて、ルグドゥニン軟膏の有効性を調べたところ、この軟膏は皮膚の表面だけでなく、より内層まで入り込んだ黄色ブドウ球菌をも死滅させた。また、黄色ブドウ球菌の鼻腔定着についての研究で確立されたモデル動物であるコットンラット(Sigmodon hispidus)の鼻腔内にスタフィロコッカス・ルグドゥネンシスを噴射し、これら2細菌を共存させたところ、黄色ブドウ球菌の数は大幅に減少した。

ルグドゥニンは、MRSAに加え、グリコペプチド系抗生物質(バンコマイシンやテイコプラニンなどの、細胞壁の合成阻害作用を持つ抗生物質)に中等度の耐性を示す黄色ブドウ球菌や、バンコマイシンに耐性を示すエンテロコッカス属(Enterococcus)の細菌も死滅させた。

ノースイースタン大学(米国マサチューセッツ州ボストン)の微生物学者Kim Lewisによれば、細菌による抗生物質産生が同じ群集内に共存する競争相手の抑制と明確に結び付けられたのは、これが初めてだという。Lewisは、今回の論文の解説記事News & Viewsの共同執筆者である。

「ちょっとした驚きでしたね。細菌が、マイクロバイオーム中での競争に抗生物質を重要なツールとして使っているだなんて、通常は考えませんから」とLewisは語る。

Peschelらは現在、ルグドゥニンのヒト用医薬品への応用について、関心を寄せている複数の企業と話をしているところだという。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161003

原文

The nose knows how to kill MRSA
  • Nature (2016-07-27) | DOI: 10.1038/nature.2016.20339
  • Anna Nowogrodzki

参考文献

  1. Zipperer, A. et al. Nature (2016).