老化を制御し、予防する
図1:哺乳類における老化・寿命制御の組織間コミュニケーションの概念図 視床下部がコントロールセンター、それを調節するのが脂肪組織(モジュレーター)。
視床下部からのシグナルは骨格筋へと伝わり、他の臓器に何らかの作用をもたらす(エフェクター)と考えられるが現在解明中。それぞれの組織でNAD+によるサーチュインの活性化という反応が重要と考えられている。なお、脂肪組織の脂肪細胞内にあるNAMPT(iNAMPT)は血中に分泌されるとeNAMPTとなり、それがNMNの合成を促進する。NMNは脳血液関門を通って視床下部でのNAD+合成を賦活化し、それがサーチュインを活性化すると考えられる。
–– サーチュインの働きを2000年に発見されたのですね。
今井: 1980~90年代は、老化・寿命が遺伝子によって制御されていると分かり始めた時代でした。現在サーチュインと呼ばれる遺伝子が酵母の変異体において発見されていたのですが、その機能は長らく不明でした。
遺伝子による老化制御の仕組みを日本で研究していた私は、同様の研究を進めていたマサチューセッツ工科大学(米国)のレオナルド・ガレンテ教授の研究室に移り、彼と一緒に研究を進めた結果、サーチュインが老化と寿命の制御に極めて重要な役割を果たしていることを発見しました。この成果は、2000年2月、Natureに発表しました1。
この論文をきっかけに、サーチュインと老化の研究が世界中で爆発的に進みましたね。現在では、サーチュイン遺伝子はさまざまな生物が共通に持ち、カロリー制限などの飢餓刺激に対する応答を制御することで生物の老化を遅らせる効果をもたらすことが示されています。
2001年に私はワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)で独立したのですが、ガレンテ教授とは同じ分野で協力しながら研究を続けてきました。2人で、この分野を切り開いてきたと思っています。
–– サーチュインの詳細な機能について教えてください。
今井: 私は、サーチュイン遺伝子から作られるタンパク質(酵母ではSir2、哺乳類ではSIRT1)が、それまでに前例のない脱アセチル化酵素であることを突き止めました。この酵素は、他のさまざまな遺伝子の発現を制御するスイッチとして働くことができます。そして、その酵素活性が生体のエネルギー代謝の状態に連動していることを発見したのです。これが、2000年の論文の要旨です。
つまり、遺伝子発現制御とエネルギー代謝という、それまで別々と考えられていた過程が、互いに関連付けられ、それが老化・寿命の制御に重要であることが明らかになったのです。私たちが発見したこの点は非常に重要で、世界中の研究者が驚いたというわけです。
–– 2011年に反論が出たようですが……。
今井: 線虫とハエでは、サーチュインで寿命が伸びないというNature論文ですね。その後、他の研究者たちが最初の結果を再現し、実験条件の違いによる問題にすぎないことが判明したので、解決したといっていいと思います。
現在、サーチュインが寿命を伸ばす効果は、酵母、線虫、ハエに続き、哺乳類でも確認されています。私たちは2013年にマウスで実証しました。老化・寿命の制御におけるサーチュインの働きは確固たるものとなっているのです。
脳がコントロールセンター
–– 老化におけるサーチュインの機能をさらに詳しく解明されましたね。
今井: サーチュインが持つ酵素活性の名称は、NAD+(ニコチナミドアデニンジヌクレオチド)依存性タンパク質脱アセチル化酵素といいます。NAD+というのは、エネルギー代謝(電子伝達系)の「通貨」のような基本的な物質で、生体の至る所で働いています。サーチュインは、NAD+を使って、染色体のヒストンに作用して遺伝子をオン・オフしたり、他のさまざまなタンパク質を活性化させたりする機能を持っています。
私たちはまず、老化制御において、サーチュインとNAD+がどこで活性化されることが最も重要なのか、探ることにしました。その結果、脳の視床下部と呼ばれる領域が最も重要であることを、2013年に突き止めました2。同時期に、他の研究グループも全く別の研究から同じ結論に達し3、視床下部が、老化・寿命を制御するコントロールセンターだと分かったのです。
–– さらに複数の組織の重要性も報告されていますね。
今井: 視床下部の他に、脂肪組織4と骨格筋での働きが重要だと分かってきました(図1)。
視床下部と脂肪組織の間では、相互にコミュニケーションがあり、フィードバックによる制御が見られます。そして、視床下部でのサーチュインの機能を活性化させるのは、脂肪組織からのシグナルだと分かったのです。
例えば、マウスに飢餓刺激を与えると、視床下部のNAD+量が下がります(すわなち、サーチュインの活性が低下)。すると、脂肪組織からNAD+合成を制御している鍵酵素が分泌されて、遠隔性に視床下部のNAD+合成を促進(サーチュインの活性が上昇)するといった具合です。脂肪組織は、視床下部でのサーチュインの機能が一定に保たれるように調節する役目(モジュレーター)を負っているのではないかと私は考えています。
–– 体のどこの脂肪組織なのですか。
今井: 内臓脂肪だと思われます。痩せ過ぎよりも少し小太りの方が健康的だと耳にすることがあるかもしれませんが、この発見はその根拠の1つとなるかもしれません。
–– 骨格筋については?
今井: 脳でサーチュインを人為的に活性化(強制発現)させると、骨格筋が若く保たれることが分かっています。調べてみると、視床下部から交感神経系を通じ、骨格筋にシグナルが送られることを見つけました。骨格筋の働きについては、今さらに詳しく解析しているところです。
興味深いのは、脂肪組織でも骨格筋でも、NAD+が重要な働きをしていること。サーチュインの研究を進める中で私はますます思うのですが、老化・寿命と代謝の制御は、NAD+を介して全身的に統合されているのではないでしょうか。私はこういう仮説を立てて、「NADワールド」と呼んでいます。そして、多数の組織間コミュニケーションが働いて、個体としての全体的な老化がダイナミックに制御されているのだろうと考えています。
老化と病気の関係
–– 体のいろいろな組織や細胞は年を重ねるとともに機能が落ちて老化していくと思うのですが、生体全体の老化は制御されているということなのでしょうか。
今井: 私たちの体には、それぞれの年齢において体全体の生理学的な状態が一定に保たれるようなシステムが働いています。例えば甘い物を食べたら血糖値は一時的に上昇しても、一定値に戻るといったように。でも年を取ると、その能力が低下して、血糖値が上昇したりする。そして、あるときシステムが崩壊したら、寿命が尽きるわけです。体のシステムを安定に保つ能力が変化していく過程を調べるのが、私たちの研究です。
–– システムが崩壊するまで、うまく制御できれば、いわゆる健康寿命が保てるかもしれないのですね。
今井: そうなのですよ。だから老化・寿命がどのように制御されているか、その仕組みを知る研究が必要なのです。
今、世界中で発想の逆転が起こっており、病気を1つ1つ研究して予防策を講じていくよりも、多数の病気のリスク因子である老化そのものを研究して予防策を講じれば、複数の病気をまとめて予防でき、効率的だろうと考えるようになったのです。老化研究はそうした「予防医学」あるいは「先制医療」の点からも注目されているのです。ただ、残念ながら、日本は、そうした流れの中で、かなり後塵を拝しています。日本は長寿国家ですから、医療費を抑制する上でも重要だと思うのですが。
–– 老化を予防する物質としてNMNが話題ですね。
今井: NHKの番組が私たちの研究を取り上げたときに、NMN(ニコチナミド・モノヌクレオチド)について触れたら、すごい反響だったようです。先ほど脂肪組織のシグナルが視床下部に送られると言いましたが、脂肪組織からは、NAMPT(ニコチナミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)というNAD+合成の鍵酵素が血中に分泌されます。この酵素それ自体は、脳内に入るための脳血液関門を通過できませんが、その反応産物のNMN(NAD+合成の中間代謝産物)は脳に入って、NAD+合成を賦活化し、その結果、サーチュインが活性化するのです。
詳しいことはまだこれからなのですが、NMNをマウスに投与すると、老化によって現れるいろいろな生理機能の低下が改善されることが分かっています。
–– NMNには期待がかかりますね。
今井: 現在NMNは、ヒトでの安全性などを研究する段階にあります。生体物質なので、薬というよりも、サプリメントとして実用化される可能性が高いかもしれません。
2014年、今井教授の50歳の誕生日を、ラボのメンバーが祝ってくれた。勤続10年以上のベテランのラボ・マネージャー、テクニシャン、スタッフサイエンティストをはじめ、全員がそれぞれのテーマを持って研究を進めている。自身の若い頃を振り返り、「好きなことにしか夢中になれなかった」と語る今井教授は、ラボのメンバーに対しても、それぞれが夢中で取り組めるテーマを自分自身で決められるように、時間をかけて議論し合うのがポリシー。そして、「折にふれ、みんなのやる気を盛り上げるのが私の役目」という。
すでに欧米で広く用いられている複数の病気に予防効果のある薬としては、アスピリンがあります。大腸がんや循環器系疾患などいくつかの病気の予防効果が証明されており、店頭で自由に買えます。
サプリメントにしても薬にしても、大事なことは、科学的作用機序が明確に解明され、かつ、予防に使えるかどうかが臨床試験できちんと検証されていることです。
–– ご自身の研究から何か日常の生活に反映されたことは?
今井: NAD+は概日リズムを刻んで、ヒトの場合には午前中に上昇します。そのリズムを崩さないために、朝食をたっぷり取り、夕食は少なめにするよう生活習慣を変えました。一昨年(2014年)、50歳を迎えたことですし(笑)。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
今井 眞一郎(いまい・しんいちろう)
ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)医学部教授。
1989年慶應義塾大学医学部卒。93年同大学大学院博士課程修了し、助手。97年マサチューセッツ工科大学生物学部 ガレンテ研究室ポスドク。2001年ワシントン大学医学部 助教授、08年に准教授、13年より現職。
「大学生のときから老化のメカニズムに興味を持ち、研究室で実験させてもらっていました。未開拓分野に踏み込む研究なら、ジャーナルのインパクトファクターにこだわる必要はないと思っています。年月を追うごとに重要性が増すような研究をしたいですね」。
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160121
参考文献
- Imai, S, et al. Nature 403, 795–800 (2000).
- Satoh A, et al. Cell Metab. 18, 416–430 (2013).
- Zhang G, et al. Nature 497, 211–216 (2013).
- Yoon MJ, et al. Cell Metab. 21, 706–717 (2015).
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