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抗がんウイルス製剤が間もなく市場に

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160114

原文:Nature (2015-10-29) | doi: 10.1038/526622a | Cancer-fighting viruses near market

Heidi Ledford

がん治療薬として米国で初めて、ウイルス製剤T-VECが承認された。欧州もそれに続くとみられる。

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がんに対する免疫応答を誘導する遺伝子改変ヘルペスウイルス製剤が、この種のものとしては欧州と米国で初めて、治療への使用を認可される運びとなった。2015年10月23日、欧州医薬品庁(EMA)の諮問委員会は、進行性黒色腫を治療するための遺伝子組換えウイルス製剤「タリモジーン・ラハーパレプベック(talimogene laherparepvec:T-VEC)」の承認を推奨した。米国食品医薬品局(FDA)の諮問委員会もすでに同年4月に同様の推奨をしており、FDAは10月27日に同薬剤を承認した。

T-VECと同様の腫瘍溶解性ウイルスの臨床試験は現在、数十件が進行中であり、今回の承認によって、腫瘍溶解性ウイルスの開発をさらに進めるのに必要な多くの関心と資金が集まるのではないかと研究者らは期待している。「腫瘍溶解性ウイルスの時代が来たといえます」と、メイヨークリニック(米国ミネソタ州ロチェスター)のがん研究者で血液専門医のStephen Russellは話す。「今後2、3年の間にいろいろな動きがあると思いますよ」。

多くのウイルスは選択的にがん細胞に感染する。悪性腫瘍は正常な抗ウイルス応答を抑制する場合があり、また時には、腫瘍増殖を促進する変異によってウイルスに感染しやすくなる場合もある。そのため、ウイルス感染によって、隣接する健康な細胞を傷害せずに腫瘍を破壊できるのだと、創薬企業オンコリティクス・バイオテク社(Oncolytics Biotech;カナダ・カルガリー)の社長Brad Thompsonは説明する。

初期の試み

1世紀以上も前から医師らは、がん患者がウイルス感染症にかかった後にがんが寛解に至る場合があることに気付いていた。ウイルスで腫瘍を溶解するという戦略は、この現象に基づいている。1950年代と1960年代には、それらの症例報告から着想を得た医師らが実際に天然のウイルスをがん患者に注入して治療を試みたところ、腫瘍が破壊できた場合もあれば、がん患者本人が死んでしまった場合もあった。

現在では、一部の抗がんウイルス製剤には遺伝子操作による調整が慎重に施されている。例えばT-VECには、疱疹を生じる能力を大幅に低下させるような改変がなされている。また、免疫応答を促して抗がん効果をさらに高めるタンパク質の遺伝子も導入されている(「ウイルスでがんを攻撃」参照)。

この分野に多くの研究者が参入して小規模な臨床試験を始めた結果、非常に興味深い逸話がいろいろ出てきた。Russellは、2014年に報告したある骨髄腫患者の例を話してくれた。その女性患者は額の左側に腫瘍があり、それが直下の骨を破壊して突き抜け、脳を圧迫していた。幹細胞移植を2回受けても状態が悪いままであったが、実験的ウイルスを投与したところ完全寛解に至った(S. Russell et al. Mayo Clin. Proc. 89, 926–933; 2014)。「彼女は、ウイルスによる腫瘍溶解という概念が現実に有効な治療法となり得ることを我々に確信させてくれた、大事な患者の1人です」と彼は話す。

しかし、薬剤の承認を左右するのは、そうした逸話ではなく統計学的な数値だ。2005年に中国の規制当局は、頭頸部がんを治療するための「H101」と呼ばれる腫瘍溶解性アデノウイルス製剤を承認した。これは、H101の投与で腫瘍を縮小させられる可能性を示す証拠が提出されたからだが、それらの臨床試験は患者生存率が上昇するという評価に至る前に終了している(米国のFDAの承認には多くの場合、この種の評価が必要である)。中国ではその後、H101投与を希望する国外の人々を対象に医療目的の渡航を扱うメディカル・ツーリズム産業が育った。

2015年5月には、世界最大手のバイオテクノロジー企業であるアムジェン社(米国カリフォルニア州サウザンドオークス)の支援を受けた研究チームが、T-VECの大規模臨床試験から有望な結果を得たことを報告した(R. H. Andtbacka et al. J. Clin. Oncol. 33, 2780–2788; 2015)。このウイルス製剤は、進行性黒色腫患者の腫瘍を縮小させ、なおかつ患者生存率を中央値にして4.4カ月延ばした。しかし、生存率の上昇は統計学的に有意といえるぎりぎりの数値でしかなかった。「統計学的な有意性とはいったい何なのか、という疑問が生まれました。T-VECは有効なのでしょうか、そうでないのでしょうか」とRussell。

ただ、Russellも他の研究者と同様に、T-VEC製剤は腫瘍に直接注入する必要があるが、体内の他の場所にあるがんも抑制するようだと指摘する。そうした逸話は、臨床試験の結果が本物であり、T-VECが目的どおりに免疫応答を誘発した証しだと、Thompsonは話す。

改良の余地

T-VEC投与はがん免疫療法と併用することで特に効果が得られるのではないかと、ダナ・ファーバーがん研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)のがん専門医Stephen Hodiは話す。2014年6月には、アムジェン社による小規模な臨床試験で、免疫療法単独よりもこの併用法の方が有効性が高まる可能性が示唆された。

また、T-VECの改良策も継続的に検討されている。研究者が特に注力しているのは、T-VECを全身に行き渡らせる方法で、1回だけの注入ではT-VECの送達が難しい臓器内の腫瘍も標的にできるようにすることが狙いだ。それを実現するには、体がT-VECへの免疫応答をすぐに発動しないようにする方策が必要になるだろうと、ラトガース大学ニュージャージーがん研究所(米国)のがん研究者Howard Kaufmanは話す。T-VECが腫瘍細胞に到達してそれを死滅させる前に、免疫応答によってT-VECが無効化される可能性があるからだ。

腫瘍溶解性ウイルスの研究者らは現在、全身への効果を得ようと、さまざまな種類のウイルスで実験を行っている。その中には、ポックスウイルスや、ラブドウイルス科の水疱性口内炎ウイルス(ヒトには通常感染しないが畜牛で水疱形成疾患を引き起こす)などがある。オンコリティクス・バイオテク社は現在、特定の血液細胞に乗り込んで免疫系の監視を逃れつつ体内をヒッチハイクするウイルスを研究中である。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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