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炭素を大気から取り出す技術が事業化目前

大気中の二酸化炭素を捕捉する、カーボン・エンジニアリング社の実証プラント。 Credit: CARBON ENGINEERING

気候変動の解決策としてさまざまな方法が提案されてきたが、大気を取り込んでそこから二酸化炭素を直接分離・回収することは、その中でも非現実的な部類に入ると考えられていた。しかし今、2つの企業が、この方法で二酸化炭素を処理する能力を大きく向上させ、商業化の手前までこぎつけた。カーボン・エンジニアリング社(カナダ・カルガリー)は、大気中から抽出した二酸化炭素を原料にしてディーゼル燃料を製造し、地元のバスの燃料にしようとしている。また、クライムワークス社(Climeworks;スイス・チューリヒ)は、抽出した二酸化炭素を顧客企業に販売することを計画しており、さらにその顧客企業は、二酸化炭素を利用して温室内の作物の成長を促進しようと計画している(編集部註:クライムワークス社も、2014年11月に大気中の二酸化炭素からディーゼル燃料を作るプラントをドイツのアウディ社とサンファイヤー社と共同で開設し、2015年4月には本格稼働を開始したと発表している)。

この技術によって削減できる炭素排出量は微々たるものだ。けれども、カーボン・エンジニアリング社の執行役会長であるハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の物理気候学者David Keithは、自分たちの炭素捕捉プラントは、大気中の二酸化炭素を直接捕捉する技術全般に対する評価を大きく変えるだろうと言う。中でも彼が強調するのは、今回の新しいプラントによって、二酸化炭素の捕捉から再生までのプロセスを初めて一貫して遂行できるようになったことだ。

他の人々もこの進展を喜んでいる。カリフォルニア大学バークレー校のバークレー・エネルギー気候研究所にある炭素除去センター(米国カリフォルニア州バークレー)のセンター長Noah Deichは、「彼らが商業規模の試作品にたどり着いたことは、これ以上ないほど励みになります」と興奮気味だ。

すでに、精油所や発電所など世界各地の10カ所以上の施設が、自分たちが排出する煙道ガス(煙道を通って大気中に出ていくガス)から数百万トンの二酸化炭素を捕捉している。しかし、大気中の二酸化炭素濃度は煙道ガス中よりはるかに低いため、二酸化炭素の抽出は非常に困難だ。大気中から炭素を直接捕捉するアイデアは以前からあったが、小規模な実証プロジェクトの形でしか実現していなかった。

2015年10月9日、カーボン・エンジニアリング社は、カナダのブリティッシュコロンビア州スコーミシュで新しいプラントを正式に稼働させた。このプラントは1日に約1トンの二酸化炭素(一般的な車が約5000km走行したときに排出する二酸化炭素の量と同程度)を捕捉して処理することができる。同社のこれまでの実証プラントでは最初の段階である捕捉しかできず、気体の二酸化炭素を再生できなかったことと比べると、今回のプラントは格段に進歩している。

新しいプラントでは、ファンを使ってタワーに空気を通していく。タワーには水酸化カリウム溶液が入っていて、これが二酸化炭素と反応すると炭酸カリウムができる。二酸化炭素を除去された空気は大気中に放出される。溶液は、捕捉した二酸化炭素を分離すれば、捕捉溶液として再利用することができる。現在、一連の過程には電力が使われているが、Keithによると、ブリティッシュコロンビア州の電力は主に水力発電によって賄われているという。カーボン・エンジニアリング社は、当面は捕捉した二酸化炭素を再放出する予定だが、2015年10月上旬、ブリティッシュコロンビア州から43万5000カナダドル(約3900万円)の資金提供を受けて、捕捉した二酸化炭素から地元のバスの燃料を生産する可能性を評価することになったと発表した。

一方、クライムワークス社は、2015年10月上旬に英国のオックスフォードで開催された温室効果ガスの捕捉に関する会合で、二酸化炭素の捕捉を商業規模で開始する計画を発表した。同社のプロセスエンジニアAnca Timofteによると、スイスのヒンヴィールにある同社のプラントは、2016年中頃から年間1000トンの二酸化炭素の捕捉を開始するという。

カーボン・エンジニアリング社のDavid Keith会長。 Credit: ELIZA GRINNELL/SEAS, HARVARD

クライムワークス社の技術はカーボン・エンジニアリング社の技術に似ている点もあるが、炭素捕捉プラントがプロジェクトパートナーの焼却施設に設置される点や、粒状の吸着剤に二酸化炭素を捕捉させる点で異なっている。この説明では、大気中から炭素を直接捕捉するシステムではないように思われるかもしれないが、実はこのシステムは、焼却施設から排出されるガスそのものからではなく、プラントの近くの空気から二酸化炭素を除去する。焼却施設からの廃熱は、粒状の吸着剤が捕捉した二酸化炭素を放出させるのに利用され、吸着剤は再利用される。

同社はこのようにして作った二酸化炭素をゲブリューダー・マイヤー社(Gebrüder Meier;スイス)に販売する契約を結んでいて、ゲブリューダー・マイヤー社は、温室で栽培する作物の生産量を増やすのにこれを利用する予定である。クライムワークス社は飲料メーカーも顧客になるのではないかと考えている、とTimofteは言う。

オックスフォードでの会合を組織したオックスフォード大学(英国)の地球工学者Tim Krugerは、カーボン・ネガティブなエネルギーの生産を目指すオリジェン・パワー社(Origen Power:英国オックスフォード)の社長である。彼は、こうした企業が規模を拡大して利益を出そうとするときに大きな問題になるのは、二酸化炭素の買い手を見つけることだと言う。また、大気中の二酸化炭素を捕捉する事業を営む企業が、二酸化炭素や関連生成物を、幅広い顧客が魅力を感じるような価格で提供できるようになるかどうかも分からない。

米国物理学会(APS)が2011年に発表した報告書では、大気中から年間100万トンの二酸化炭素を除去できる大規模な炭素捕捉システムでも、1トンの二酸化炭素を捕捉するコストは最低でも600ドル(約7万2000円)になると見積もられていた。けれどもクライムワークス社は、APSの報告書の例より規模は小さいものの、自分たちのプラントは稼働し始めた年からその程度の価格を実現できるだろうと言う。同社はさらに、技術の進歩とともにコストは下がると予想している。一方Keithは、カーボン・エンジニアリング社のプラントで作られる二酸化炭素は高価だが、それが試作品であることを強調する。彼によると、現在計画中の大規模なプラントでなら、1トンの二酸化炭素の価格を100~200ドル(約1万2000〜2万4000円)にするのも夢ではないという。

こうした企業が、従来の方法で製造される安価な二酸化炭素(1トン当たり数十ドルという安さの場合もあれば、もっと高い場合もある)と価格面で競争することができなくても、別の要因から、大気中から捕捉した二酸化炭素への需要が生まれる可能性がある。炭素税が導入されれば、大量の炭素を排出する企業は、税金の支払いを逃れるために、別の企業に有料で二酸化炭素を処理してもらうようになるかもしれない。ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)で低炭素技術の研究をしている工学者のNilay Shahは、世界が完全なカーボン・ニュートラル(二酸化炭素の発生と固定を制御し、地球上の二酸化炭素を一定量に保つという概念)を目指すなら、大気中の二酸化炭素を捕捉する技術の役割は絶対に有用だと言う。

気候変動を緩和しようとするなら、二酸化炭素を発生源で抑制することに集中するべきだ。けれども、現実的に考えて、大気中に排出する前に二酸化炭素を捕捉できないケースは多い。「自動車や家庭用ボイラーから出る二酸化炭素を捕捉するなどの話になると、コストはもっと高くなります。その場合は、大気中から二酸化炭素を捕捉する方がお得かもしれません」とShah。

Keithは、自分たちの会社だけで気候変動を阻止できるとは思っていないと強調する。「大気中の二酸化炭素の直接捕捉については、魔法の解決策だと言う人と、たわごとだと言う人に分かれていて、どちらも譲りません」と彼は言う。「本当は、そのどちらでもないのに」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160112

原文

Firms that suck carbon from air go commercial
  • Nature (2015-10-15) | DOI: 10.1038/526306a
  • Daniel Cressey