News & Views

ヒトiPS細胞から作製した腎臓オルガノイド

Credit: Anastasiia-Ku/iStock/Thinkstock

腎疾患はますます一般的になっているが、腎疾患に有効な腎移植のための臓器は不足している。この解決策の1つに、幹細胞からヒトの腎臓を作り出すことがある。しかし、それを実現するには、いくつもの難問を解決しなければならない。このほどメルボルン王立小児病院およびクイーンズランド大学(オーストラリア)の高里実らは、幹細胞からの腎臓作製に向けて重要な一歩を踏み出したことを、Nature 2015年10月22日号564ページに報告した1

幹細胞から「人工腎臓」が作り出されるまでには複数の段階がある。①幹細胞の細胞運命を、他の組織の細胞ではなく腎臓の細胞に向かわせること、②腎臓への細胞運命が決定された後、腎臓特有の複雑な解剖学的構造を構築するように指示すること、③培養腎臓が、宿主となる患者において成長して機能するように誘導すること、である。

2番目と3番目の段階は、腎臓原基がin vitroで初めて培養された1910年2以降、着実に進歩してきている。その後、技術が飛躍的に進歩し、細胞を自己組織化させる浮遊培養法により小さな組織やオルガノイド(細胞が生体内の組織と同様の構造になっているもので、組織構造体とも呼ばれる)3-5として動物胎仔の腎原性(腎臓形成能を持つ)細胞を得ることが可能になり、また、動物の胎仔腎臓を成体動物へ移植すること6も可能になっている。しかし、これらの進歩があっても、最初の段階を克服できなければ医療に用いることはまずできない。つまり、正常なヒト組織から腎臓形成能を持つ細胞を作る方法に加え、それを取り囲む血管前駆細胞を作り出す方法を見つける必要がある。

腎臓形成能を持つ細胞は、人工多能性幹(iPS)細胞から作り出せる可能性がある。iPS細胞とは、培養系で多能性状態に変化させた成体細胞で、体内のあらゆる種類の細胞を作り出す能力を持つ7。胚発生における細胞の特殊化過程は、特殊化に至るまでの中間的な細胞状態を経て進行し、ある細胞状態から次の細胞状態への移行は、Wntや繊維芽細胞増殖因子(FGF)などの特異的なシグナル伝達タンパク質が引き金になる。従って、iPS細胞を特定の組織に直接発生させようとする生物学者は、胚発生過程から着想した順番で、シグナル伝達分子やそれらの分子を模倣した薬剤をiPS細胞に加えることが多い。

図1:幹細胞からの自己組織化により組織を作製
高里ら1は、in vitroで組織構造を持つ腎臓原基を発生させるプロトコルを開発した。あらゆる種類の細胞を作り出せる人工多能性幹(iPS)細胞を、4日間Wnt分子によるシグナルに曝露し、次に5日間FGF分子によるシグナルに曝露した。このWntシグナル伝達により2種類の腎臓前駆細胞(後腎間葉および尿管上皮)が生理的なバランスで作り出された。次に高里らは、このような細胞を3D培養系に移した。そして、2回目のWntシグナル伝達のパルスに曝露した。このWntシグナルがさらなる発生の引き金になる。細胞は分化して、自己組織化によりヒトの胚性腎臓に類似したネフロンや集合管の一部になった。

しかし、iPS細胞から目的の組織を発生させるプロトコルを計画するのは容易なことではない。例えば、目標とする組織が多数の種類の細胞を含む場合、また、胚発生の後期に生じる(多能性状態から多数の段階を経る)組織である場合は、特に困難なのだ。そして腎臓には、この両方の難題が当てはまる。腎臓は、ヒト胚が5週間目に入ると生じ始め、腎臓形成能を持つ少なくとも2種類の前駆細胞に由来する細胞で構成されている。この2種類の前駆細胞とは、尿管上皮(体内の水分量と電解質のバランスの維持を担う集合管を生じる)と後腎間葉(排泄を仲介するネフロンに成熟する)である。

移植のための腎臓の必要性は増しており、研究者は動物やヒトのさまざまな種類の多能性幹細胞から腎臓形成能を持つ細胞を得ようと長い間研究を続けてきた。先駆的な研究8では、マウス胚性幹(ES)細胞と呼ばれる多能性細胞に、効率は低いが後腎間葉の遺伝的マーカーを発現させることができ、また、このような細胞が実際に宿主の腎臓に組み込まれることが示された。しかし、その後も改良が重ねられたが効率は低いままであった。また、成功の指標としてマーカーの発現のみに依存した研究が非常に多く行われたのだが、例えば、がん細胞は自身が生じた組織のマーカー遺伝子を発現しているので、マーカーの発現では、機能する組織を作り出せる安全な細胞なのかどうかまでは保証できない。

今回、高里らは、これまでの研究に基づいてプロトコルを工夫し、ヒトiPS細胞から、生体の腎臓に見られる細胞種のバランスで後腎間葉と尿管上皮を効率的に生じさせることに成功した(図1)。この進歩は、後腎間葉と尿管上皮をそれぞれ作る2つの幹細胞種が胚のどこから生じるかについて理解が進んだことで可能になった。特に重要なのは、尿管上皮を生じる細胞は、ごく短い期間だけWntシグナルに曝露されている一方で、後腎間葉を生じる細胞は、より長い期間Wntシグナルに曝露されていることが分かったことである。従って高里らのプロトコルでは、Wntシグナルを模倣した薬剤にiPS細胞を曝露する期間を最適化することで、2つの幹細胞種をin vivoで見られる割合に近いバランスで生じさせることができた。その後、これらの細胞を、ヒト胚で起こるようにFGFシグナルに曝露した。

腎臓オルガノイド全体を連続的にスキャンした、タイルスキャン蛍光免疫画像。複雑な構造が見て取れる。 Credit: Ref.1

次に、このような細胞を3D細胞塊として培養し、さらに「引き金」となるWntシグナルを加えると、後腎間葉細胞はネフロンに成長し、尿管上皮細胞は集合管になった。このネフロンは成熟して、胚性ネフロンを取り囲む結合組織や血管の前駆細胞とともに、胚での状態を模倣した特殊化した構成要素(遠位尿細管、近位尿細管、集合管、糸球体)ができていく。このオルガノイドの遺伝子発現はヒト妊娠第1三半期(〜13週6日)の腎臓組織に最も類似していた。また、成熟ネフロンは標識されたトレーサー分子を取り込んだことから、エンドサイトーシスを行っており機能的であることが示唆された。

蛍光免疫染色したネフロン(腎単位)の一部を拡大。集合管(CD;GATA3+ECAD+)、遠位尿細管(DT;GATA3-ECAD+LTL-)、近位尿細管(PT;ECAD-LTL+)、糸球体(G;WT1+)の4つの構成要素をきちんと備えている。 Credit: Ref.1

このような結果は、腎臓ではなく、オルガノイドであると強調しておくことが重要である。このオルガノイドの詳細な組織構造は現実の腎臓と同じであるが、腎臓組織全体としての巨視的な構造は現実の腎臓とは異なっている。例えば、尿管に「つながれて」いないし、腎臓の機能に重要な大きな構造的特徴(ヘンレループと呼ばれる成熟構造を含む、尿濃縮を行う腎実質領域や放射状に配列した集合管)を持っていない。臨床に有用な移植可能な腎臓が作り出されるようになるまでには長い道のりがあるが、高里らのプロトコルは「人工腎臓」に向けた価値ある1歩である。

この腎臓オルガノイドは、移植とは別の医学的なニーズを満たす可能性がある。例えば、ヒトの腎臓組織に作用する薬剤の安全性を試験する場合には、十分な予測ができない動物9よりも、これらの腎臓オルガノイドの方がモデルとして優れているかもしれない。薬剤によって最も傷つきやすい細胞種(薬剤を取り込むトランスポーターを発現している近位尿細管)がこのオルガノイドに含まれており、高里らは実際にこのオルガノイドが既知の腎毒素で障害されることを証明した、予備的な証拠を示している。次は、高里らが毒物学者と研究チームを作り、この腎臓オルガノイドの系で薬剤スクリーニングが行える可能性について本格的な研究を行うことが望まれる。今回の成果は、移植可能な腎臓作製への大きな一歩としてだけでなく、動物実験の廃止に向けた大きな一歩でもあり、薬剤の安全性スクリーニングの改善にも重要なものである。

(編集部註:2015年10月号「オルガノイドの興隆」では、本研究のリーダーであるクイーンズランド大学のMelissa Littleが、どのように腸や腎臓の初期のオルガノイドを作製してきたかがまとめられています。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2016.160133

原文

Kidney tissue grown from induced stem cells
  • Nature (2015-10-22) | DOI: 10.1038/nature15639
  • Jamie A. Davies
  • Jamie A. Daviesはエディンバラ大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Takasato, M. et al. Nature 526, 564–568 (2015).
  2. Carrel, A. & Burrows, M. J. Am. Med. Assoc. 55, 2057–2058 (1910).
  3. Unbekandt, M. & Davies, J. A. Kidney Int. 77, 407–416 (2010).
  4. Lusis, M., Li, J., Ineson, J., Christensen, M. E., Rice, A. & Little, M. H. Stem Cell Res. 5, 23–39 (2010).
  5. Lawrence, M. L., Chang, C. H. & Davies, J. A. Sci. Rep. 13, 9092 (2015).
  6. Rogers, S. A., Lowell, J. A., Hammerman, N. A. & Hammerman, M. R. Kidney Int. 54, 27–37 (1998).
  7. Takahashi, K. & Yamanaka, S. Cell 126, 663–676 (2006).
  8. Kim, D. & Dressler, G. R. J. Am. Soc. Nephrol. 16, 3527–3534 (2005).
  9. Fletcher, A. P. J. R. Soc. Med. 71, 693–696 (1978).