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葉の気孔から発生の謎を解く

–– Natureダイジェスト:気孔に興味を持たれたきっかけは?

鳥居: 気孔は葉の表面にある小さい穴で、唇のような形の孔辺細胞2つが1セットになり、開いたり閉じたりします。呼吸や光合成のためのガス交換や、植物体内の水分量調節などの重要な働きをしていて、その開閉メカニズムは古くから知られていましたが、発生学的な研究はあまりなされていませんでした。

「変異体を作ると、自分の想像力では思いつかないようなヒントが得られる」(鳥居教授)。
マスター遺伝子のMUTE遺伝子を壊すと、メリステモイド細胞の非対称分裂が停止しなくなり、バラの花のような形の細胞が生じる(b)。
転写因子SCREAMを亢進させてマスター遺伝子を過剰に活性化させると、表皮細胞が全て気孔になる(c)。
erecta、erl1、erl2遺伝子の三重変異体を作ると、気孔の塊ができる(d)。
(a)は野生型。(共焦点レーザー走査顕微鏡写真)

–– それがなぜ、発生の研究に?

鳥居: 偶然の出合いという感じでした。ワシントン大学で初めて自分のラボを持った2000年頃のことです。自分らしい研究テーマを打ちだそうと、以前、自分がクローニングした1シロイヌナズナの遺伝子(ERECTA)を用いて、植物の生長の研究をしようと思いました。ERECTAは、細胞のシグナル伝達を行う受容体を作る遺伝子です。その働きを詳しく調べるためにいろいろな変異体を作製してみたのですが、びっくりしました。気孔だらけの葉ができてしまったのです。通常、気孔は互いにある程度の間隔を空けて分布しているものです。それが、気孔の塊さえできていました。

直感的に思いました。気孔の研究から細胞の発生分化や形態形成の仕組みの真髄に迫れるのではないかと。細胞が気孔に「なる・ならない」は、細胞の発生運命がはっきりしているので調べやすいと思ったのです。

気孔の数を調節する

–– どんな変異体を作製したのですか。

鳥居: ちょうどシロイヌナズナのゲノム配列が解読され、ERECTA遺伝子には、よく似た配列の遺伝子が他に2つ(ERL1ERL2)もあることを知りました。これら3つの遺伝子は互いの機能を補完し合うと予想されたので、3遺伝子を全部壊した変異体を作ってみたというわけです。

–– どうして気孔の数が増えたのでしょうか。

鳥居: 葉の気孔の数や密度は、周囲の環境条件に適合して、バランス良く保たれていることが知られていました。その制御機構として、これら3つの遺伝子が働くのではないかと考えました。これらは、外界のシグナルを細胞内に伝える受容体を作る遺伝子ですから。

葉の未分化な原表皮細胞から気孔が形成されていくのですが、実際、調べてみると、その反応段階のいくつかで、この3つの遺伝子が反応を抑制したり促進したりしていました。そこで、これらの遺伝子が気孔の数と密度を制御していることが推論されました。

2005年に発表した論文2は大変評判が良く、多くの人に面白いと言ってもらえました。この論文は観察結果の報告だけだったので、当初は発生学の専門誌に投稿しようと準備していたのですが、国際会議で発表したところ、トップジャーナルのエディターから「うちに投稿しないか」と誘われてびっくりしました。私たちの論文前後から、気孔の研究における発生やシグナル伝達の面からの解析が、非常に盛んになりましたね。

SPCH、MUTE、FAMAの3転写因子が段階的に作用し、未分化な原表皮細胞から気孔が分化する(3転写因子はSCREAMとヘテロ二量体をつくって機能)。外界のシグナルは、受容体(ERECTAやTMMなど)やペプチド(ストマジェンやEPF2)を介して、この反応過程を促進したり抑制したりする。

分化を操る転写因子

–– 気孔の形成過程を、さらに詳しく解明されましたね。

鳥居: 葉の生長過程で気孔が次のような段階を経て分化していくことが、すでに分かっていました。まず、(1)未分化な原表皮細胞が非対称的に分裂し、メリステモイド細胞が形成されます。メリステモイド細胞は幹細胞のような細胞で、(2)これがさらに2〜3回、非対照的に分裂した後に、丸い孔辺母細胞へと分化して、(3)最終的にこれが2つに割れるようにして、孔辺細胞になるのです。

結論からいうと、この各段階で、SPEECHLESS(SPCH)、MUTE、FAMAという転写因子が、それぞれ分化の指令を出すスイッチ(マスター遺伝子)として働いていることが分かったのです。(1)と(2)については私たちが、(1)と(3)については、スタンフォード大学のDominique Bergmann博士が主に解析しました。

–– お二人の論文が同時にNatureに掲載されて。

鳥居: 私たちが同じ対象を解析していることに、途中で気が付きました。そこで、同時に投稿することにしました3。掲載してもらえるという保証はないので、ドキドキしましたが。

論文の中身については、相談していません。私は、Natureに投稿する以上、植物の話にとどめず、生物全体を見渡した大きいフレームで書こうと心掛けました。つまり、3つの転写因子が持つタンパク質の構造(塩基性ヘリックスループヘリックス)や働き方が、植物の気孔でも動物の筋肉や神経と共通であることに気付き、進化の視点を強調したのです。

–– それで、インパクトのある論文になったのですね。

鳥居: はい。非常に思い入れのある論文となりました。実験結果はもちろんですが、論文掲載日は2人目の子どもが生まれた日でしたので、そういう点からも感慨深いです。

シグナルを突き止める

–– 今回のNature論文4はどのような研究内容ですか。

鳥居: ERECTA遺伝子は気孔の数を制御しています。その反応調節機構を分子レベルで明らかにしました。受容体に結合し、シグナルを伝える分子であるペプチドホルモンが、私や他の研究者により見つかってきているのです。気孔を増やすペプチド(ストマジェン)と減らすペプチド(EPF2)は、相反する性質を持っていますが、これらは同一の受容体(ERECTA)に競合的に結合し、シグナル伝達をオン・オフしていることを突き止めました。オンにする分子をアゴニスト、オフにする分子をアンタゴニストといいますが、そのような作用機構を植物の発生過程で見ることができた初めての例となりました。

–– 素晴らしい研究を次々と発表されて、その秘訣は?

鳥居: いえ、失敗もいっぱいあるんですよ(笑)。

私の発想の源は変異体を作ってみることなのですが、その際、ゲノムの大きさや配列から、あらかじめ見込みをつけたり、変化を見つけやすいような工夫をしたりして行います。ただやみくもに作るのでは時間もかかり、先の見えないつらい作業になるからです。

Bergmann博士のグループのように、分野を引っ張る、ものすごく優秀な競合グループの存在もラッキーでした。

それから、私は子育てをしながらラボを運営しているので、実験には優秀なポスドクの存在が不可欠です。ERECTA遺伝子の変異体を作った後、私は産休に入り、変異体の観察はポスドクのElena Shpakさん(現在テネシー大学准教授)に頼みました。葉が気孔だらけの驚くべき写真を私の自宅に送ってくれたのは、彼女です。ラボで大切なのは、「人」だと思います。それぞれの人たちの長所が生かされてブレイクスルーできたのだと思います。

–– 2人のお子さんを育てながらの研究生活ですね。

鳥居: パートナーも分野は異なりますが研究者なので、子育ては2人で協力し合っています。子育て研究者の支援制度なども、活用させてもらいました。

2007年の論文の筆頭著者はポスドクのLynn Pillitteriさんでしたが、彼女を最初に雇うことができたのは、米国立科学財団(NSF)の「ADVANCE」という女性科学者のリーダーシップを育てるプログラムの学内制度から、支援を受けることができたからです。本来は、授業のピンチヒッターを雇うためのプログラムだったのですが、交渉により、ラボのマネージメントをするポスドクの雇用に変えてもらいました。Pillitteriさんはとても優秀な人で、自身でも2度の産休をとりながらポスドク時代を過ごし、今は、米国の別の大学で准教授をしています。今回のNature論文の筆頭著者のJin Suk Leeさんも小さなお子さんの母親で、2014年からカナダの大学の助教授となりました。

–– 今後の研究は?

鳥居: 生命科学分野ではいろいろな技術が発達しており、その1つにライブイメージングや1分子イメージングがあります。受容体とペプチドホルモンの解析にその技術を取り入れて、受容体に対してどの方向からペプチドホルモンが作用するのか、といった詳細も解明していきたいと思っています。

2013年からは、名古屋大学のトランスフォーマティブ生命分子研究所にもラボを持っています。この研究所には優秀な有機合成化学者がたくさんいて、気孔を増やしたり減らしたりするペプチドホルモンを探すための、化合物スクリーニングや人工受容体のデザインなどを始めたりしていますから、そちらも大変楽しみです。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

鳥居 啓子(とりい・けいこ)

ワシントン大学卓越教授。ハワード・ヒューズ医学研究所の正研究員(2011年より)。名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所客員教授、海外主任研究者(2013年より)。1987年筑波大学卒業。1993年筑波大学大学院生物科学研究科博士課程修了。1992年日本学術振興会特別研究員(東京大学)、1994年同海外特別研究員(イェール大学)。 1999年ワシントン大学助教授、2005年同大学准教授、2009年同大学教授を経て、2011年より現職。2015年猿橋賞受賞。輝かしい数々の研究実績を感じさせない気さくで楽しい人柄に、会った人は誰もが惹きつけられる。

鳥居 啓子氏

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150930

参考文献

  1. Torii, K.U. et al. Plant Cell 8, 735–746 (1996).
  2. Shpak, E.D. et al. Science 309, 290–293 (2005).
  3. Pillitteri, L.J. et al. Nature 445, 501–505 (2007).
  4. Lee, J.S. et al. Nature 522, 439–443 (2015).