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脳に注入可能な、超小型の神経活動記録装置

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150912

原文:Nature (2015-06-11) | doi: 10.1038/522137a | Injectable brain implant spies on individual neurons

Elizabeth Gibney

多数のニューロンの活動を一度に記録できる、超小型で生体適合性を有するメッシュ状の電子デバイスが開発された。この装置により哺乳類の脳機能解明が進む可能性がある。

このメッシュデバイスは柔らかいので、 小さく丸めてマウスの脳に注入できる。 | 拡大する

LIEBER RES. GROUP/HARVARD UNIV.

注射だけで、どんな装置も脳に配線できるようになるかもしれない。今回、物理学者、神経科学者、化学者からなる学際研究チームが、小さく丸めてマウスの脳に埋め込むことのできる、微小な電子素子を搭載した柔らかいメッシュ状デバイスを開発した。実際に、注入後にメッシュが広がって個々のニューロン(神経細胞)を探ったり刺激したりできることも示された。この研究成果は、Nature Nanotechnology 2015年7月号に掲載された1

この埋め込み型デバイスによって、哺乳類の脳の働きがかつてないほど詳細に解明できる可能性がある。「素晴らしいと思います。脳内の多数のニューロンのデータを一度に記録するという課題に対して、非常に独創的な手法で迫っています」とコロンビア大学(米国ニューヨーク州)ニューロテクノロジーセンターのディレクターRafael Yusteは言う。彼は、今回の研究には参加していない。

今後、安全性が確認されてヒトに対しても使用可能になれば、パーキンソン病などの症状を治療できるようになるかもしれないと、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学者で今回の研究を率いたCharles Lieberは言う。

個々の脳細胞の活動が知覚や感情などの高度な認知機能に変換される仕組みは、まだ分かっていない。こうした仕組みを解明するために、ニューロンを同時に何千、理想的には何百万個も調べる技術が必要であり、この技術の開発に研究者たちは熱心に取り組んでいる。だが、脳インプラントにはいくつものデメリットがあり、現在使用が限られていることが障害となっていた。これまでで最良とされる技術であっても硬い電子デバイスを用いており、繊細なニューロンを紙やすりでこするようなものなのだ。また、呼吸や心拍によって個々の細胞が動くので、同じニューロンを長期にわたって追跡するのは極めて骨の折れる作業である。

これらの問題を解決するため、ハーバード大学の研究チームは、ポリマー繊維でできたメッシュに金属配線を施し、ナノスケールの電極やトランジスターをメッシュの交点に取り付けた。1本1本の繊維は絹のように柔らかく、脳組織と同じくらい柔軟性がある。また、メッシュの95%は空間なので、細胞はメッシュを取り囲むように並ぶ。

2012年に研究チームは、培養皿中で、柔軟なメッシュの周りで細胞を増殖させ、メッシュと一体化するよう誘導できることを示した2。しかし、この「サイボーグ」組織の形成がうまくいったのは生体外での話である。「問題は、生きた脳にどうやって導入するかでした」とLieberは言う。

そこでチームは、幅数cmの二次元メッシュをきつく巻いて直径100µmの注射針の中に収め、頭蓋骨の上部の孔からそれを標的部位に直接注入するという方法を考え出した。注入されたメッシュは、その後、微小な空洞部に広がって組織になじむ(「脳を探る」参照)。メッシュデバイスから組織外にナノワイヤーが突き出ており、それをコンピューターに接続すれば、記録や細胞刺激を行うことができる。

研究チームによれば、16個の電子素子を搭載したメッシュデバイスを、麻酔をかけたマウスの2カ所の脳領域に埋め込み、そこで個々のニューロンをモニタリングしたり、刺激したりすることができたという。メッシュはニューロンと密に一体化し、5週間後も免疫応答上昇の兆候は見られなかったと、ハーバード大学チームのメンバーJia Liuは話す。「ニューロンは、ポリマーネットワークを足場材と同様、仲間と見なすのです」。

次のステップは、覚醒マウスの活動を記録することだろう。そのためにはまず、大きめのメッシュにさまざまな種類のセンサー素子など、数百もの素子を搭載する必要がある。それをマウスの脳に埋め込んで、頭部を適当な位置に固定して記録を取るか、あるいは自由に動くマウスのニューロンから記録を取ることのできるワイヤレス技術を開発することによって、実現可能になるだろう。研究チームは、新生マウスの脳にデバイスを注入し、脳の成長に合わせてデバイスが広がっていく過程を利用してそうした脳活動を探りたいと考えている。また、メッシュにヘアピン形の検出器付きナノワイヤーを取り付け、細胞の内部や外部の電気的活動を記録することも考えている。

2014年の会議でLieberのこの研究発表を聞いたYusteは、「驚きのあまり開いた口がふさがりませんでした」と語る。

「最小限のダメージで長期的に多数のニューロンの活動を研究できる手法には、大きな可能性があります」。こう語るのはルンド大学(スウェーデン)ニューロナノ・リサーチセンターのセンター長Jens Schouenborgだ。彼は、脳に電極を差し込むための「ゼラチン針」を開発した研究者だ3。しかし、彼は今回のLieberらの手法に少々懐疑的である。「長期的な生体適合性を持つという証拠が、もう少し欲しいですね」とSchouenborgは言う。デバイスを人体に埋め込むには、綿密な試験が必要だろう。しかし、安全性が確認されれば、脳卒中やパーキンソン病による脳損傷を治療できる可能性があるとLieberは言う。

Lieberらの研究チームは、2013年に打ち出された米国政府の45億ドル(約5400億円)規模の「BRAINイニシアチブ」から資金提供を受けていない。しかし、この研究は分野横断的な研究手法の力を見せつけていると、BRAINイニシアチブの初期の提唱者であるYusteは言う。物理学者を神経科学分野に連れてくることで、脳の働きの理解に向けて克服すべき実験上・理論上の主要課題に突破口が開かれる可能性がある、と彼は言う。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Liu, J. et al. Nature Nanotechnology 10, 629–636 (2015).
  2. Tian, B. et al. Nature Material s 11, 986–994 (2012).
  3. Lind, G., Linsmeier, C. E., Thelin, J. & Schouenborg, J. J. Neural Eng. 7, 046005 (2010).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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