感染症の流行に対応できる保健医療体制づくりを急げ
西アフリカ諸国で猛威を振るったエボラ出血熱への国際的対応は後手に回っており、その反省から、必要な変革についてすでに複数の案が提起されている。その1つが、ドイツのメルケル首相がけん引役となり策定中の提案で、2015年6月7~8日にドイツのエルマウで開催されるG7主要国首脳会議で発表される予定だ。
まず、カギとなるのが監視だ。エボラ出血熱が西アフリカで出現したのは2013年12月だが、実際に確認がなされたのは2014年3月で、その間に制御不能な状況に陥った。この新提案では、低・中低所得国に年間1200万~1500万ドル(約14.4億~18億円)を提供し、監視制度の強化を目指す。この金額は大きくはないが、低所得国において研修を受けた要員を育成するなどの方法で体制を充実させるのに大いに役立った経験がある。
また、今回のエボラ出血熱の流行で、診断法、治療薬、ワクチンなどの最新のツールが早急に必要とされた。しかし、世界の生物医学の研究開発制度は、市場がほとんど存在しない製品を生み出すようにはできていないため、これらの候補があるにもかかわらず第I相試験を実施できなかった。
この問題への対応策も盛り込まれており、まずは感染症の潜在的脅威の調査と、既存の薬剤・ワクチン候補の調査に取り組む予定だ。次に、最も有望な候補について第I相臨床試験を実施し、安全性を検証する。これには年間5000万~1億ドル(約60~120億円)が用意される。こうした備えにより、感染症が流行した時には、治療現場で有効性を検証する臨床試験を直ちに行うことができる。
また、この15年間で官民の協力体制が構築され、「顧みられない疾患」や市場規模が大きくない疾患に対する製品の研究開発が促進されてきた。官民の協力体制は、研究の連携とさらなる資金を呼び込むハブとしても機能する。従って、感染症の潜在的脅威に対してもこうした協力体制の下で取り組めば、製品開発を推進できる可能性がある。中でも研究関連機関には、研究支援の強化にとどまらず、研究成果から医学的対策を生み出すことが求められる(Nature 2015年6月4日号18ページ参照)。
このG7提案には、臨床試験の迅速化も盛り込まれている。流行が起こる前に、臨床試験のプロトコルと実験計画を策定して規制当局の事前承認を得られるようにしておき、実際に流行が起こったら直ちに臨床試験を開始するのだ。今回のエボラ出血熱の場合には、研究者、規制当局と関係各国が全力を尽くし、臨床試験のプロトコルと実験計画策定から合意までの期間を大幅に短縮したが、合意した時にはすでに流行が拡大していた。
G7での提案には、年間1億5000万~2億ドル(約180~240億円)の予算で1万人の科学者と医療従事者からなる「予備部隊」(国連平和維持軍兵士「ブルーヘルメッツ」の医療版)を創設し、感染症の流行時に迅速に動員できるようにすることも含まれている。この構想に利点はあるが、まずは、感染症研究者と医療従事者を世界中で拡充するという、根本的な課題に取り組む必要がある。
他にも、世界的な感染症の流行に対応する多国間組織の創設も盛り込まれている。運営予算は年間4000万ドル(約48億円)で、世界保健機関(WHO)の監督下におかれるが、十分な自律性を確保しており、国連の諸機関、世界銀行とその他の組織(非政府組織、産業界、慈善団体等)との連携が義務付けられると予想される。従来よりも多様な要素が組み込まれた、一歩進んだ取り組みだ。
G7とその他の国々はこうした提案を支援すべきだが、これらは感染症の流行を防ぐための取り組み全体の一部でしかない。最も重要なのは、最前線に頑健な保健医療制度が存在することなのだ。
2015年5月、スイス・ジュネーブで開催されたWHO年次総会で、メルケル首相は、各国が有効に機能する保健医療制度を持つことを究極の目標とすべきと語った。これは、2007年にWHO加盟国を含む196か国が採択した国際保健規則(改訂版)の目的であり、採択国は、監視と緊急対応用の社会的基盤作りに関する目標の達成を約束した。当初の期限は2012年であったが、2015年時点で達成できたのは64か国に過ぎなかったため、この総会で期限が2016年に再延長された。
現在は、緊急事態への対応に対する関心がにわかに高まっている。だが、感染症の脅威自体への対応を高めるのに最も必要なのは、全ての国で研究と医療制度に対する長期的な投資を行うことであるのを忘れてはならない。
翻訳:菊川要、要約:編集部
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2015.150937
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