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「速度計」ニューロンがラットの脳で見つかった

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150906

原文:Nature (2015-07-15) | doi: 10.1038/nature.2015.17981 | ‘Speedometer’ neurons discovered in rat brains

Alison Abbott

2014年のノーベル賞受賞者のチームが、哺乳類の脳内ナビゲーション機構の重要な要素である「スピード細胞」を探し当てた。

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Geir Mogen/NTNU

長らく探求されてきた脳内の「速度計」が、ついにラットで見つかった。その正体は、ラットが速く移動するときには高頻度で発火し、ゆっくり進むときは低頻度で発火する、機能的に特化したニューロン群である。

動物の脳内には、自分の現在の居場所や過去に通った場所を把握するのを助ける精巧なナビゲーション機構がある。その構成要素の1つとして、速度計の役割を果たす細胞があるはずだと予想はされていたものの、これまで見つかっていなかった。しかし今回、ノルウェー科学技術大学(トロンハイム)のEdvard MoserとMay-Britt Moserの研究チームが、7年がかりのプロジェクトでついに「スピード細胞(speed cell)」を発見したのだ1。Moser夫妻はすでに、脳内ナビゲーション機構の構成要素として、空間内の自分の位置に応じて発火する、GPSに似た働きの「グリッド細胞(格子細胞)」を2005年に発見しており、その業績によって2014年のノーベル医学生理学賞を共同受賞している。

神経科学の進展によって、ナビゲーション関連細胞はこれまでにもいくつか見つかっている。最初に報告されたのは、動物個体が特定の場所に来ると発火する「場所細胞」だ。その後、環境の端(壁など)に応じて発火する細胞や、頭の向きの変化に応じて発火する細胞も見つかった(1970年代に場所細胞を発見したロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)のJohn O’Keefeは、その業績によってMoser夫妻とともに2014年のノーベル医学生理学賞を受賞している)。脳は、こうしたナビゲーション関連細胞全てからの情報を、自分の位置を把握する脳内地図の作成に役立てている。ただし、スピード細胞抜きでは、脳内地図をリアルタイムに更新することはできない。

ラットの実験に用いられた仕掛け。動く車の速度に合わせ、ラットは一定の速度で走るようあらかじめ訓練された。 | 拡大する

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ラットの底なし車

Moser夫妻のチームは実験のために、26匹のラットの嗅内皮質という脳領域の中や周囲に電極を埋め込んだ。嗅内皮質はグリッド細胞も見つかっている領域だ。埋め込んだ電極は、個々のニューロンから信号を拾い上げることができるほど高感度のものだった。

ラットは底のない特製の車に入って走るよう、あらかじめ訓練された。このラット専用車は直線レールに固定されており、実験者が決めた速度で4mの経路に沿って引っ張られる。ラットは終点にご褒美のチョコレートが待っていることを知っているため、自発的に固定された速度で移動していき、実験者はその脳の電極から記録を取るというわけだ。また、身体的拘束がない状態でもそれらのニューロンが移動速度に反応することを確認するため、開放空間でご褒美を探して走り回るときのラットからも記録を取った。実験セッションの合間には、ラットを浅い植木鉢の中で休ませた。

2000回以上の実験セッションで、嗅内皮質の計2497個の細胞からの信号が記録された。その結果、記録を取った細胞の15%が速度細胞であり、ラットの移動速度に応じて高頻度で発火したり低頻度で発火したりすること、また、その活動に動物の移動方向や実験室内の明暗は関係しないことが分かった。

精密な計測

今回発見された速度細胞は移動速度の検知に完全に特化しており、また非常に強く反応するため、わずか4~6個のニューロンからの速度信号を解析して、マウスの正確な移動速度を導き出すことができた。

「微弱な速度信号は、これまでも脳内で観察されていましたが、今回見つかった新しい種類の細胞は、明確で強力な信号を発しています」と、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)でコウモリのナビゲーション機構を研究しているNachum Ulanovskyは話す。実際、一部のグリッド細胞の発火頻度なども、移動速度にある程度関連していることが分かっている。だが、今回見つかった速度細胞との差は歴然だという。「例えると、今回見つかったスピード細胞が時速50マイルを正確に測定する車のスピードメーターだとすれば、弱い信号の細胞は同じ速度の測定でプラスマイナス時速40マイルの誤差が出るメーターのようなものなのです」。ヒトでのスピード細胞探索は困難であるものの、現在のところ、脳内ナビゲーション機構は哺乳類全般でかなり似通っていると考えられている。

「ナビゲーション機構の全体像が得られたのかといえば、それはまた別の問題です」とEdvard Moserは話す。まだ見つかっていない他の種類の細胞が重要だと判明するかもしれず、また、そうした多様なナビゲーション関連細胞の全てが相互作用している可能性もあるからだ。「次の一歩は、さまざまな種類の細胞が共同で位置感覚を作り出す仕組みを解明し、その脳内地図がどのようにしてナビゲーションに使われるのを明らかにすることです」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Kropff, E., Carmichael, J. E., Moser, M.-B. & Moser, E. I. Nature 523, 419–424 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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