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乳がん骨転移の診断・治療のカギを握るLOX

乳がんは、大規模な研究が行われているにもかかわらず、女性のがん関連死の中で高い割合を占めるがん種の1つであり続けている。乳がんにより死亡に至る原因は、ほぼ例外なく遠隔臓器への転移で、特に骨への転移は最も一般的であり、転移性乳がんの女性の最大80%に見られる。骨転移は、ほとんどの場合が治療不能で、痛み、骨破壊、高カルシウム血症、衰弱性の骨格関連事象などの重篤な症状を引き起こす1。このほど、コペンハーゲン大学(デンマーク)およびロンドン大学がん研究所(英国)のThomas R. Coxらは、乳がんの骨転移と乳がん細胞による酵素リシルオキシダーゼ(LOX)の発現の間に機構的な関連があることを明らかにし、Nature 2015年6月4日号106ページに報告した2

乳がんで骨や他の臓器への転移が診断されるのは、原発がんが最初に診断・除去されてから数カ月後~数年後のことが多い。全身へと播種されたがん細胞が独自の生存・増殖のプログラムを実行するためには、増殖に適していない転移先の微小環境の組織細胞を操作して増殖しやすい環境(ニッチ)へと変える必要があり、それに時間を要するのがこうしたタイムラグが生じる理由の1つと考えられている3,4。転移先のニッチにおいて初期に起こる分子的な変化は転移の律速段階となっているため、がん細胞の増殖に適したニッチ形成を促進する機構解明は、がん研究において中心的な課題である。

原発がんにおける低酸素状態(十分な酸素供給がない状態)は一般的に、転移の促進に関連している5。しかし、Coxらが、低酸素状態の乳がん細胞が見いだされた患者を対象として後ろ向き研究を行った結果、低酸素状態と骨転移の増加との間に相関が見られたのは、エストロゲン受容体を発現していない乳がんサブタイプ(ER腫瘍)だけであった。彼らは、この特異性を引き起こす要因を突き止めるため、ER乳がん細胞株が分泌するタンパク質を解析し、LOXの発現の高さとER乳がんの骨転移に関連があることを見いだした。LOXは、組織の強度や構造的完全性を決定する細胞外マトリックス(ECM)においてコラーゲン繊維を架橋する分泌タンパク質ファミリーに属している6。LOXはこれまで、転移ニッチのECMを修飾することで、肺転移に寄与することが示されていたが6,7、骨恒常性の調節への関与はこれまでに示されていなかった。

Coxらは今回、骨への自然転移が見られる乳がん細胞移植マウスモデルで、低酸素状態の乳がん細胞からLOXが分泌されること、また、LOXは骨の形成と破壊のバランスを崩すことで、骨量が全体として大きく減少する(骨吸収が起こる)ことを実証した。このような骨損傷部位は、全身に播種された乳がん細胞にとって都合の良い環境であるため、骨転移巣の形成が促進される。それに加え、Coxらは、がん細胞が存在しない系でも、そうした骨損傷部位が生じ得ることを実証した。つまり、低酸素状態の乳がん細胞の培養上清をマウスに投与すると骨損傷が誘導されることを示したのだ。また、担がんマウスを用いた実験ではこうした損傷部位が、血流を循環しているがん細胞による骨転移形成を促進することが分かった。従って、ER乳がん細胞から分泌されるLOXの全身送達が、転移に先立って骨に転移ニッチの形成を引き起こし、そのニッチが転移形成を促進するといえる(図1)。

図1 骨における前転移ニッチの形成
a Coxらは、低酸素状態に曝露された乳がん細胞が血液中にリシルオキシダーゼ(LOX)を分泌することを見いだした2
b 骨では、LOXが破骨細胞と呼ばれる細胞を活性化することで骨破壊を増加させ、その結果、骨損傷部位が形成される。
c こうした損傷部位が「前転移ニッチ」となり、循環血液中に播種された原発巣由来の乳がん細胞がこうしたニッチを占有することで、転移巣が形成される。

こうした「前転移ニッチ」という概念に基づいた研究からは、転移性がん細胞が標的臓器に到着する前に標的臓器で転移に適した微小環境が形成され、これによってがん細胞の浸潤、生存および増殖が可能になることが示唆されている8。「種子」としてのがん細胞が増殖するためには肥沃な「土壌」が必要だとする考えはすでに1世紀以上前から提案されていたが9,10、こうした「土壌」を準備できる機構が明らかになってきたのは最近のことだ。初期の転移ニッチで最初期に起こる変化が、原発巣のがん細胞から分泌される可溶性因子によって11、あるいは播種された少数のがん細胞の存在によって、また、その両過程を介して、段階的に達成されるのかどうかは分かっていなかった。Coxらの興味深い発見は、前転移ニッチが段階を追って形成されることを支持する証拠になり、また、がんの進行と転移の段階的な調節を理解するのに役立つ。

Coxらの研究で用いたのは、乳がんが生じる遺伝子改変マウスモデルではなく、乳がん細胞移植による乳がんモデルの1つのみであるという点で限定的である。しかし、がん細胞が骨に自然転移する免疫不全マウスモデルは存在しない。さらに、他にも興味深い問題が未解決のまま残っている。例えば、ER乳がん患者において、低酸素状態の乳がん細胞によるLOXの分泌が骨での再発と密接に関係しているのはなぜなのだろうか? また、低酸素関連シグナル伝達によって乳がんの転移が引き起こされることが分かっているが5、乳がん細胞のサブタイプ、低酸素状態、骨に転移するがん細胞の3因子間の関連について、詳細な解明はまだ行われていない。

全身に播種されたがん細胞あるいはその可溶性産物と、がん細胞が直面する新しい微小環境の間の初期の相互作用の解明をすることは、有効な標的療法の開発に不可欠である。がん細胞が転移のために標的とする分子に臓器特異的な傾向があるのはもっともなことで、例えば、骨と脳のように組織が異なれば、その複合体構成要素や相互作用は大きく異なっているからである。このような複雑性があることに加えて、Coxらの今回の研究から、臓器特異的転移のリスクを予測可能なバイオマーカーもまた、異なるがん細胞サブタイプに特異的であることが示唆される。

興味深いことに、骨破壊を防ぐ薬剤(例えば、ビスホスホネート系薬剤やモノクローナル抗体のデノスマブ)を用いた術後化学療法は骨転移を防ぐための有効な治療法であることが複数の研究で示されている1,12。従って、Coxらの知見から得られた知識は、原発がん除去後の乳がん患者に対する新たな治療法を切り開く可能性がある。LOX発現の解析が、骨転移傾向がある患者を層別化する分子ツールにも、骨転移リスクの高い患者への予防的治療の標的にもなり得るからだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150933

原文

Opening LOX to metastasis
  • Nature (2015-06-04) | DOI: 10.1038/nature14529
  • Neta Erez
  • Neta Erezは、テルアビブ大学サックラー医学系大学院(イスラエル)に所属。

参考文献

  1. Coleman, R. E., Gregory, W., Marshall, H., Wilson, C. & Holen, I. Breast 22 (Suppl. 2), S50–S56 (2013).
  2. Cox, T. R. et al. Nature 522, 106–110 (2015).
  3. Joyce, J. A. & Pollard, J. W. Nature Rev. Cancer 9, 239–252 (2009).
  4. Erez, N. & Coussens, L. M. Int. J. Cancer 128, 2536–2544 (2011).
  5. Gilkes, D. M. & Semenza, G. L. Future Oncol. 9, 1623–1636 (2013).
  6. Barker, H. E., Cox, T. R. & Erler, J. T. Nature Rev. Cancer 12, 540–552 (2012).
  7. Erler, J. T. et al. Cancer Cell 15, 35–44 (2009).
  8. Kaplan, R. N., Rafii, S. & Lyden, D. Cancer Res. 66, 11089–11093 (2006).
  9. Paget, S. Cancer Metast. Rev. 8, 98–101 (1989).
  10. Witz, I. P. Cancer Res. 68, 9–13 (2008).
  11. McAllister, S. S. & Weinberg, R. A. Nature Cell Biol. 16, 717–727 (2014).
  12. Brown, J. E. & Coleman, R. E. Nature Rev. Clin. Oncol. 9, 110–118 (2012).