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科学者たちの引退事情

高齢の科学者の多くは、次の世代のために場所を空ける必要があることは承知しているものの、定年制度は年齢による差別だと感じている。一方、定年制度が廃止された国のデータからは、意外な構造が浮かび上がってきている。

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ILLUSTRATION BY THE PROJECT TWINS

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150814

原文:Nature (2015-05-07) | doi: 10.1038/521020a | Stay at the bench, or make way for the next generation

Megan Scudellari

Hans-Hilger Ropersは、自分にはもう科学者としての悲願を果たせるだけの時間がないのだと悟った瞬間のことを鮮明に記憶している。それは2002年、ドイツ全土のマックス・プランク研究所(MPI)の研究者たちによる一連の講演を聴いていたときのことだった。最初に登壇した3人の著名な研究者が全員、「今日は、私がこの20年間ひたすら取り組んできた研究についてお話ししたいと思います」という趣旨の言葉で話を始めたのである。

Ropersには20年もの時間はなかった。51歳でMPI分子細胞生物学遺伝学研究所(ベルリン)のヒト分子遺伝学部門長になった彼は、今や60歳になろうとしていた。ドイツの法律では、あと5年で定年だ。彼は早発性認知障害の遺伝学的解明を目指していたが、研究を完成させるのに5年では足りないことは明らかだった。自分が退職したら、MPIはヒト分子遺伝学部門を解体し、自分が抱える70人のスタッフが職を失うことも明らかだった。

退職について思い悩む科学者はRopersだけではない。科学者の退職をめぐっては、近年、激しい論争が起きている。米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)から助成金を得ている研究者のうち66歳以上の人は、1998年には4.8%だったが、2014年には12%と2倍以上に増加している。高齢の科学者のせいで若手が助成金や職を得にくくなっているのではないかという懸念から、NIHは2015年2月、所属する医学生物学者に対してある案を提示した。高齢の科学者が研究活動を縮小しつつ若い同僚にプロジェクトを引き渡す準備ができるように、「名誉」助成金を出してはどうか、というもので、これには反対意見が圧倒的に多かった。

科学者たちは、「この提案は年齢を過度に重視するもので、研究の価値以外の要素に助成金を与えるリスクを冒すものだ」として批判した。ロチェスター大学医療センター(米国ニューヨーク)の42歳の生物学者Paul Brookesは、「知識と資源の移転というアイデアは良いと思います。でも、生涯就労年数として典型的な40年間で効率よくそれをできなかった人々に、なぜもっと長い時間を与えなければならないのでしょう?」と言う。「名誉教授でもいつかは退職しなければならないということを、本人も分かっているはずです」。

Natureは科学者の退職に関する慣例や文化や期待について探るため、今まさに退職しようとしている科学者たちから話を聞いた。モントリオール大学(カナダ)大学院副学長で1993年から退職の傾向について研究しているTania Sabaは、高齢の科学者が直面する問題は国によって大きな差があり、「これが正解」と言えるような退職の仕方はないと言う。「いつまでも働き続けたいと願う人もいれば、できれば明日にでも退職したいと願う人もいるのです」とSaba。

時間との戦い

どうにかパニックを抑えたRopersは、急いで今後の計画を立てた。彼はまず3年の定年延長を申請して、68歳まで働けるようにした(この制度はドイツのほとんどの大学にある)。その後、異例の再延長により71歳まで働けるようにした。それでも、Ropersの将来が不確実になったことで、ヒト分子遺伝学部門のスタッフたちは動揺した。「全員が、私があと数年で65歳になることに気付いて、別の職場を探し始めたのです」。Ropersのヒト分子遺伝学部門のスタッフは最後の6年間で70人から25人に減り、ついに10人になった。60歳になった時点であと11年働けることが分かっていれば、彼は適当な助成金を見つけていただろう。そうすれば、研究部門のスタッフを失わずにしっかりした退職計画を練ることができたし、「こんなに悔いを残すこともなかったでしょう」と彼は言う。

かつて欧州では公務員には定年があるのが一般的で、ドイツ、スウェーデン、スペインなどでは、部分的な変更はあるものの、基本的には今も定年制度が続いている。定年制度に対して「年齢差別である」と反対する法的な異議申し立ても行われているが、その多くは却下されている。2007年には欧州司法裁判所が、ポストを空けて若年労働者の失業を減らすために欧州諸国は定年制度を設けることができる、とする判決を出している。けれども、定年制度などのアプローチの有効性が経験的に実証されているわけではない。それどころか、高齢者の就職率の高さはしばしば若年労働者の就職率および賃金の高さと相関していることが、複数の研究により示されている。

定年に直面した人々の一部は、国を離れるという選択をする。現在78歳の免疫学者Klaus Rajewskyも、2001年にケルン大学(ドイツ)を去り、米国で研究室を立ち上げた。「60すぎの科学者が新しい研究室を立ち上げるのは容易なことではありません。実験屋の場合はなおさらです」と彼は言う。「だから、ほとんどの科学者が定年退職するか、同じ大学で定年を延長してもらおうとするのです」。

Ropersのヒト分子遺伝学部門は2014年11月に正式に閉じられた。彼が最後に獲得したEUの助成金も間もなく尽き、残された実験スペースは新しい研究部門長のために改装中だ。「改装後も私の椅子と部屋はありますが、それだけです」とRopersは言う。彼にはまだ、知的障害に関する4年分のデータを使って「人生最大の論文」を発表するという計画がある。マインツ大学ヒト遺伝学研究所(ドイツ)で、臨床遺伝学者として非常勤の有給の仕事をすることにもなった。MPIで唯一のヒト遺伝学の研究部門を閉鎖するというマックス・プランク協会の決定についてはまだ納得していないが、今はもう次の道に行くべきときだというのが彼の考えだ。「例えば、妻との世界一周旅行とかね」とRopersは言う。「この世の終わりというわけではありません。もっとひどい人生だってあるのですから」。

別の道に進む

京都大学の幹細胞生物学者・中辻憲夫は、2015年3月、65歳になった。ドイツと同様、日本でもこの年齢で定年退職になる。最後の助成金はあと2年で終わるため、京都大学にある彼の2つの研究室は閉室となり、16人のメンバーの大半が別の職場を探さなければならない。

中辻は大学を去り、大きなビジネスに乗り出そうと計画している。彼は、京都大学再生医科学研究所の元所長として幹細胞の作成と分譲に尽力する傍ら、株式会社リプロセル(神奈川県横浜市)というバイオテクノロジー企業を共同設立し、2013年に同社をジャスダックに上場させて話題になった。中辻は、自分の稼ぎから200万ドル(約2億4000万円)を出して、2つの幹細胞関連会社を設立した。1つは大学と産業界をつなぐコンサルティング会社で、もう1つは幹細胞から誘導した心筋を使った薬物評価デバイスを開発するバイオテクノロジー企業である。「予想外の資金が手に入ったので、起業家になることにしたのです」と中辻は言う。「普通の大学教授にはできないことでしょう」。

こうした転身は、日本では非常に珍しい。日本では、定年を迎えた大学教授は私立大学で職を得るのが一般的だ。けれども中辻は、これをよしとしなかった。こういうポストは「若手のために空けておくべき」だと彼は言う。

日本では、政府の政策により1990年代から毎年6.2%ずつ博士号取得者数を増やしてきた。しかし、大学のポストは増えていないため、博士号を取得した途端に研究者の道は狭くなる。日本最大の研究助成機関である日本学術振興会も、2014年に特別研究員に申請したあらゆる分野のポスドク3222人のうち362人しか採用していない。採用されなかったポスドクのほとんどが大学や公的研究機関で短期の職に就くことになる。

若手科学者にポストを与えることは日本の最優先課題だが、それは非常に困難だ、と物理学者の寺崎治は話す。彼は東北大学(宮城県仙台市)で36年間働いた後、ストックホルム大学(スウェーデン)で職を得て、2010年に67歳で退職した。「日本では、高齢の研究者が長期にわたって強大な力を持ち続けています。若手が彼らに取って代わるべきです。それが健全な状態なのです」と寺崎は言う。

多忙な日々

Uta Frithの退職後の計画の筆頭にあるのは、劇画を出版することだ。

発達心理学者のFrithは、2006年に65歳でロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(英国)を定年退職した。次の助成金をがんばって獲得して仕事を続けることも可能だったが、彼女は研究室を去ることを選んだ。「もう助成金を申請しなくていいのだと思うと、せいせいしました」。研究に直接関わることをやめた彼女は、これにより空いた時間を使って、以前の研究をまとめる書き物をした。おかげで、2007年以降も33本の論文を発表することができた。現在73歳の彼女は、定年退職後の生活を「人生最良のとき」と呼ぶ。それは最も多忙なときでもある。彼女は科学技術分野の女性のために「Science and Shopping」というネットワークを立ち上げ、これが手狭になると「UCL Women」という2つ目の団体を立ち上げた。BBC放送と協力して、自閉症に関するドキュメンタリー番組も制作した。今は、強迫神経症に関する番組を制作中だ。王立協会のダイバーシティー・プログラムの委員長も務めている。ツイッターも使いこなしていて、フォロワー数は1万5000を超えている。毎年、夫の心理学者Chris Frithとデンマークに1カ月間旅行して、オルフス大学の学生に助言したり指導したりしている。「今は、やりたいことだけやっています。定年後だからこそできる、素晴らしいぜいたくです」と彼女は言う。

Frithは現在、劇画に情熱を燃やしている。フランス国立科学研究センターが認知科学と哲学の研究者に授与する「ジャン・ニコ賞」を2014年に夫婦で受賞すると、2人はすぐに賞金の2万5000ユーロ(約350万円)を編集者とアーティストに支払って、社会的認知(ヒトの脳が他者に関する情報を処理し、利用する仕組み)の研究についての劇画の製作に取り掛かった。第1分冊が年内にも出版される予定で、Frith夫妻は、この冊子が自分たちの研究成果を市民と分かち合う助けになることを期待している。

「有給の仕事をしていたら、こんなことはできなかったでしょう」とFrithは言う。「退職することで、責任や義務から完全に解放され、それまでなら絶対にできなかったような活動にじっくり取り組めるようになるのです」。

英国では2011年に定年制度が廃止されたが、その影響はいまだに残っている、と73歳のPeter Lawrenceは言う。彼はケンブリッジ大学の発生生物学者で、年齢差別への反対を声高に叫んでいる。「一般的な退職年齢を過ぎても働いていると、多くの人から変わり者のように見られます。そんな目で見られると、自分には働く権利がないような気がしてしまいます」。

英国労働年金省による2010年の研究から、雇用者はいまだに、「証拠があるわけではないが、高齢になるほど生産性は低下する」と考えていることが分かっている1。多くの人が伝統的な退職年齢に合わせて退職するため、英国の平均退職年齢は男性で64.7歳、女性では63.1歳だ。ただ、その年齢は上昇している。

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SOURCE: NIH; OECD

高齢になっても働く理由

伝統的な退職年齢を過ぎても働くことは、米国では普通のことになっているようだ。

米国の法律から定年という言葉が消え始めたのは1970年代の末のことで、1986年には定年制度が完全に廃止されたが、大学で廃止されたのは1994年であった。段階的に変化したので、高齢者が職場から強制的に追い出されなくなった場合にどんなことが起こるのか、じっくり観察することができた。結論からいうと、人々はより長く働くようになった(「もう退職した?」参照)。

米国立科学財団(バージニア州アーリントン)によると、米国で働く科学者や技術者のうち50歳を過ぎている人の割合は、1993年には5人に1人だったのが、2010年には3人に1人になった2。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の神経科学者John Dowlingは、この6月に79歳で退職する予定だが、「教育・運営・研究の面でしっかり貢献できているかぎり、強制的に退職させる必要はないでしょう?」と言う。生活のためという理由もあるだろうが、科学への愛ゆえに仕事を続ける人は確かにいる。ピュー研究所(米国ワシントンD.C.)の調査によれば、65歳以上の被用者の54%が、働く必要があるからではなく、働きたいから働くのだと言っている3

では、働きたくなくなったらどうするのか? 物理学者のMark Adamsは、59歳でイリノイ大学(米国シカゴ)を自主的に退職した。理由は年金だ。イリノイ州では公務員年金の積み立て不足が深刻な問題となり、年金制度改革が議論されている。自分に不利な制度が導入されて退職後の生活が苦しくなることを恐れての早期退職であった。年金の心配がなければあと4年は働いただろうと彼は言う。

Adamsは、自分が退職しても研究に影響がないことを知っていた。「私には数千人の仲間がいるからです」と彼は言う。それは、フェルミ国立加速器研究所(米国イリノイ州バタビア)の陽子-反陽子衝突型加速器テバトロンと欧州原子核共同研究機関(CERN;スイス・ジュネーブ)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)での実験結果を解析している国際研究チームの同僚のことだ。この分野の実験を行う研究チームは「企業のような構造」になっているため、彼が抜けても問題ないのだ。

Adamsが退職して2年になるが、彼はまだ大学のオフィスを利用している。彼はここでLHCの粒子検出器の1つから得られたデータを解析しているが、給料は受け取っておらず、最近、最後の学生を同僚の研究室に移籍させた。近いうちに完全に研究をやめ、「QuarkNet」の活動に専念する予定だ。QuarkNetは、シカゴ地区の高校の教師と生徒に高エネルギー物理学実験を体験してもらう教育プログラムで、Adamsは2000年から参加している。「これこそ、私が持つスキルを最大限に生かせるボランティアです。私はこの活動にじっくり取り組みたいのです」。

後進に道を譲る

Hélène Delisleも、大学の外でしたいことがあった。彼女はモントリオール大学で29年にわたって国際栄養学の研究に打ち込んできたが、70歳になった2014年1月、年末頃に退職するつもりだと学部長に告げた。

米国と同様、カナダにも定年はない。定年制度は1973年から2009年にかけて州ごとに廃止されていった。だからDelisleは好きなだけ仕事をすることができたが、最近になって仕事への意欲が薄れてきたのだ。理由は、医師だった夫が2013年に完全に引退したことだった。2人とも退職した方が充実した生活を送れることは明らかだった。自分のキャリアを追求するのをやめて、2人で新しいことを始めるのだ。

Delisleが退職したのは9月だったが、その直前まで、西アフリカでの6年にわたる栄養プロジェクトの報告書の取りまとめなどで忙しくしていた。だが、その後も、世界保健機関(WHO)研究協力センター長の職を同僚に譲ったり、いくつかの科学委員会の委員を引き受けたり、栄養学ジャーナルの編集委員会に参加したりと多忙であった。今でも毎週、大学のオフィスに顔を出し、研究のまとめをしている大学院生たちに会う。定期的に訪問することで、引き継ぎ作業を円滑に進めることができた。「ある意味、退職は別離です。毎日職場に出勤し、山のような仕事をこなし、出張であちこち飛び回っていたのを、すっかりやめなければならないのです。全てを手放すことは、時に困難です」。

Delisleは今、仕事以外のことをする時間を作ろうとしている。その1つは社会活動だ。夫と過ごす時間やピアノを弾く時間も欲しい。彼女は長年、室内楽トリオのメンバーとして演奏していて、今後はコンサートに力を入れたいと考えている。

キャリアの締めくくり方について普遍的にいえることはほとんどないが、多くの研究者が定年制度を嫌悪していることは確かだ。DelisleとAdamsは、退職の時期は年齢をもとに他人に決められるべきものではなく、自分の希望と生産性に基づいて決断することが重要だという。「年齢ではなく、今の仕事ぶりと能力だけを材料に評価されることが理想です。一般的なやり方ではありませんが」とRopersは言う。

実際、高齢の研究者を強制的に退職させる制度は、有益な面より有害な面の方が多いかもしれない。「早期退職により失業率、特に若者の失業率が改善することを示す証拠はないのです」とSabaは言う。ほとんどの研究が、その逆の結果を示唆している。例えば、非営利の研究組織である全米経済研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の分析によると、働く高齢者に金を支払って退職を促すと、若者の失業率が上昇するという。働く高齢者の生産性は低下しておらず、新しい仕事を創出しているからである4。研究によると、経済活動における仕事の数は一定ではなく、高齢者1人が退職すれば若者1人が雇用されるという発想は間違っているという。例えば、20世紀後半の職場では、男性から女性への置き換わりは起こらなかった。それどころか、共働き世帯が可処分所得(税金や社会保険料などを差し引いた、いわゆる手取り収入)を増加させ、仕事の創出を促した。とはいえ、終身在職権と限られた研究助成金の圧力を受けている大学で、このような動的関係がどのように変わってくるかは、まだ十分に分析されていない。

この記事のために取材に応じてくれた高齢の科学者のほとんどが、次の世代のことを気遣い、彼らのために場所を空けなければならないと考えていた。「若い人々に研究の機会を与えることは重要です」とDowlingは言う。

退職の方法や理由はどうあれ、「退職したら人生は終わりだ」などと考えてはならない、とFrithは言う。「退職は終わりではありません。それまでやりたくてもできなかったことを新たに始めるときなのです」。

(翻訳:三枝小夜子)

Megan Scudellariは、米国マサチューセッツ州ボストン在住の科学ジャーナリスト。

参考文献

  1. Wood, A., Robertson, M. & Wintersgill, D. A Comparative Review of International Approaches to Mandatory Retirement (DWP, 2010).
  2. National Science Board. Science and Engineering Indicators 2014 (NSF, 2014).
  3. Taylor, P. et al. America’s Changing Workforce: Recession Turns a Graying Office Grayer (Pew Research Center, 2009).
  4. Gruber, J., Milligan, K. & Wise, D. A. Social Security Programs and Retirement Around the World: The Relationship to Youth Employment, Introduction and Summary Working Paper 14647(NBER, 2009).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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