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モルヒネ合成酵母の完成が間近

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150808

原文:Nature (2015-05-21) | doi: 10.1038/251267a | Engineered yeast paves way for home-brew heroin

Rachel Ehrenberg

グルコースからモルヒネの前駆物質を生合成できる酵母株が作り出された。

モルヒネの製造が、バイオテクノロジーによってビール醸造のように簡単なものになろうとしている。カリフォルニア大学バークレー校(米国)のバイオエンジニアJohn Dueberらが、アヘンケシのオピエート生合成過程を、他の植物や細菌の酵素をつなぎ合わせて模倣することで、単糖であるグルコースをモルヒネの前駆物質に変換する酵母株を作製したのだ。この成果は、2015年5月18日にNature Chemical Biologyに掲載された1。今回の方法に他の先進技術を組み合わせれば、単一の遺伝子組換え酵母株にオピエートを作る全過程を組み込むことが可能だ。研究者らは、その完成までに、数年、もしかすると数カ月しかかからないと予想している。

そうなれば、生物学者がモルヒネ製造過程を操作できるようになるばかりでなく、厳しい管理の下、発酵樽で、従来のモルヒネより効果が高く、嗜癖性がより低く、より安価な鎮痛剤を「醸造」できるようになるかもしれない。しかし同時に、ヘロインなどの違法オピエートが、小規模ながらもあちこちで製造される恐れがある。つまり、より多くの人々の手に違法薬物が渡る危険性が増す。今回の研究を発表した合成生物学者らはそうした危険性を認識しており、今後の研究を妨げることなく技術の悪用を防止する方法についてすでに議論を始めている。

「ヘロインをやり玉に挙げるのは簡単です。具体的な問題ですから。それ故、利点が目立たないのです。不利益を上回る利益を生むと考えていますが、その説明は難しいのです」とDueberは言う。

過去10年にわたって、複数の研究チームが、パン酵母や大腸菌などの微生物に植物性薬物を作らせようと試みてきた。クソニンジンというヨモギ属の植物から抽出されていた抗マラリア薬アルテミシニンは、今では酵母で商業生産されている。

アヘンケシは、モルヒネやオピオイド鎮痛剤(オキシコドン、ヒドロコドンなど)の唯一の商用原料であるため、バイオテクノロジーの明確な標的だ。アヘンケシは、厳しい管理下で栽培されるべきものだが、それが実施できているのはごく限られた国だけで、例えばアフガニスタンでは、ヘロインを違法取引業者に供給する目的で栽培されている。工業施設で酵母からオピエートを製造できるようになれば、厳しい管理下での合法的な植物生産チェーンは不要になるかもしれない。

しかし、オピエート合成経路は約18段階と長く、しかも生化学的に複雑である。また、アヘンケシの全ゲノム配列は未決定であり、オピエート合成反応を触媒する酵素を特定することは困難であった。従って、バイオエンジニアたちは、微生物ゲノムに導入して目的の反応を行うことのできる酵素を、アヘンケシ以外の植物やヒトや昆虫にも探した。また、そうした酵素をコードする遺伝子を変異させたり、目的物質の生成量を増やす変異を選択したりすることで、酵素の効率を上げる手法も開発した。しかし、全ての過程を組み込んだ単一生物を作り出すことにはいまだ成功していない。

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必要な過程はそろった

Dueberらの研究も、まだこの目標に到達してはいない。しかし彼らは、適切な遺伝子と生化学的機構があれば、酵母がグルコースを中間化合物(S)-レチクリンに変換できることを実証した。(S)-レチクリンまでの過程は、ケシのモルヒネ生合成経路の前半部に相当する。

これまでに、経路の後半部を持つ酵母に関する論文2や、前半部と後半部をつなぐ細胞機構を特定した博士論文(go.nature.com/kwgc8n参照)が発表されている。これらをDueberらの研究と合わせれば、酵母によるオピエート合成に必要な過程が全てそろうことになる(「オピエートを醸造する」参照)。

「残された課題の量や、その解決に要する時間について、過小評価するつもりはありません」とDueberは言う。単一酵母株に合成装置を全て組み込めたとしても、発酵過程の効率を向上させる必要がある。だが、そうした調整が終わってしまえば、理論的には、組換え酵母株を入手できる人なら誰でも、簡単な作業でモルヒネを合成できるようになるだろう。

こうした理由から、Dueberらは論文発表前に、2人のバイオテクノロジー政策専門家に研究結果を知らせた。知らせを受けたマサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)のKenneth Oyeと、アルバータ大学(カナダ・エドモントン)のTania Bubelaは、MITの政策科学者Chappell Lawsonと共に、有用だが危険な化合物を遺伝子組換え生物に作らせるリスクとメリットを調べる事前対策調査を求めるComment記事3(http://dx.doi.org/10.1038/521281a)をNatureに寄せた。彼らは、医薬品規制当局、バイオセキュリティー規制当局、法執行機関、科学者、公衆衛生当局が一丸となり、研究を抑圧することなくリスクを最小限にとどめる予防対策を講じるよう呼びかけている。

米国税関国境警備局長官のアドバイザーを18カ月間務めたLawsonは、「法執行の観点から見ると、この新技術が悪用されるとマイナスの結果をもたらします。アヘン中毒者が何百万人も増えることを誰も望んでいないはずです」と言う。

テンサイが道を開く

酵母によるモルヒネ合成で障害となっていたのは、合成過程の初期の反応、すなわちチロシン(酵母が自然に大量産生するアミノ酸)をL-DOPA分子に変換する反応だけを触媒する適切な酵素が見つかっていないことだった。チロシンからL-DOPAへの変換に関わる既知の酵素は、生成したL-DOPA分子をさらに変換し、別の物質(メラニンの原料となるドーパキノン)へと変えてしまうのだ。そこで、Dueber研究室のバイオエンジニアWilliam DeLoacheはまず、テンサイ(別名サトウダイコン)からそうした酵素を取り出し、酵母に組み込んだ。次に、チロシンをL-DOPAに変換する反応だけを起こすようになるまで、酵母に系統的に変異を導入した(「障害を乗り越える」参照)。さらに、土壌菌の酵素や、研究チームがアヘンケシから新たに発見した複数の酵素を追加することで、オピエート合成過程の前半部を持つ酵母を作り出した。

オピエート生産への影響も大事だが、最も興味深いのは、細切れの経路を使うことで全く新しい分子を生み出せる可能性があることだと、研究者らは言う。「植物は、経路の途中に貴重なものがあっても、最初から最後まで止まらずに反応を進めます」と話すのは、酵母を用いた合成経路の前半部と後半部の両方の開発に貢献したコンコルディア大学(カナダ・モントリオール)の生物学者Vincent Martinだ。「私たちは、進化が植物に課した制限に縛られる必要はないのです。うまく組み合わせればいいのです」。

合成生物学の手法を使えば、既知の植物化合物の生産にかかるコストや時間を削減できるばかりではなく、植物が「非天然型天然物」を作る過程を操作でき、多大な恩恵をもたらす可能性がある。だが、その価値は、違法な酵母ベースのヘロイン生産への懸念によって薄れてしまう恐れがある。

「今回の研究は非常に興味深く重要な意味を持ちます。しかし、規制には抜け穴があります」とOyeは言う。「単一酵母によるオピエート全合成過程が完成する前に、規制機関が素早く規制の抜け穴をふさげるかにかかっています」。

障害を乗り越える—成功のカギは色素にあり—

DeLoacheらは、チロシンをL-DOPAに変えるテンサイ酵素を酵母に導入した後、酵母に変異を起こさせ、ドーパキノン合成反応を触媒しないでL-DOPAを大量に生産する酵素を持つ株を作り出すことを試みた。その際、目的の酵素を持つ株が一目で分かるよう、酵母変異株にオシロイバナ由来の植物酵素(DOPA ジオキシゲナーゼ)を導入した。この酵素は、L-DOPAが存在すると鮮やかなオレンジ色の色素ベタキサンチンを作り、不要なドーパキノンが存在すると紫色の色素を作る。これにより、L-DOPAを最も効率よく作る酵母変異体がどれなのか、すぐに判別できた。研究チームは、約50万株をスクリーニングし、元のテンサイ酵素と比較して、紫色素の量を5分の1に抑えられる酵素を持つ変異株を発見した。この変異株は、テンサイ酵素を組み込んだ野生型に比べ3.7倍の量のベタキサンチンを作った。研究チームはその後、この変異株から色素合成酵素を取り除き、L-DOPAを効率よくドーパミンに変換する土壌微生物(Pseudomonas putida)の酵素を導入した。また彼らは、ドーパミンを次のモルヒネ前駆体であるノルコクラウリンへと変換する酵素を、アヘンケシから発見した。そして、ノルコクラウリン以降の反応を触媒する既知の酵素をさらに4つ加えて、酵母によるオピエート合成経路の前半部を完成させた。

(翻訳:藤野正美、編集:編集部)

参考文献

  1. DeLoache, W. C. et al. Nature Chem. Biol. 11, 465–471 (2015).
  2. Fossati, E., Narcross, L., Ekins, A., Falgueyret, J. P. & Martin, V. J. J. PLoS ONE 10, e0124459 (2015).
  3. Oye, K., Bubela, T. & Lawson, J. C. H. Nature 521, 281–283 (2015).
  4. http://hdl.handle.net/11023/2115

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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