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プリオン病を防ぐ遺伝子変異

Credit: THINKSTOCK

かつてパプアニューギニアではクールー病と呼ばれる恐ろしい脳疾患が集団発生し、後にこれはプリオンと呼ばれる感染性因子が原因で起こるものだと明らかになった。この疾患を調べている、ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)のプリオン研究者John Collingeの研究チームが今回、プリオンを形成する折りたたみ異常型タンパク質が脳内で増えるのを防ぐとみられる遺伝子変異について、さらに踏み込んだ報告をした1

クールー病は、20世紀半ばにパプアニューギニアの少数民族フォレ(Fore)族で初めて見つかった。発生ピーク時の1950年代後半には、クールー病によって毎年、フォレ族の人口の最大2%が死亡した。その後の研究で、この病気の原因が儀礼的な食人の習慣にあることが突き止められた2。フォレ族の人々は死者の脳や脊髄などの中枢神経系を食していたのである。クールー病の集団発生はおそらく、孤発性のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の患者であった1人の死者の体を食したことから始まったと考えられる。CJDはプリオン病の一種であり、毎年100万人に約1人の割合で自然発生的に患者が現れる。

プリオンタンパク質の特定箇所(残基129と呼ばれる部位)にアミノ酸置換がある人がプリオン病にかかりにくいらしいことは、過去の研究ですでに指摘されている3。また、2009年にはCollingeらの研究チームが、フォレ族集団でプリオン病抵抗性を付与する別の変異(残基127のアミノ酸置換)を見つけている4

Collingeらは今回、2009年に報告した残基127に生じたグリシンからバリンへのアミノ酸置換が、残基129で報告されているアミノ酸置換とは異なる、より強力な影響を及ぼすことを見いだし、Nature 2015年6月25日478ページで報告した1

残基129の置換がプリオン病に対してある程度の防護作用を示すのは、この置換がプリオンタンパク質をコードする遺伝子2コピーのうち一方に存在する場合だけである。一方、残基127をバリンに置換したトランスジェニックマウスは、この置換を持つ遺伝子が1コピーか2コピーかにかかわらず、クールー病とCJDに完全な抵抗性を示したのだ。

Collingeらは、残基127のバリンへの置換によりプリオンタンパク質の変形が防止され、プリオン病に対する防護作用がもたらされると考えている。

「この成果には驚きました」と、ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のプリオン研究者Eric Minikelは話す。「プリオンの話にこんな新しい展開があろうとは夢にも思いませんでした」。

Collingeのチームは、残基127がバリンに置換したプリオンタンパク質の構造や、この置換が発症を防ぐ仕組みを解明しようと現在も研究を続けている。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150803

原文

Genetic mutation blocks prion disease
  • Nature (2015-06-10) | DOI: 10.1038/nature.2015.17725
  • Boer Deng

参考文献

  1. Asante, E. et al. Nature 522, 478–481 (2015).
  2. Mathews, J., Glasse, R. & Lindenbaum, S. Lancet 292, 449–452 (1968).
  3. Palmer, M. et al. Nature 352, 340–342 (1991).
  4. Mead, S. et al. N. Engl. J. Med. 361, 2056–2065 (2009).