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軍の接近を懸念する日本の研究者たち

日本は第二次世界大戦後、断固として平和主義を貫いてきた。ところが、日本の防衛省は、2015年度から大学や研究機関などの基礎研究に対する研究資金制度を初めて設けた。この研究資金の初年度の金額は3億円であり、日本の研究費の総額と比べればわずかだ。それでも、大学や研究機関の多くの研究者にとって、この研究資金は、日本の科学研究と軍(防衛省・自衛隊)との関係が変わりつつあることを示すものであり、一部の研究者たちは不安を抱いている。

この研究資金制度は「安全保障技術研究推進制度」という。これまで、防衛省と大学の研究者などとの個別の共同研究はあったが、研究者から広く応募を募る研究資金制度の創設は初めてという。こうした動きを懸念する科学者は増えており、彼らは「日本の科学研究が軍事的側面を持ち始めていることを示す兆候はすでにさまざまな形で表れており、今回の研究資金もその1つです」と訴える。さらに、米国防総省高等研究計画局(DARPA)をモデルに最近導入された日本政府の研究計画についても、彼らは懸念を抱いている。

海洋研究開発機構(本部・神奈川県横須賀市)の研究員である地球化学者、浜田盛久は、「軍の目標や論理が、大学や研究機関に大きな影響力を持ち始めているように思います」と話す。彼はこうした変化に抗議するキャンペーンを2014年にインターネット上で始めた。「私たち研究者にとって、これは特別の関心事です」と彼は話す。

日本学術会議(東京都港区)は1950年、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」を総会で議決し、それ以来、この誓いは守られてきた。しかし、タカ派の安倍政権が発足し、中国、北朝鮮との緊張が高まるとともに、学術界と軍との関係は変化している。

軍事への転用が可能な研究の育成に関する議論は2014年、安倍首相が議長を務める「総合科学技術・イノベーション会議」が、「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」と名付けた計画を作ったことを契機に高まり始めた。この計画は5年間で予算は550億円だ。12の研究計画からなり、「ハイリスクだが、実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす計画を選んだ」と日本政府は説明している。各計画にはそれぞれプログラム・マネジャーが選定され、マネジャーは、主として大学に所属している科学者間の研究を調整する。ImPACTの研究計画の選定方針と研究管理方法は、米国のDARPAの仕組みをモデルにしたと日本政府は明言している。しかし、DARPAが進める研究には、非現実的なものが多いという批判もある(Nature ダイジェスト 2008年4月号14ページ「DARPAの今日的意義を考える」参照)。

DARPAの研究は、軍事と民間の両方に応用可能な「デュアルユース(両用)技術」に明らかに集中していて、ImPACTもそれをまねている。そのため、ImPACTの研究が軍事的な側面を持つ可能性がある、という批判がある。同会議が決定したImPACT運用基本方針は、「(研究テーマには)国民の安全・安心に資する技術と産業技術の相互に転用可能なデュアルユース技術を含めることができる」と明記している。匿名を希望する防衛省幹部は、「防衛省はImPACT計画を注意深く見守っている」と話す。また、ImPACTの実現に尽力した政策研究大学院大学(東京都港区)の教授で学長特別補佐を務める角南篤によると、安倍首相にとって主たる目的は経済への貢献だが、軍事への応用も潜在的に可能な方向へ計画が引っ張られた、という。角南は「中国との緊張の高まりなど、日本を取り巻く安全保障環境が変化しているためです」と話す。

日本にとって第二次世界大戦以降で最大の軍艦である護衛艦「いずも」が2015年3月、ジャパンマリンユナイテッド横浜事業所磯子工場で海上自衛隊に引き渡された。 Credit: THOMAS PETER/REUTERS/CORBIS

しかし、軍事と民間の両方に応用が可能な研究を進めている研究者の中には、「軍事的な用途を考慮するようにという圧力はほとんど感じていません」と話す人もいる。

東北大学大学院情報科学研究科(宮城県仙台市)の教授、田所諭は、熱や爆発に耐える、飛行ロボットや歩行ロボットを開発する「タフ・ロボティクス」の研究を進めていて、ImPACTから総額35億円の研究資金を得ることになった。田所は「私の研究は軍事とは関係がなく、災害時の救援に使われるものです」と話す。

筑波大学大学院システム情報工学研究科(茨城県つくば市)の教授、山海嘉之らは、着用者の神経信号を感知し、それによって機械による力を操作する「外骨格」を、ImPACTの研究資金約35億円を使って開発する。山海は「この外骨格は介護や医療の現場で使われ、患者を持ち上げなければならない介護者を助けることができるでしょう」と話す。

安全保障技術研究推進制度の初年度の研究資金は3億円で、ImPACTに比べればはるかに少額だ。また、厚生労働省や経済産業省が出している研究資金と同様、競争で選ばれた研究計画に与えられる。しかし、防衛省の研究資金が、軍の装備を作る研究や、最先端技術を防衛に応用する研究など、デュアルユース技術の開発に充てられることは明らかだ。

琉球大学農学部(沖縄県西原町)の助教、亀山統一は、「これは、政府が大学や研究所に軍事研究を依頼する手段の大きな転換点です」と指摘する。

大学の予算はこの10年間で削減され、科学者たちは以前よりも各省からの研究資金に頼るようになっている。浜田は、「一部の研究者は、防衛省の研究資金を『ありがたいもの』と言っています」と話す。しかし、防衛省の研究資金を受ければ、研究データの公開を制限されるのではないかと彼は恐れている。

軍が科学研究に介入しようとしているという懸念を抱いているのは、浜田だけではない。そうした兆候がすでにあったことから、浜田は2014年3月、亀山とともにウェブサイトに抗議アピールを掲示した。そのアピールには、賛同する署名がこれまでに約1000件集まっている。「私たちは、科学者の良心に訴えています」と亀山は話す。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150812

原文

Japanese academics fear military incursion
  • Nature (2015-05-07) | DOI: 10.1038/521013a
  • David Cyranoski