2D半導体薄膜の大面積成長
電子機器に囲まれた現代の生活を可能にしているのは、並外れた空間均一性を誇る半導体ウエハーが開発されたからに他ならない。均一性に優れたウエハーを使うことで、回路を構成する数十億個というトランジスターがそれぞれ予想どおりに振る舞う高集積回路の製造が可能になり、個々のデバイス間における性能のばらつきをあらゆる製造技術の中でも最小のレベルに抑えることができるからだ。一方、トランジスターの小型化も近年飛躍的に進歩しており、ついに究極のサイズ限界、すなわち原子スケールの電子デバイスが検討されるに至った。実験室ではすでにこの限界領域に達しており、原子レベルの薄さの半導体材料から試作品が作製されている1。しかし、原子スケールのデバイスから集積回路を作製するには、そうした材料を大面積にわたって均一に形成させる必要がある。今回、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)のKibum Kangらは、有望な二次元(2D)半導体材料として近年再注目されている「遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)」の単層を、4インチウエハー上に均一に成長させることに成功し、Nature 4月30日号656ページに報告した2。これは、原子レベルの薄さのデバイスからなる集積回路の実現に向けた、重要な一歩 である。
TMDは、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属1つに対し、硫黄(S)やセレン(Se)、テルル(Te)といったカルコゲン元素2つが結合した化合物で、MX2という一般式で表される(M:遷移金属、X:カルコゲン)。TMDは、「X–M–X」という原子3個分の厚さの単層が、互いにファンデルワールス力によって弱く結合して積み重なった2D層状構造をとるという点でグラファイトに似ている。また、明確なバンドギャップを有するため半導体として振る舞う。
TMDは優れた材料として以前から注目されており、バルク(多層)形態のものは潤滑剤やエネルギー貯蔵材料、触媒として広く実用化されている3。ところが最近、グラフェンをはじめとする原子レベルの薄さの2D電子材料への関心が高まったことで、単層形態のTMDにも注目が集まり始めた。単層TMDには、機械的柔軟性と高い性能を併せ持つデバイス(トランジスター、光検出器、太陽電池、発光素子など)を実現できる可能性があるからだ。
単層TMDデバイスの作製を試みたこれまでの研究の多くは、グラファイトからグラフェンを得る方法のように、粘着テープなどを使ってバルク材料から機械的に単層を引き剥がして作製したTMD膜を用いている4。また、他の研究では、不均一な単層TMDを用いたり、数層からなるTMD断片を電気を通さない誘電体基板上で用いたりしていた4。だが、大量生産に向けて次なる一歩を踏み出すためには、単層TMDを多様な基板上で、ウエハースケールの面積に構造的・電子的に均一に成長させることのできる実用的な工程が必要になってくる。
こうした目標を達成するには、化学気相成長(CVD)法による単層膜形成が適していると思われる。他の手法で必要とされるような高価な真空装置を使用しなくても、大面積成長を実現できるからだ。CVDでは概して、揮発性の前駆体物質を使い、熱やプラズマ、光などのエネルギーを利用して、基板上に目的とする化学物質の薄膜を蒸着により形成する。CVDは非常に実用的で、連続ガラスシートからドリルビット、光電子デバイスまで、多種多様な基材や基板上での膜形成に幅広く使われている。
これまでのCVD法を用いたTMD成長技術は、概して厚い低摩擦コーティングに重点を置いてきた。加えて、MS2膜の形成では主に、毒性および腐食性を有する金属フッ化物(MF6)を金属源として5,6、毒性の高い硫化水素(H2S)を硫黄源として用いることが多く、安全上の問題がある。他にも、エアロゾルアシストCVD法7や、金属酸化物(MO3)と硫黄蒸気を用いたCVD法8、基板上にあらかじめ形成した合金膜上にH2Sを通過させる方法9などが報告されているが、いずれの方法も構造的・電子的に均一な単層TMDを大面積にわたって形成できるとは考えにくい。
これに対し、Kangらは今回、原料に有機金属を用いる有機金属化学気相成長(MOCVD)法を採用し、比較的毒性の低い市販のヘキサカルボニル化合物(Mo(CO)6またはW(CO)6)を金属源、硫化ジエチル(S(CH2CH3)2)を硫黄源として、直径4インチのシリカ(SiO2)膜付きシリコンウエハー上に、空間均一性に優れたMoS2やWS2の単層を成長させることに成功した(図1)。単層成長過程で形成される炭素質堆積物は、前駆体混合物に水素を加えることで除去した。
Kangらは次に、得られたMoS2の単層を用いて「電界効果トランジスター」と呼ばれる微小デバイスのアレイを作製した。このデバイスの歩留まりは99%、つまり評価した200個のトランジスターのうち動作しなかったものはわずか2個と非常に高く、電子移動度は室温で30cm2V-1s-1だった。この値はTMDにしては良好な値であり、トランジスターの寸法やウエハー上の位置にほとんど依存しなかった。
さらにKangらは、MOCVD法で単層TMDを形成した後、その上に新たなシリカ膜を形成できることを明らかにした。このシリカ膜上でも同じ工程による単層TMDの形成が可能で、これを繰り返すことによって、Kangらは電気的に絶縁された単層TMDの積層をも実証している。この結果は、TMD膜からなる三次元の電子デバイスアーキテクチャーが実現可能であることを意味しており、従来のシリコン電子工学では実現でき なかった超高密度回路も夢ではないと言えよう。
今回の研究で、原子レベルの薄さの2D半導体は大きな進歩を遂げたといえる。しかし、実用化までに取り組むべき大きな課題はいくつも残されている。例えば、今回のプロセスにおける最適な成長条件は、「550℃を26時間維持する」というものだが、この条件では温度が高過ぎて現在入手可能なフレキシブルプラスチック基板には適用できない。従って、より温度の低いプロセス、あるいは、汚染や欠陥、しわなどが生じないやり方で基板から大面積TMD膜を転写する方法が必要になる。また、26時間という長い形成時間も高生産性を目指す上ではおそらく問題になるだろう。
今回観測された電子移動度は、TMDにしては良好だが、それでもバルク結晶シリコンの電子移動度の10分の1以下にすぎない。そのため、さらなる研究を重ね、TMDへの「ドーピング(ごく微量の不純物を添加する)」で電荷キャリアのタイプと濃度を制御する方法を見いだす必要がある。さらに、今回のTMDデバイスを、現在広く用いられている相補型金属酸化物半導体(CMOS)技術のような低電力型電子デバイスアーキテクチャーへと拡張するには、しきい値電圧の調節も必須だろう。
それでも、Kangらが今回作製した2D半導体は、従来の電界効果トランジスターを凌駕するようなデバイスや回路の実現に向けて、その機会を開くものであることは確かだ。例えば、単層TMDは原子レベルの薄さであるため、層に垂直にかけた電場を完全には遮蔽しない。この特性を活用すれば、高速通信回路用の「ゲートチューナブル(ゲートで調整可能な)」ヘテロ接合ダイオードの開発が可能になるかもしれない10。また、単層TMDの拡張欠陥(粒界など)は電圧の印加によって操作できるが、この特性からは、「不揮発性」コンピューターメモリーや「ニューロモルフィック(脳に似た)」回路アーキテクチャーの有望な部品となるゲートチューナブル・メモリスターデバイス11作製の可能性が開かれる。均一かつ大面積の単層TMDが広く利用で きるようになれば、こうした新分野の進展が加速され、2D半導体のあらゆる可能性がすぐにでも検討されることになるだろう。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2015.150729
原文
Semiconductors grown large and thin- Nature (2015-04-30) | DOI: 10.1038/520631a
- Tobin J. Marks & Mark C. Hersam
- Tobin J. MarksとMark C. Hersamは、ノースウェスタン大学材料科学工学科、化学科および材料研究所(米国イリノイ州エバンストン)に所属。
参考文献
- Jariwala, D., Sangwan, V. K., Lauhon, L. J., Marks, T. J. & Hersam, M. C. ACS Nano 8, 1102–1120 (2014).
- Kang, K. et al. Nature 520, 656–660 (2015).
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